13 ごはん
「よーしよしよし」
なんとかかんとかソファへと座らせた赤ん坊に、イズミは特製のミルク粥を食べさせていた。
当然ではあるが、この赤ん坊も元気に生きている以上、食う、寝る、出すの三大欲求を兼ね備えている。「寝る」については注意深く見とけばよく、「出す」についてもまぁ頑張ればどうにかできるというのがイズミの本心であったが、しかし「食う」に関してはかなり頭を悩ませることになった。
イズミは立派な大和男だ。乳は出ない。
そして、この赤ん坊はせいぜいが一歳くらいといったところだろう。まだまだ母の乳で育っていてもおかしくない頃合いのはずだ。もしかしたらもう離乳食の時期に入っているのかもしれないが、いずれにせよその判断はイズミにはできない。
もちろん、粉ミルクだなんて便利なものはない。
「う!」
「美味そうに食うなァ……」
にこーっと笑いながら口をぱくぱくと動かす赤ん坊を見て、イズミはほっと一息をついた。
ネットを駆使し、何とか作り上げたのがこの離乳食──ミルク粥だ。十倍粥というなんとも強そうな名前のお粥にしたってどろどろすぎる逸品に、牛乳を混ぜたものである。
本当ならそれに用いるのは牛乳ではなく粉ミルクであるらしいのだが、無い以上はしょうがない。何も食わせずに飢えさせるよりかはマシだ……と、イズミは腹をくくったのである。
基本的に、赤ん坊の離乳食とは栄養価があり、かつ赤ん坊が食べても危険ではなく、そして歯のない赤ん坊でも食べられるようなどろどろのペースト状やポタージュ状のものであればいいらしい。イズミの調べた限りでは、どのレシピにも必ずと言っていい程「すりつぶして、裏ごしして……」といった一文が添えられていた。
「……けぷ」
「おーおー、良く食った」
満足そうにげっぷをする赤ん坊。お椀の中にはまだ幾許か……スプーン三杯ほど牛乳粥が残っている。
「……味気ねぇなァ」
残ったそれを一気にかきこみ、イズミは一人愚痴る。さすがに赤ん坊用の離乳食だけあって、味はほとんどしないし食べ応えもまるでない。ひたすらにどろどろしていて逆に気分が悪くなってくる気さえする。果たして本当に腹の足しになっているか不安になるくらいである。
「分量は間違えてないはずだけど」
「あう!」
きゃっきゃとはしゃぐ赤ん坊の口には、ほんの少しだけとはいえ歯が生えている。擦ったら取れて落ちそうなほどに小さなものだが、もしかしたらもう少しくらい形のあるものを食べさせてもいいのかもしれない。
なにより、ネットでは数時間おきにご飯を食べさせないといけないとあった。さすがに同じものばかりでは飽きてしまうこともある。顎を鍛えるためにも、いろんなものを食べさせるべきではないか、というのがイズミの所感だ。尤も、きちんと調べる必要はあるのだろうが。
「次はリンゴの擦りおろしにでもしてみるか……」
幸いにして、リンゴやバナナといったある程度の果物は在庫がある。 ヨーグルトも冷蔵庫にはあるから、一辺倒な偏った食事にはならないだろう。
「う! う!」
「ほーれほれほれ」
手をぐーぱーしながら腕を伸ばしてくる赤ん坊を、イズミはさっと抱き上げた。まだまだ抱き方にぎこちなさは残っているが、最初に比べればずいぶんとマシになっている。
「だうー……」
「お」
どうやらおなか一杯になってすっかり気持ちよくなってしまったらしい。三分ほどゆらゆらしているうちには上の瞼と下の瞼がすっかり仲良しさんになって、赤ん坊はおねむになった。
「どこの世界も赤ん坊ってのはこんな感じなのかね」
イズミは知る由もないが、この赤ん坊は手のかからないほうである。普通はもっと泣いたり叫んだり、ご飯を食べたくないとイヤイヤしたり、なかなか思い通りにならないものだ。
「この間に家事でもする──あ」
──オオオオッ!
窓の外。四本足の猪みたいな化け物が、敷地の周りをうろついている。なぜそうしているかなんてさっぱりわからないが、頻りに石垣へと突進を繰り返しているらしい。ちらちらと姿が見え隠れしたと思ったら、やたらと鈍くて重い音が断続的に響いてくる。
「運が良いのか悪いのか……寝付いてくれた時にくるとはな」
これがさっきみたいに起きているときだったら、イズミは完全に無視を決め込んでいた。どうせ、どう頑張ったって石垣を含むあの謎バリアは突破できっこないのだ。そのうち疲れ果て、餌や水を求めに引き返す……というのは何度か見たことのある光景である。
そして、起きている赤ん坊から目を離すのは拙い。そんなの誰にだってわかることだ。
でも、今は違う。
「舐めやがってよぉ……! 起こしちまったらどうしてくれるんだァ……!?」
先ほどまで赤ん坊をあやしていた慈悲の顔はどこへやら。
この数か月ですっかり野性味の増した顔に、ぎらつく光を灯した瞳。修羅の如く表情を変えたイズミは、鉈とスプレーを装備して邪魔者を駆除すべく外に駆けだした。