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短編集・箱の中の人々  作者: 兎ワンコ
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ある人外なる少女の話

私が物心なるものを持ったのは、いつからだろうか?

両親と呼ばれる人はすでにいなかった。ただ人ではない知り合いからは稲荷の血族と人間の血が混じっていると聞かされた。

私の容姿は人と変わらず、されど人ではなかった。耳は狐の様な耳を持っており、嗅覚も鋭かった。


私が生まれた時代は戦乱の時代で、多くの人間達が重そうな鎧を着て、大根を何本切っても刃こぼれしなさそうな刀を持って争いあった。

幾度も歩けど、あるのは夢破れた屍と躯を貪るカラスばかりだ。

カラスはいう。


「人を食わんば生きていけぬ。されど、人など食うと腹を壊しそうじゃ」


そこだけ私も同意した。私も、出来れば人とはそばにいて、話す相手だけでよかった。

幾たびも歩いた私は小さな庄屋で働くことができ、そこにいる限りはその争いに巻き込まれることはなかった。ただ外で振る大量の矢の雨と流れる血の川がとても嫌だった。

人々の虚しい争いを見ながら、私は庄屋で暮らし続けた。

どうやら私には能力があり、それは周囲の人間が幸せになるようだ。

庄屋の主人が言う。


(ぬし)は人ではなかろう。けんど、主が居ると店中はおろか、訪れた客までニコニコと笑って帰ってくれる。主は気が済むまでここに居てけろ。なに、そん間は飯も寝床もあっぞ」


角張った顔をしわくちゃにして主人は笑った。

何時ぞやか、夢の中で恵比寿様と弁財天様が訪れた。

御二人は私を見るなり物珍しそうに見るや、「こらぁ偉く可愛らしい童やぁ」と呟いた。

幼き頃から自分が人間でないと悟っていた私は呟き返す。


「神様かぁ。わっちはなんか悪さしようとか?」


恵比寿様は首を振り、「いんや、その逆じゃ」


「主は座敷の神様じゃ。主の先祖は稲荷じゃ。現に主は何年生きとるか?」


「わからん。けんど、両手の指では数え切らんくらいに生きとる」


御二人がカッカッカッと大笑いする。


「んだろうさ、んだろうさ。主は八百万の神の一人なんだわ」


「どうする?社ばさ建てて、そこに入るも出来んぞ」


私は首を横に振った。


「いんや。わっちは庄屋の主人様とおる。(やしろ)ばさにおったら餅も団子も食えん」


私にとって社とは知らぬ人が睨んでくる場所だと思ってた。今思えば、同じ神様の家なのだ。幼いとはいえ、見

知らぬ者が挨拶もせずに入れば嫌な者もいるだろう。


「はっはっはっ。そんだえらいこという童神や。好きにしぃ」


二人は笑いながらそういい、そのままどこかへ行ってしまった。



いつしか戦乱の世が終わっていた。

それから何百年にも渡って大きな争いはなく、平和が続いた。

私の容姿はいつまでも変わらなかった。

私を拾い、可愛がってくれた主人がなくなり、私と同い年ぐらいだった子供も成人し、そして主人と同じような年になり、やがてなくなった。

それを繰り返しても、私はいつまでもそこで働き続けた。

平和とは言っても災いはあった。

飢饉、一揆、火事、津波、強盗、辻斬り。

遠き場所から近場まで。幸いにして、私の住む庄屋では起きなかった。そして、それが私がいるお陰だということも理解もした。

いつかの頃、私は何代目か忘れた庄屋の主人に売りに出されてしまった。

そこを収める大名が噂を聞き、私を欲しいと言ったのだ。

当時の主人も大名には頭が上がらず、私はすぐに大きな屋敷に迎えられた。


屋敷の生活は私を退屈させなかったが、居心地が悪かった。

理由は屋敷の人間たちだ。彼らは私が人の類ではない事を知り、触れる事や話す事さえ嫌った。

大名も、ただ目新しいものが欲しかっただけらしく、すぐに私への関心はなくなった。

やがて私は一人で屋敷の中をうろうろするだけになった。

平和になったとはいえ、外に出歩くのは好きではない。

私はのんびりと屋敷の中で過ごすだけだった。



やがて外国の船が来てから、町の姿は徐々に変わっていった。

人間が作った年号の呼び方が変わり、人々の生活も変わる。不思議だ。時の流れは流水で、人の暮らしはその底に転がる玉砂利のようだ。

大名の屋敷も姿を変え、大名は大名でなくなった。だが、人の上に立つ仕事のようだ。

奇妙な着物に身を包み、遠くの人の声が届くようになったし、夜も火を使わずに明るくなった。生活の便利さがあがった。

やがて、私の姿を見えぬ者が多くなった。

信仰する者も減り、私は屋敷の中で腫れ物以上に扱われ、物の怪の類として扱われた。

いつだったか屋敷に雇われた若い女中が、私の姿を見て卒倒したこともあった。



私は久しぶりに町に出た。

そこには見知らぬものがたくさんあった。

馬も牛も曳かずに動く車。見た事もない砂糖菓子や帯すらない着物。そして空に浮かぶ蹴鞠。

私は屋敷で暮らす一方で、町で遊ぶことを覚えた。人々の暮らしが栄え、発展していくのは見ていて面白い。



だが発展したのは生活だけではない。

戦は姿を変え、多くの命が簡単に奪えるようになったのだ。

屋敷にはラヂオと呼ばれるものが持ち込まれ、そこから人の声が聞こえ、そこでまだ見ぬ国との争い事を伝えている。

最初は勝ちを伝える事を話し、屋敷の人間は色めき立った。

私は戦の勝ち負けに興味はなかったので、ときおり流れる歌声だけが楽しみだった。

それからすぐにして屋敷には不穏な空気が漂い始めた。いや、屋敷だけではない。町全体に漂っていった。

私にはわかる。戦は負けているのだ。

その証拠に戦火は間もなくしてきた。

空には鉄の鳥が飛び、火のついた爆弾が降り注いだ。

私が住む屋敷にも火が回った。だが、私のいるおかげでボヤ程度ですんだ。

生き残った町の人々が屋敷に逃げ込んだ。

町は無残にも壊され、燃やされた。


 多くの人が死んだ。

人だけではない、犬も猫、馬も。唯一私の姿が見えて、可愛がってくれた町の婆やも亡くなってしまった。

戦はいつだって嫌いだ。

やがて戦は終わった。燃え残った屋敷の中で人々は涙を流しながらラヂオから流れる声を聴いていた。


戦が終わり、壊れた町の再建が始まった。

屋敷の人たちは屋敷を建て替えることはなく、別の場所に引っ越した。

ラヂオも持って行ってしまった。入れ替わる様に見知らぬ男達が屋敷を壊し始めた。

取り壊された屋敷を出て、私は考えた。

そして何百年か振りにあの庄屋の所に戻ろうと思った。

でも期待はしていなかった。そして庄屋は予想した通り、無くなっていた。代わりに手入れのされていない雑木林がそこにあった。

周囲に住む人間でわかるものはいないだろう。そして、私を見える人間もいないだろう。

私は雑木林を歩いた。屋敷のあった場所には確かに盆地がある。わずかに人が暮らしていた形跡もある。だが、そこにはもう獣道しかない。

ふと、雑木林の外れに社があった。

この社も雑木林と同じようにあまり手入れされていない。

すぐに理解した。この社はあの庄屋が私の為に立った社。だが、そこにお供え物をする者はもういない。




私はそれからずっとこの社にいる。

何年も、何十年も。

飽きもせずに、朝から昼、夕方、そして夜。

春が来て、夏が来て、秋を通り過ぎて冬を越す。

たまに近くに住む者が掃除し、油揚げを供えていく。それだけが私の唯一の楽しみだった。


ある日の初夏、私の社の前にお供え物をする人間がいた。

もう青年というには年を重ねすぎた男だ。男はなぜか私の好物の団子をお供えしていた。

私は男の後ろの大きな松の木に隠れ、様子を見た。男は膝をついて両手を合わせている。

合わせ終わると立ち上がり、不意に私に振り返った。思わず私は木の裏に隠れる。

そんなはずはない。もう今の世で私を見える人間はほとんどいない筈だ。

私は答え合わせをするように反対側にまわり、社の横に立った。

もう一度、男と目が合った。


「こんにちは」


男は笑顔でいう。


「主はわっちの姿が見えるのか?」


「えぇ、おおいに」


「面白い奴じゃの。なぁ、なぜ団子を供えた?」


男は社に振り返り、団子を見た後に私に振り返る。


「好きなのですか?」


「そじゃ、そじゃ」と私は頷いた。


嬉しそうな私を見て男も微笑んだ。


「なんとなくですが、好物なのかなと思いました」


男の答えにふふふと私は笑った。


「やはり主は面白い奴じゃ」


私は社の横の大きな石に腰掛け、団子を指差した。


「久々に人と会った。しばし話をせんか?」


私は男が用意した団子と、持っていたお茶を頂いた。久しぶりのお茶だ。

男は遠くの京から来たと言った。

仕事が休みの日にはこうしてどこかを歩くのが趣味だと言った。

男が持っていた物は奇妙奇天烈だった。

小さな銀の箱にはたくさんのものが詰まっていた。

きゃめらに音楽にそろばん、ラヂオ……。私がここに留まってから、時代は変わっていたようだ。

私が魔法の箱に夢中になっていると日が暮れ始めた。

男は唐突に言った。


「唐突ですが、ご一緒に来ませんか?」


「ほう。わっちに社から出ろと?」


「そうです。ダメですか?」


男は悪びれもなくいう。

私はうーんと少し考え込んだ。


「いいぞ、いいぞ。わしもここにおるのは飽きた。主のような人間も何年前に来たことか……」


「ありがとうございます」


男はお礼を言う。私は腰を上げ、男の背中を追う。


「失礼ですが、お名前は?」


「好きに申せ。稲荷様、座敷童、狐様、そう呼ばれてきた」


「そうですか。しかし……」


男は「うーん」と顎に指を当て、思考する。


「それならば甘いという字を書いて、かん、というのはどうでしょう?」


「かん?」


「えぇ、(かん)ちゃんと呼ばせていただけませんか?」


「主はやはり面白い奴じゃ。様など付けず、そう呼ぶとは。好きに呼べ」


「ありがとうございます」


私と男は夕暮れの雑木林を出ていく。

去り際、私は雑木林を見つめた。

男も黙って私の後ろ姿を見つめている。


「さぁ、行くか」


見つめ終わった後、私はそう言って歩き始めた。

私の後ろを男が歩く。

男の視線は私の尻尾を見つめていた。それは、私が思い切り尻尾を振ってたからだろうか?

思えば、こうして尻尾を振って喜ぶのはいつの時代ぶりだろうか?


何度も見た夕日が、なんだか新鮮に思える日であった。


現在構想中の「甘ちゃん」という作品の前日譚にあたる話です。


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