百合に挟まる愚者と武士と
――この作品を平賀・仲田・香菜先生と百合信者に捧ぐ。
「信濃川さんっ! しっかりしてください信濃川さんっ!」
私の身体は縄で縛られ、薄暗い見知らぬ部屋の床に転がされています。ひどく汚れた床で、埃っぽくて息苦しい部屋です。窓は全てベニヤで塞がれ、外から聞こえるはずの音も響いてきません。僅かに空いた隙間から夕暮れと思わせるオレンジの光だけが頼りです。
私の目の前には目から光を失い、椅子に身体をだらしなく預ける百合子さんと、それを取り囲むように四人の男がニヤニヤと私に厭味ったらしい笑みを浮かべている。好青年のような印象を持つ信濃川さんと同年代ぐらいの青年。茶髪をワックスで整えた髪のチャラチャラした男、金髪のヤンキーのような男、多汗症なのか、ひどく汗に濡れて不健康に腹が突き出た中年の頭の禿げた男。彼らは一様に私を見下ろし、ニヤニヤと不敵な笑みを向ける。
チャラチャラした男が信濃川の頭に手を置き、乱暴に髪を指に絡ませる。
「イエーイ! 久留里ちゃん見ててよぉー! 今から君の大切な先輩を汚しちゃうからさぁー!」
信濃川さんの目はどこか虚ろだ。恐らく、薬物か何かを打たれているのだろう。そう推測できるのは信濃川の細く可憐な腕に張り付けられた絆創膏と、目の周りの赤い湿疹だ。
「お願いです、信濃川さんに乱暴するのはやめてくださいっ!」
懇願する私が面白いのか、四人はさらに嘲笑します。ひどく悔しい。好青年が百合子さんの柔らかそうな頬を指で舐めるようになぞります。
「くっくっく、それじゃあ今から大好きな後輩ちゃんの前で、幼馴染の俺が頂いちゃいまーす」
「おいおい、そこは先輩である俺に譲れよ」とチャラい男。
「あん? てめぇら、クスリは俺が用意したんだろうが? だから最初は俺様だろうがよぉ?」と睨み利かす金髪男。
「いやいや、この場所を提供した私が一番ではないのかね? 早く私の子種をこの清楚な女の子にプレス注入したいんだよ」
いきり立つ男たちに私は絶望しました。
この男たちは戯れている。人を傷つけることに躊躇もなく、他人の大切なものを壊すことに悦楽しているのです…。
何も出来ず、百合子さんが汚されていくのを見つめることしか出来ない。私は悔しい気持ちでいっぱいでした。
そんな時だったのです。
バンっ!
けたたましい音が響き、頑丈に鍵のかかっていた扉が勢いよく開かれた。
突然のことにキョトンとする男たち。一方で開かれたドアの向こうでは袴を着た、ちょんまげの男らしきシルエットが見えます。腰には刀のようなものも見えます。そのシルエットはゆらりと揺られながら部屋に入ってきました。
「下衆が……鬼畜にも劣る外道そのものよ」
静かですが、怒りに震える声を呟き、その人は入ってきました。髷を結い、無精ひげに草履。その瞳には怒りが灯っており、ギラギラとギラついています。
「百合の間に挟まろう者は全て死ぞ。なます切りじゃ。一人残らず黄泉に送りしんぜよう」
「何だてめぇ……!」
男立ちは殺気だち、お侍さんを囲むように信濃川さんから離れます。
「幼馴染、不良、先輩、汚いおじさん……。NTRには様々なジャンルがあるが……」
「なにごちゃごちゃ言ってやがる! てめぇはここで退場だっ!」
二枚目の男が近くにあった木刀を握り、お侍さんに飛び掛かる。その刹那、お侍さんは目にも止まらぬ速さで腰に差してあった刀を抜刀し、二枚目の男を切り捨てました。
「いかなるものでも、百合カップルの幸せを引き裂いてならぬのだっ!」
二枚目の男が苦悶の表情を忘れるほど、驚愕な速さで刀を振ったお侍さん。倒れた二枚目の男には目もくれません。
次に好青年の男が近くにあった鉄パイプを拾い上げ、お侍さんに飛び掛かります。
「ましてや清廉潔白な女子にシャブセックスなど言語道断っ!」
飛び掛かってきた好青年よりも素早く腕が動き、好青年の身体に一閃の剣が振られます。討たれた好青年がその場で倒れ、お侍さんの足元に鉄パイプがカランカランと転がります。
瞬く間に二人も倒されたのか、中年の男が背中を向け、冷や汗を床にまき散らしながら、狭い部屋から逃げ出そうと駆けだします。
次の瞬間、お侍さんが大股で中年の男に踏み込み、その距離を一瞬で詰めました。
「同意なきセックスは浮世絵や巻物の中で十分よっ!」
「ひぎぃっ!?」
逃げ出そうと中年男の背中を切り捨てます。その剣の動きは目にも留まりません。恐ろしいほど早いのです。
一瞬にして三人の男を切り捨てたお侍さん。鬼気迫るその姿は、まるで鬼のようでした。
その時、お侍さんの背後から忍び寄る影が視界に飛び込みました。アッという間もなくその影はお侍さんの頭部に何かを振り下ろしたのです。お侍さんは振り向いた直後で、額に振り下ろされた何かを食らい、鈍い音を響かせました。
影は金髪男でした。手には好青年が持っていたであろう鉄パイプが握られ、お侍さんの額から血が流れ、それが筋を作って顎へと滴り落ちます。ですが、お侍さんが表情ひとつ変えることはありません。
「女ってのはなあ、男といて初めて幸せになるんだよぉっ! そんじゃなかったらなんの為に股間にチ〇コをぶら下げているんだぁ、あぁ?」
金髪男の強がる声。その声音はわずかに震えています。きっと、お侍さんが怖いのです。
「……お主にはどうやら説法が必要じゃのう」
冷ややかに呟くと、お侍さんはゆっくりとした足取りで金髪男との間合いを狭めていきます。
ジリジリと下がる金髪男に、お侍さんは静かに唇を動かします。
「確かに女人の幸せの多くは婚姻っ! だが、問おうっ! すべてがそれかっ!?」
「な、なんだよ急にっ!?」
「トランスジェンターという新たな言葉が出来たこの世界で、貴様らはポリコレ(※ポリティカル・コレクトネス。要は差別がなく公正、中立な表現や言動)に反しているとは思わぬかっ!」
「はぁ!?」
「百合とは、母なる女性がっ! 愛おしいと思った女性がっ! 互いに恋焦がれ、欲情し、求め合うっ! それは男の手に汚されてない清浄な世界に咲いた二輪の花なのだっ! われら男はその楽園に足を踏み入れてはならぬっ! その汚い足で草の根一本も倒してはならないっ! 眺めるのみなのだっ!」
お侍さんの野太い声が部屋じゅうに響き、金髪男を威圧します。その気迫は私の肌の表面をピリピリと粟立てます。
「わ、わけのわからないことをゴチャゴチャと……! さっさと脳みそカチ割れて死ねや!」
一瞬たじろいた金髪男は、気後れしながらも大振りの鉄パイプがお侍さんの頭目掛けて振り下ろされます。その刹那、お侍さんの構えが変わったのが剣技を知らない私でもわかりました。
「『秘剣・燕落としぃっ!!』」
金髪男が振り上げた鉄パイプを縦に両断し、そのまま金髪男の身体に剣撃が走ります。金髪男は低い唸り声をあげてその場で倒れ、ピクリとも動きません。
僅か十分にも満たない時間で暴漢四人を切り捨てたお侍さん。先ほどまでの殺意に満ちの顔からは険が消え、穏やかな顔を表すと、私の横に屈み、懐から和紙に包まれた花を鼻先に近づけてきます。
甘いようなツンとするその花の匂いを嗅ぐと、私の意識は急激に淀み始めました。
「すまぬ、ワシはお主たちに見られてはいけない存在なのだ。だから、この出来事は一時の夢。この花の匂いを嗅げばすぐに忘れよう……」
「あ……あなた……は?」
虚になっていく意識の中で、必死に私は問いかけます。
「ワシはノブシ。ただの、侍じゃ。安心せい。そこの女子も同じように助けるからのぉ」
― ― ― ― ― ― ― ―
それから数日後。
あの日、私と信濃川さんはあの喫茶店で目を覚ました。店主さん曰く、ずっとあそこで眠っていたそうです。確かに、私の身体には縄の後も埃もありません。あれは夢だったのでしょうか?
信濃川さんは今日も一人で喫茶店にいらっしゃいます。そして、私がドアベルを揺らして中に入ると、信濃川さんは微笑んでくれる。まるで朝焼けの光を纏った、白い花のように。
「こんにちは、久留里さん」
「こんにちは、信濃川さん。今日も勉強よろしくお願いしますね!」
今日も正しく挨拶をし、私は信濃川さんの隣に座る。私は今日も信濃川さんから勉強を教わっています。今日は数学の問題を教えてもらう予定です。
文房具一式を広げていると店主さんがいつものエスプレッソとコーヒーを運んできてくれます。店主さんも私達の勉強に応援してくださっています。もちろん、きちんと注文をするという約束ですが。
それから私は百合子さんから出された問題を解き、分からないところは
ふと店内の角にあるテレビに目をやりました。液晶にはワイドショーが映っており、何かの特集が始まります。
それはとあるアイドルのライブ。間島ノコちゃんという、最近グループからソロでも活動しているアイドルです。十六歳の彼女はテレビのバラエティー番組でぎこちなく、頓珍漢な答えを出してしまうポンコツアイドルとしても有名でした。ですが、彼女のはにかんだ笑顔が多くの男の人を虜にし、今ではすっかり国民的アイドルに近い存在になっているのです。
テレビではノコちゃんが初の武道館でソロライブを行う様子を映しています。そこで一心不乱にサイリウムを両手に持って踊るノコちゃんのファンたち。映像を見たスタジオの人々の失笑が響いている。その映像の中に、一瞬だけ袴を着た人が見れた。画面がスタジオに切り替わり、その後はさっきの映像に戻る事はなかった。
だけど、なんだか似ている。あの夢の中で私と信濃川さんを救ってくれたノブシというお侍さんに。
ぼんやりとテレビを眺めていると、信濃川さんが私をじっと見つめていることに気付き、慌てて向き直ります。
「あ、すいません信濃川さん。 ついテレビに夢中になってしまって……」
私が慌てて謝ると信濃川さんはクスクスとはにかむ。笑い終わるとたくらむように頬を小さく膨らませています。
「まだ百合子って呼んでくれないの?」
目線を泳がせ、照れたように信濃川さん。そんな仕草がいじらしく思う。だけど、私は意地悪をしてこういうのです。
「それはきっと、春になったら言えると思いますよ」
私も信濃川さんに負けないくらいの明るい笑顔で言ってのける。
元ネタ『雨宿り、興奮、透ける』平賀・仲田・香菜様
https://ncode.syosetu.com/n7442gd/16/
野武士パイセン 元ネタ
『刀剣学園』及び『その剣、斬れる』
https://novelup.plus/story/588227362