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ハウスリップ  作者: ひょうたんふくろう
ハウスリップ
11/99

11 赤ん坊


「うああああんっ!」


「……あっ!」


 その泣き声が響いたのは──その作業を何とか終わらせたイズミが、未だ意識のない彼女に仮初のパジャマを着させていた時だった。


「やっべ!」


 とりあえず今はこれ以上できることはない──と自分に言い聞かせ、イズミはリビングへと慌てて向かう。


 案の定、ソファのところで例の赤ん坊が大きな声で泣いていた。


「ああああん! ああああん!」


「悪い悪い、頼む、そんな泣かないでくれよ……!」


 蒸したタオルを手に取り、イズミは泣き叫ぶ赤ん坊の体を拭いていく。


 やはりこの子も、西洋系の顔立ちであった。サラサラで薄い髪は、日本人では絶対に考えられないような見事な金髪だ。涙に濡れるぱっちりとした子供らしいまんまるの目には、理知的な碧の光が輝いている。


「…………」


 これだけだったら普通の外国人なのだが、イズミの目がバグったのか、金髪のその毛先の方は──なぜだか、透き通った水色のように見えた。


「光の加減ってワケは……ねぇよなァ」


「うああああん!」


 赤ん坊だから、イズミとしても服を引ん剝くのに何の抵抗もない。体に張り付いていて少々やりにくかったが、所詮はそれだけだ。


 ちなみに、男の子であった。


「ピーピー泣くな……って言っても、通じる感じじゃないな……。まぁ、泣く元気があるのはいいことか」


 体中を蒸しタオルで拭いて、そしてバスタオルで包んで。隣の部屋で眠る彼女に比べれば、ずいぶんと快適な状況になったことだろう。


 しかしそれでもなお、この赤ん坊は泣きやまなかった。


「頼む、頼むよ……そんなに泣いてたら、ママが起きちまうだろう?」


 彼女に比べれば、この赤ん坊の血色は悪くなかった。イズミは平均的な赤ん坊の体格なんて知らないが、取り立てて痩せこけているようにも思えない。赤ん坊らしい三頭身で、手足は短く、腕はぷにぷにと膨らんでいる。当然のように、手首には赤ん坊特有のくびれがあった。


 彼女の衰弱具合を考えれば、不自然なほどにこの赤ん坊は健康的すぎるのだ。


「そういうこと、なんだろうな……」


 イズミは思い出す。


 つい先ほど、門扉にすがっていた彼女は、イズミを見てなんと言ったか。


「『この子を助けて』……だったもんな」


 どんな事情があって彼女がこの森をさ迷っていたのかはイズミにはわからない。けれど、おそらくその間ずっと、彼女は自分の食べるものや飲むものを削って、この赤ん坊の面倒を見ていたに違いなかった。


「うわあああん!」


「おむつじゃない……ご飯か? ご飯の方なのか? さすがに粉ミルクはウチにないぞ……!?」


 加えて言えば、イズミに子育ての経験もない。


「抱っこで機嫌直してくれよ……!」


 言ってから、気づく。


「俺子供抱いたことなんてねェぞ……!」


「うわあああん!」


 赤ん坊はただただ泣き続けている。このまま放っておくのは拙いってのは子育て経験のないイズミでもわかる。


 だけど、イズミにはどうして赤ん坊が泣いているのかがわからない。一般論的に、おそらくご飯か抱っこのどちらかだろうという推測はできるが、判断ができない。


 また、もし抱っこであった場合、いくらかの疑問……というか、不安点もある。


「赤ん坊って、抱っこのやり方とかあったよな……?」


 たぶん、首は据わっている。だから、よほどのことが無い限りは問題はないはず……ではあるが、やっぱりその確たる判断が出来ない。


「ええい、ままよ!」


 こいつは森を抜けてきた猛者だ。どんなパパでも最初は不安だ。人という生き物がそんなに軟弱であるはずがない。


 心の中でいろんな言い訳をして、イズミは素の赤ん坊の両脇に手を差し込んだ。


「ほーれほれほれ」


 実家に戻ってくる前は、休みの日に出かけるたびにどこかで見た光景。右腕を股の下から通し、右手で尻と腰のあたりを支えて。左腕を枕のように頭に宛がい、右手で尻のあたりを支えるようにして。全体として、両腕で揺りかごを作るような……そんな、イメージ。


 こんな感じ、だったよなァ……とちょっぴり物思いに耽けながら、ゆらゆらとのどかな波のように体を揺らす。


「うわあああ……あ?」


「お」


 唐突に訪れた静寂。泣き顔が一瞬でぴたりととまり、イズミの腕の中のおおきなおめめがぱちぱちと瞬く。


 碧のそれと、ばっちりと目が合って。


 彼は、にこーっと蕩けるような笑みを浮かべた。


「抱っこだったか」


 揺れるイズミに合わせてきゃっきゃと笑う赤ん坊。なんとかなったことにイズミはほっと一息をつく。


「よーしよしよし……」


 温かく、そして重い。物理的な意味合い以上に、腕の中のそれが重く感じる。赤ん坊の持つ魔力なのか、ちょっと目が合って、にこっと微笑まれるだけで──それが、たまらなく愛おしく感じてしまう。


 イズミの見た限りでは、これと言って目立った外傷などはなかった。病気をしているようにも見えない。栄養状態だけが心配ではあるが、これだけ元気であるならば、すぐさまどうにかなるということはないだろう。


「とりあえずは、ひと段落って所かね……」


 赤ん坊は無事。風呂の入れ方、ご飯の作り方……考えなきゃいけないことはたくさんあるが、死ぬってことはない。そして、今のイズミにはパーソナルコンピューターとインターネットという、ほぼ無限の知識を授けてくれる文明の利器がある。ベストの選択はできないかもしれないが、ベターの選択なら間違いなくできる。


「そしたら、まずは……」


 赤ん坊をあやしながら、イズミは思案した。


「……飯の作り方と、けが人の看病の仕方を調べるか」


「う!」


 ころころと笑う赤ん坊を抱きながら、イズミはパソコンの電源を点けた。

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