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ハウスリップ  作者: ひょうたんふくろう
ハウスリップ
62/99

62 胡散臭い商人


「どうもどうも、初めましてだな」


 胡散臭い。一言で言えば、そいつは胡散臭い奴だった。


 異国風……で、良いのだろうか。何とも奇妙な衣服を身にまとったそいつは、見せつけるようにして左腕の奇妙なブレスレットを撫でている。金属製で、透明の……なんだあれ。そこらのガラスよりも透明なのにあの薄さ……魔物の翅でも加工して作ったのか?


 奇妙な出で立ち。奇妙なふるまい。明らかに俺達と顔の雰囲気が違うそいつは、イズミと名乗った。


「イズミさんは遠い異国から来た賢者さんなんですよ。……見た目はちょっと怪しいかもしれませんが、人となりは保証します」


「アルベール……まぁ、お前がそう言うのなら。……それにしても、しばらく顔を見ないと思ったらこんなやつとつるんでいたとは」


 商人仲間の間では若手なのにそこそこ実力があるってことで知られているアルベール。街の仕立て屋の娘に入れ込んで、その縁から布や服飾品などを扱うようになった行商人。


 ここしばらく……かなり長い所こっちのほうでは顔を見なくて、ずいぶん遠くまで行商に行ってるらしいと時たま話題に上がってはいたが……。


「その……その、後ろのそいつは本当に安全なんだろうな? なんか今も、低く唸り声を上げているようだが」


 胡散臭い自称賢者と一緒に、馬無し馬車と一緒に戻ってくるだなんて誰が信じる?


「要らねえ心配だ。俺が……あー、賢者の魔法で縛り付けているから」


 胡散臭い。本当に胡散臭い。


 胡散臭いが……この、イズミが操ってみせた馬無し馬車は、どうにも金の匂いがぷんぷんする。遠目から見てもわかるほど安定した力強い走りに、積載量も悪くなさそう。どれくらいの力があるかわからないが、後ろに幌馬車を上手くくっつければ……もっといけるんじゃないか?


 何より、こんなもの見たことが無い。この街付近で活動している俺でも知らないってことは……どうやら本当に、賢者の秘術で作られたものであるようだ。


「で、賢者様がこの俺になんの用だい?」


「ラルゴさん、正確には私と賢者様があなたに用が……ええ、商売の話があるのですよ」


「なぬ?」


 賢者が商売? しかもアルベールとつるんで? いや、アルベールが商売すること自体は当たり前のことだが、しかしそれにしたって……。


「お前、ここがどこだかわかっているのか? 自分が何を扱っているのか、わかっているのか?」


 町から馬で大体一日の距離にある、野営場。見晴らしがよくて川も近くにあり、ついでに良い感じに大きい岩の影にもなってる野営にぴったりの場所。みんながみんなそこで野営をするものだから、いつの間にかちょっとした拠点のように……簡単な防衛柵すら構築されている、そんな場所。


 街道沿いで、いつ来ても誰かがいる。夜は絶対に焚火の光が絶えることは無い。外の世界の中では数少ない安全地帯であり、ここを旅の中継地として利用する旅人や冒険者は少なくない……つまり、それを見込んだ商人たちも集まるものだから必然的に金の匂いもする。


 商売をする場所としては上等だが、しかし、アルベールが扱う布や服飾品を捌くにはあまり向かない。


「不利なことは承知の上です。こんなところで布や服を買う人間なんて、よほどの不運に巻き込まれたか、あるいはただの間抜けのどちらかでしょうね」


 じゃあ、どうして……と聞く前に、アルベールはにこりと笑った。


「それを見越してなお、売れると思いました。より正確に言えば……ラルゴさん、あなたなら絶対に買ってくれると思いました」


「たしかに、俺の取り扱いは雑貨類だが……」


 それでも、ターゲットはあくまで冒険者や旅人。旅のお供に必要になりがちなものをオルベニオの街からどっさり買い付け、ここで捌きつつ冒険者の持つ成果を買い取って戻るスタイルだ。間違っても、普段アルベールが扱っているような商品に手を出すことは無いだろう。


「まぁ、物を見せたほうが早いでしょう」


「おう。……ミルカ、持ってきてくれ」


「はぁい!」


 イズミが声を上げる。馬無し馬車からバタンと聞きなれない音がした。


 慌ててそちらを見てみれば。


「おっ……」


 すんげえスタイルのねーちゃんだ。出るとこは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。そしてものすごく髪が綺麗でサラサラで……明るい茶髪が文字通り輝いている。相当時間と金と手間暇をかけなきゃ、あれほどの美髪は手に入らない……まさか、生まれつきってことは無いよな?


 惜しむらくは、顔つきがずいぶんと田舎っぽい所だろうか。典型的な田舎娘って感じであか抜けてない。磨けば光るタイプかも知れないが……いや、こういう純朴そうなのが好きな奴にしてみれば百点満点か?


 少なくとも、ウチのかーちゃんよりは断然いい。顔だけで言えば昔のあいつのほうが良かったが、今じゃガミガミ怒鳴ってばかりで小じわも増えたし、態度と同じくらいに体もでっかくなっちまったからなぁ……。


「なにか?」


「あ、いや……綺麗なお嬢さんだと思ってね。アルベールが若い娘を誑し込んでいたと、どうニーナのやつに伝えようか考えていたんだ」


「あらまぁ! あなた(・・・)、聞きました? 若い娘ですって! ねえ、聞きましたよね?」


「あ、ハイ……」


 その娘は、妙に迫力のある笑みを浮かべながら賢者の脇腹を肘で突いて……うん?


「あんた、もしかして……」


「ええ、妻のミルカでございます」


 執拗に賢者を肘で突き続けているこの田舎娘、まさかの賢者の妻だった。ちょっと喋ってすぐにわかるくらいには気が強そうで、そして間違いなくかかあ天下タイプ。賢者もそのうち尻に敷かれて……いや、もうすでに敷かれているなコレ。


「ミルカは私の故郷に住んでいた、遠い親戚でして。行商人志望ということで、私が面倒を見ることになったのですよ」


 もちろん、ニーナも知っていますからね……とアルベールは付け加えた。


「なるほど……見習いとして親戚の娘の面倒を見る、か。まぁ一人で旅立たれるよりかは親御さんたちも安心できるのかね」


「ええ。まさにそんな感じでどうしても行商に連れて行ってくれと頼みこまれてしまいまして。いつかそんな日が来るだろうとは思っていましたが、まさか今回の里帰りでそうなるとは思ってもいませんでした」


「……あん? で、その賢者さんは何なんだよ?」


「うふふ! この人ったら私に一目ぼれして結婚を申し込んできたんですよ! それはもう、情熱的に何度も何度も!」


 その割には、妙に賢者の笑顔が引きつっているような気がするが……はて。


「まぁ、私の方も悪い気はしませんでしたし……なにより、この人が語る外の世界のお話がとっても素敵で!」


「……それで、惚れた弱みで一緒についていくことになった。というか、結婚してやるから一緒についてこいって」


「……あんたも苦労してるんだな」


「ははは……まぁ、どのみち宛てのない旅の途中だったからな。一緒に商人をやるのも悪くないって思ったんだよ」


 胡散臭いと思ってたけど、なんかここにきて妙に親近感がわいてきた。田舎娘に入れ込む賢者ってのも、庶民的でなかなか悪くない……というか、賢者であろうと中身は俺達と大して変わらないようだ。


「まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。あんたにはこいつを見てもらいたいんだよ」


「む」


 ある意味予想通り、ミルカが持ってきた……この自称賢者が持ち出してきたのは衣服や布類だった。アルベールが面倒を見ているだけあって、パッと見た限り質はかなり良さそうだ。特に反物は作りがかなりしっかりしていて、発色も色鮮やか……そっくりそのまま町で売るだけで、それなりに利益が出そうではある。


「ほぉ……なかなか良いものを扱ってるな……」


「だろ?」


「だが……それだけだ」


 街の中だったら、十分に売れる。見習い同然の駆け出しとしては及第点以上のレベル。だが、わざわざこんなところで売りに出す意味がない。こんなところで買いたいと思えるほどの魅力がない。


「悪いことは言わねえ。素直に街で売りな」


「そう言ってくれるあなただからこそ、今ここで売りたいと思うのですよ」


「あん?」


 アルベールとミルカが目配せして、そしてにやりと笑った。


「ラルゴさん。率直に……私の用意した品を見て、どう思いました?」


「どうって、そりゃあ……さっき言った通りだよ」


 良いものではあるが、わざわざここで買うほどのものではない。はっきり言って、売る場所を間違えているとしか思えない。


「うふふ。実はですね、今ここに用意してあるのは魔よけのマントなんですよ」


「なんだと!?」


 魔よけのマントって言ったら超高級品じゃないか!? 多少高かろうと欲しがる奴なんて腐るほどいるぞ!?


「しかも、魔法の匂いがまるでしないでしょう? ええ、魔法裁縫を用いた純正品ではありませんが、その分布地として色々諸々自由が利きまして。お値段の方もそれなりに抑えることが出来てます」


「おいおいおい……!」


 魔よけのマントを一着作るのには結構な金と時間がかかる。効果の方もピンキリで、そして意外と傷みやすくてダメになりやすい。しかも魔法の匂いが強いものだから、それがいろいろ問題になるって話もしばしば聞く。


「待てよ、効果のほどはどうなんだ?」


 その言葉を待っていましたとばかりに、ミルカとアルベール、そしてイズミが笑った。


「言葉で言っても信じられないだろうから、そいつはサンプルとしてタダでやるよ。効果が実感出来たら改めて買ってくれればいい」


「……は?」


 今なんて言ったコイツ?


「……本気か?」


「本気だよ。どのみち今日はモノを売るんじゃあなくて顔を売るつもりだったんだ。この程度ならいくらでも用意できるし、痛くもかゆくもない。そしてあんたがこれを気に入り、俺達のお得意さんになってくれるのなら……」


「……むしろ、トータルで見ればプラスになるってか」


 そうか……だからこいつらは俺に目を付けたのか。ここら辺で活動する冒険者や商人とのつながりが多い俺であれば、魔よけのマントを捌くのにこれ以上に無い人選だろう。普通に直に売り込みをするよりも、よっぽど広く手早くモノを売りつけることが出来る。


 なるほど、たしかにこいつはアルベールの弟子だ。目先の金じゃなくて、その先を見据えている。このくらいの若さの駆け出しだと、目の前の儲け話に飛びついて逃さないようにするやつが多いんだがな。


「良いだろう、ひとまずこいつを使ってみるとしようじゃないか。それで、俺が認めるほどの効果があれば……」


「改めて、魔よけのマントをあなたに卸すという形で。……尤も、絶対に満足してくれると私は確信していますわ」


「言うねえ」


 ただのハッタリか、それとも本気で自信があるのか。ここまで自信満々に言い切っておいてハッタリはないだろう……なにより、アルベールの紹介だ。おそらくこいつは、この賢者の秘術を使ってミルカが仕立てた布地を使っているといったところか。純正品でないという説明も、これなら納得がいく。


 胡散臭いと思っていたが、こうして考えると……ああ、やっぱり金の匂いがする。このイズミって男は、叩けばもっといろんな金を落としてくれるんじゃあないか?


「ところで、マント以外の品も魔よけのものなのか?」


「いえ。こちらは質が良いだけ(・・)のものですよ。造りはちゃんとしているし、生地の質もいいので着心地や耐久性は保証します……なにより、デザインも可愛らしいでしょう?」


 今なら銀貨一枚ですよ、とミルカは宣う。


 悪くはないが、魔よけのマントのあとだとインパクトに欠けるな。高い服ってのはオーダーメイドが基本だし、かといってこいつはサイズフリーって感じでもない。完成品であるこいつを都合よく買ってくれる人間が、はたしているかどうか。


 となると、買うとしたら反物のほうだろうか。これだったらまぁ、使い道は自由に決められる。


「アルベールの紹介だし、同じ商人として後輩の門出を祝うってことで……そっちの反物を三つほど買ってやるよ。言っておくが、普通の商人はこんなに甘くないからな?」


「まぁ、ありがとうございます」


 嬉しいんだか嬉しくないんだか。ミルカは営業用の笑みを浮かべたまま、ぺこりと一頭を下げた。


「では、私もこれからのラルゴさんとのご縁と……そして、商人としての誇りと儲け話のために」


「あん?」


「こちらの服を二着、そしてそこの木箱をお渡ししましょう。ただしこちらは、ラルゴさんの奥様にお渡しくださいね」


「……ずいぶんと大盤振る舞いじゃないか。行き過ぎたサービスはあまり褒められたものじゃないぜ?」


 駆け出しの、見習い商人が品物二つをタダで譲る? 木箱の中身はなんだかわからないが……大事な商品をこうもホイホイ今日会ったばかりの人間に渡すのか?


 いったい、何のために? 商人の誇りと儲け話とやらとこいつがどうつながる?


「うふふ。ラルゴさんだからこそ渡すのです。その意味が解るであろう相手だからこそ、惜しまないのです。あなたならきっとうまく利用できると……ええ、お互いにとって素晴らしい儲け話に繋がるとアルベールが言い切ったからこそ、私はこの勝負に出ているのですよ」


「アルベール……?」


「彼女の言葉に嘘はありませんよ。この件については私も一枚噛んでいて、私たちは運命共同体です。だからこそ、三人そろってあなたの下にこうして訪れたんですから」


「……」


「ええ、言いたいことはわかります。どうにも胡散臭いだとか、何か雰囲気がいつもと違うとか……何かがおかしいって思っているのでしょう?」


「よくわかってんじゃねえか。正直な所、俺は今商人として交渉しているというよりかは……商人の真似事をした別の何かと話しているような気分だぜ」


「それでも、儲けになるのなら話をする。自分の利益になるのなら利用してみせる。それが商人であり、あなたがそのチャンスをみすみす逃がすような人間には、私にはとても思えない……それが答えです」


「……」


「大丈夫。すぐにその意味が解ります。あなたなら気づいて、最善の行動をしてくれると私は信じています」


「アルベールよぉ……」


 商人でも何でもない、個人としての俺の本音。


「なんかお前、ちょっと変わったな。言葉が哲学染みているというか、神殿で司祭と話しているみたいだ」


「ああ、それはたぶん──」


 ふわりと笑ったアルベールは、爽やかに言い切った。


「ここ最近、そういう人とずっと一緒に行動していたからですかね」



▲▽▲▽▲▽▲▽



「……ってことがあったんだよ」


「ふぅん……」


 久々に戻った家。売り上げと次の予定を相談しつつ、俺はその日のことをなるべく正確に嫁に話していた。


「アルベールの坊やが戻ってきたと思ったら、親戚の娘を見習いとして連れていて、しかもその娘の旦那が自称賢者の胡散臭い奴だった、ねぇ……」


「少なくとも馬無し馬車は本物だ。あいつらしばらくあの野営場で商売するって話だから、気になるならお前も次のタイミングで一緒に来るといい」


 改めて考えると、あの馬無し馬車は本当にすごかった。見かけは幌馬車っぽくなっていたが、中身はおそらく全くの別物だろう。馬要らずで維持費もかからなさそうだし……あと、なんかすごく格好良かった。今度頼んだら乗せてくれないだろうか。


 ……そう言えば、あいつらあのあとどこに行ったんだろう。街の方角じゃなかった気がするが。


「それでよぉ。そのミルカって娘からかーちゃんに渡してくれってよ」


 正直言って、商人としての実力は俺の方が上だ。家計の財布はこいつが握っているが、物の目利きについては俺の方ができる。なのに、わざわざ奥様に渡せ……と言われた意味がよくわからん。


「あらま。綺麗なおべべだこと」


「かーちゃんじゃ着れないな」


「うるさい旦那だね! だいたいあたしゃアンタのかーちゃんになった覚えはないよ!」


「んだよ……子供の前で名前で呼ぶなって言ったのはそっちだろうが」


「あの子らが独立して何年経ったと思ってるんだい……む!?」


 なんか知らんが、いきなり服に夢中になりだした。自分じゃどうあがいても着れないだろうに、何がそんなに気になっているのやら。やっぱり女ってのはいくつになっても綺麗な服が好きなのかね。


「なぁ、こっちの木箱開けるぞ」


「……」


 ダメと言わないってことは、開けてもいいってことだろう。


 箱の重さからして、中身はやっぱり服とか布の類だろうか。それにしては妙に軽い気がするし、なんでわざわざ木箱に入れたんだってのは気にかかるが……まぁ、開けてみればわかる。


「……あん?」


 なんだこれ?


 妙に艶やかで滑らかな……布の切れはしか? こっちはまた……ずいぶんと見事なレースが入っていて、まるでお貴族様のハンカチみたいな出来栄えだ。


 そんな感じのが一枚、二枚、さん……っ!?


「何見てんだバカ旦那ァ!?」


 これ、女物の下着じゃねーか! それもだいぶ上等で……過激なやつ!


「いい年して、それも嫁を目の前にして情けない真似しなさんなや! これだから男ってやつァ……!」


「不可抗力だ、しょうがねえだろ!」


 木箱の中に入っていたのは女物の下着。それも明らかに普段使いのそれではない。布の量、触り心地、色合い……どう考えても、いわゆる勝負下着とか呼ばれるそれだ。それも、下々民が使うのではなくお貴族様が使うタイプの方。


「……はあ」


 ああ、かーちゃんがあと三十年若ければなあ。結婚したころはあんなに綺麗だったのに、本当に時間ってのは残酷だ。


「なんだい、その露骨な溜息は」


「かーちゃんがあと三十年若ければなって思ってた」


「はん。あたしが二十の小娘だったとしても、今のあんたみたいな草臥れたおっさんはごめんだね」


「見た目だけじゃなく性格もここまで変わっちまうんだもんなあ……昔は可愛かったのに」


「アホなことを言うのはどの口だい!?」


 あぶねえ。口を開く前に手が飛んでくるから油断ができない。あの可愛い娘がこんなふうになっちまうだなんて、昔の俺は絶対に信じなかったことだろう。


「はぁ……愚痴りたいのはこっちのほうだよ。昔はもっとしっかり仕事をしてくれたってのに」


「なんだよ、いきなり。いつもちゃんと稼いでいるだろうが」


「──そうじゃなくて、こっちの服だよ」


 雰囲気が変わった。俺と同じ──金の勘定をする時と同じ目だ。


「見なよ、この縫い目。恐ろしい程均一で正確だ。ここだけじゃない、他の所も全部そう」


「……マジかよ」


 言われて気づく。よくよく見てみれば、外からはわからないように縫い上げられているそれは、全部が全部恐ろしいほど細かく精密だ。中にはほとんど縫い目とは思えないくらいに……ほとんどただの直線のようにすら見えるほどに細かく縫われているところもある。


「これほどの精度でどうやって縫ったんだろうね。できるできないで言えば不可能じゃないけど……普通はまず無理だ」


「そんなすげえ腕前を持つ職人と繋がりを持っている……ってことか?」


「それだけじゃない。この布地も織り方が緻密で正確すぎる。素材そのものも……よくわからない。最初は織り方で肌触りや手触りを変えているんだと思ったけど、素材自体が全く知らない新しい奴だ」


「なぬ……!?」


「それでもって……一番すごいのが、あんたがアホ面して眺めていたその下着だよ」


 ぴろん、とかーちゃんは下着の一つを手に取った。男の俺でもドン引くほどにまじまじとそれを検分して、明かりにすかしたり手触りを確かめたり……時には、顔をうんと近づけてそいつを眺めている。


「……この、艶やかで滑らかな生地はなんだ? なんで透ける? いや、そもそもどうして布が光を反射する?」


「……」


「デザインも見たことない……けど、可愛らしい。レースもここまで細かいなんて……」


「確かにすごいけど、レースなら他でも見るだろ」


「ばか、そいつは平面的なレースだろ。こいつは立体的に作られているんだよ」


 立体的な裁縫。そっちの分野は専門外だが、それが高等技術だってのはなんとなくわかる。でもって、かーちゃんの顔を見れば……この木箱の中身が、ただの女の勝負服以上の意味合いを持つってことも簡単にわかる。


「男のあんたにはわからなかっただろうけどね。ここにあるものはどんなに金を積んでも、世界のどこに行っても買えないものだ……そのアルベールと連れの嬢ちゃんからでなきゃ、用意できない」


「……あの時、今なら銀貨一枚で服を一着譲るって言ってたんだが」


「次は金貨になってるだろうね」


「……」


「魔よけのマントも確かにすごいさ。効果はまだ完全には実証できてないとはいえ、アルベールの坊やが言うんだから偽物や劣化品ってことはないだろう。だが、そいつは金さえ出せば同じ効果のものが買える。だけど、こっちは……」


「やってくれたなあのひよっこ共……! そういうことかよ……!」


 新素材、新技術を惜しみなく使った、あいつらだけにしか用意できない衣服や布類。それだけのものを用意できるパイプに、そんな貴重品を惜しみなくこちらに提供する度胸。魔よけのマントという特大級の品物を用意したうえで、本命をこっそり、本来あり得ない格安で見せるしたたかさ。


 これは、つまり……。


「価値をきっちり見抜けるか試したってか……!」


「坊やたちのほうが上手だったみたいだね。あたしがいなければあんた、【ちょっといい服】くらいの認識で売ってただろ? ……そんなことしてたら、せっかくの儲け話も台無しだね」


「そうだよな……! 出すところに出せば、もっと高値で売れる……! でもってあいつらは、理由はわからんが直接相手に売りつけることができない……だから、俺を選んだ。それに気づけたうえできっちり捌いてくれる人間を探してたってか!」


 気づかなかったのなら、次に会ったときに魔よけのマントの話しかしないだろう。そうなったなら見切りをつけて別の人間を探す。


 気づいたのなら、魔よけのマントではなくこっちの反物や衣服について話すだろう。そうなったら本格的にこっちの商売に巻き込んでいく。俺もあいつらも、目的を果たせて儲けが出せてこれ以上に無いくらい上出来な話だ。


「ニーナの嬢ちゃんの仕立て屋の伝手を使えば買い手も探せそうなもんだけど……」


「修行の一環ってことで頼れないか、あるいはほかの仕立て屋になるべく気取られないように動きたいか……おそらく後者だな」


 あえてわざわざ一回俺を挟むってことは、そういうことだろう。あいつらは他の奴らにバレないうちに展開したいわけで、そうしておけば……俺が口を噤んでおけば出所を辿ることも難しい。俺が売る相手を間違えなければ、現品が他所の仕立て屋に流れることも無い。


 そういう信頼──嫌いじゃあない。


「あんた」


「わかってる。次は本気であいつらから仕入れる。でもって、あいつらの望み通り然るべき相手に売ってやるさ」


「だね。こっちも売れそうな相手を探しておくよ。特にこの下着はかなりの需要があるはずさ。女ってのは他と被るのをかなり気にする。目新しいのがあればいくらでも飛びつくよ」


 ああ、本当に金の匂いがぷんぷんする。いくらアルベールの手を組んでいるからと言って、見習いの駆け出しがここまで用意してきたってこと自体が見事なものだし、その裏にはきっとあの自称賢者の知恵や手引きもあったはず。あえてこんな試すような真似をしたってことは、ほかにも商売のネタを隠し持っていると考えてもいいはずだ。


 せっかく向こうが選んでくれたんだ。ここで期待に応えられなきゃ、男じゃない。


「やるぞ、かーちゃん」


「ああ……せっかくのチャンスだ、存分に活かしてやろうじゃないか」

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