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短編集・箱の中の人々  作者: 兎ワンコ
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亜紗見麻里を捜して(後編)

5月10日


私は亜紗見さんの親族を訪ねた。

彼女の両親は12歳の時に離婚しており、連絡しようにも所在を掴むことが出来なかった。

代わりに彼女を引き取った叔母と会う事が出来た。


亜紗見さんの叔母であるSさんは亜紗見さんを引き取った3年後に離婚をしている。彼女が15歳の時だ。


――お忙しい中、申し訳ありません


「また、あの事件ですか…」


Sさんはどこか嫌そうな顔を浮かべる。私は丁寧に頭を下げた。


――本当に申し訳ありません。


「いえ、いいのよ。私ももう終わったものだと思っておりますので。あなたも若いのに大変ね。ご結婚はされているの?」


――いいえ


「そう。あなたほどの容姿ならばそう難しくはなさそうね」


――ありがとうございます


「話が逸れてしまったわね。あの子の話よね……」


――お願いします


「最初は大人しい子っというのが印象的ね。でも、生活しているとすぐに明るくて打ち解けたわ」


――そうですか


「あの子の学校での話は……そうね、人気者だったわね。毎日学校での出来事を話してたわ。それから、近所のお母さんたちに聞いたけど、ボーイフレンドもすぐ出来たみたいね。どれも、長続きはしなかったけどね」


――なるほど。


「高校に入ると、部活に入らずにバイトをし出したわ。自分の小遣いは自分で稼ぐんだって、息巻いていたわ」


――中々出来た子だったんですね


「出来た子、ね……」


Sさんの顔が曇る。まるでK君の時と同じだ。

しばらく何か考えた後、Sさんは口を開いてくれた。


「……あなたにだけは話すわ。お願いだから、この事は記事にも他の人にも話はしないで」


――わかりました。


私はその場でそういった。でも、本心は別にどうでもよかった。


「あれはあの子が17歳の時ね。そう、私が買い物から帰った時だったの。その日は、いつも行く店が休みで、予定より早く帰ってきたわ」


Sさんが顔を強張らせる。息を吐き、また吸い込む。


「家に入ると主人の靴があったの。普段は仕事でいない筈なのに。何故か知らないけど、私は物音を立てずに家に入ったわ。……悪戯心だったの…」


――それで?


「リビングの扉の前まで行くと、あの子の声が聞こえたわ。喘ぎ声よ。何か様子がおかしいと思って、私はそっとドアを開けたの。そしたら……」


私は息を呑んだ。Sさんの表情がひどく曇っている。


「主人とあの子が居たわ。ソファで、裸であの子を抱いていた。あの子も、主人の腕の中に居たわ。恍惚した表情で、主人を見ていた」


――つまり、情事を?


「そんなこと言わないで!……ごめんなさい。でも、あの光景は今でも思い出したくないの」


――彼女は、異常だった?


「そう……としか言えないわ。あの子のボーイフレンドの数もおかしかった。何より、あの子のそばにいると……」


――そばにいると?


「いいえ、なんでもないわ。ごめんなさい、私から話せることはもうないわ」


――わかりました。御貴重な時間を頂き、ありがとうございました。


「えぇ。それじゃあ、気を付けて帰ってね」




5月11日


その日、私は夢を見た。

亜紗見麻里と情事を重ねる夢。

ベッドの上で彼女は私の上に跨る。妖艶な魅惑を放ち、私は彼女の視線に合わせる。

彼女の乱れた髪に指を絡め、そっと愛撫する。

彼女は私の上に跨り、少し恥じらいながらも喘いでいる。

私は彼女の腰に手を回し、彼女の身体を弄ぶ。

やがて彼女は果て、私も彼女の中で果てる。

そこで目が覚めた。



Sさんの話を聞いたせいだろうか?

私の身体は寝汗でびっしょりだった。

すぐに着替えて私は仕事に出た。



5月12日


オフィスで、私は原稿を書いているとPCにメールが届いた。

送り主は笹原デスクの携帯電話からだ。

メールの内容は一言。


「麻里を捜して」


私はそのメールを保存した。

返信は出さなかった。正直、またメールが返ってくるとは思わなかったからだ。



5月13日


別の仕事の合間に私は亜紗見麻里のアパートへ向かった。

そこは既に引き払われており、空室になっている。私はただ外からその部屋を眺めるだけだった。


帰り道、私の中で何かが疼き出す。

何故か、彼女を捜さなければいけない気がしていた。

冷静に考える。彼女の遺体は既に墓地に埋葬されている。

彼女の死は既に警察の手に寄って証明されている。

だが、彼女はどこかにいるような気がしてならないのだ。



5月14日


亜紗見麻里は存在する。

私は今日、彼女を見た。


駅の階段の上。人混みの影。


すれ違う電車の向こう。


私のアパートのカーテンの向こう。


洗面所の鏡の向こう。


まるで私に好意があるように、彼女は私の前に現れる。

真っ白な綺麗な歯をこちらに見せて笑っている。


私はおかしくなっている。だが、この狂気の中で私は今までにない最高の喜びを手にしたと思っている。

こうして文章を書いている時だけが、まともなのかもしれない。


私は、私ではない何かにとり憑かれているようだ。


―――


またあの夢を見た。


私は彼女の腕に抱かれ、ベッドに吸い込まれていく。


彼女を愛し、私は彼女に飲まれていくのだ。


今日が何日かもわからない。カレンダーで日付を確認しても、携帯電話で確認しても、それが現実味を帯びないのだ。



―――



私はいつから日焼け止めのクリームを持ち歩く様になったのだろうか?

いつからコーヒーに砂糖とミルクを多く淹れるようになったのだろうか?

レストランで、水が二つ出された。私の目の前に、紙ナプキンが敷かれ、その上にナイフとフォークが並べられる。


その光景をボーっと眺めていると、いつの間にか亜紗見麻里が座っていた。


「私は、あなたの鏡。あなたも、私の鏡」


彼女がそう微笑む。

私はそう微笑んだ。



―――


5月20日


今日、会社に出社した時、部長に声を掛けられた。


「深追いするなといったろ」


部長が心配そうに私の顔を覗き込む。そこで私はハッとした。

この一週間近くの記憶が曖昧だった。

休憩所で、私は部長と話した。


私はどうやら、この一週間は上の空で仕事をしていたらしい。

時折、どこかを向いて笑っていたとも言っていた。

その時の私の様子を、部長は携帯電話で撮影していたので見せてくれた。


確かに机に座っている私は上の空だ。時折、窓の向こうに顔を向け微笑んでいる。

窓の向こうには麻里が映っている。

私の麻里だ。


「しっかり休めているか」


部長は苦笑いを浮かべていった。

私は頷いた。

休憩室を出ていくと、代わりに麻里が入ってきた。


「あなたは、私の鏡。私は、あなたの鏡」


私は微笑んだ。


――――


最後に手記を残す。

彼女の元に多嘉内くんも、笹原デスクも居るのだ。私も探さなくてはいけない。

最後にこの手記を残す。

この事件に関わった時、この手記に目を通してほしい。

私も、亜紗見麻里の元に向かう。



「あなたは私の鏡。私はあなたの鏡」


これでこの話は終わりです。


意味も、何もないです。

この話は恩田陸先生の「イサオ・オサリヴァンを捜して」に感化されて、書いたものです。

当然ですが、上記の作品とは内容が全く違います。

もし、気になる方がいましたら、「図書室の海」という作品の中に収録されていますので、ぜひ読んでください。

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