来訪者
ザシュッ!!
僕が振り下ろした剣が狼の身体を切り裂く、いつもはラーグが1人でやっている仕事で村に狼が近づかないように定期的に狩りをしているらしい。それを僕も手伝っている、話し合いがどうなったかって?結論から言うとラーグの手伝いをしながら村で生活することになった。さしあたって、剣も振れないなんて話にならないという事で連日ラーグから剣の稽古をつけてもらっている、ちなみに弓矢の腕は壊滅的だった。本当は剣と弓の両方使えるようになって欲しかったらしいがどこに矢が飛んでいくか解らないので諦められた。剣の方は元々センスが良かったのか日に日に上達している、と思う。少なくとも狼に遅れをとることは無くなってきた、もちろんラーグのサポートがあればの話だが。
それとラーグが言うには、僕には結構な魔力が宿っているらしく練習すればそれなりの魔術師になれるかもしれないらしい。ただ、記憶が無いにしても魔力なんて元いた世界には無かった気がする、それなのにいきなり使えるようになるはずもなく壊滅的とは言わないが普通に使える様になるには時間がかかりそうだ。
狩りを終えた僕らは狼を村の人に渡して食料と交換してもらう、毛皮や牙は道具に加工して使える。もっと大きい街とかだとお金に変えてくれるらしいが、ここは小さな村なので物々交換が基本だ。交換が終わり、時間に余裕がある時は村人の手伝いなんかをする。この村の主食である小麦をそれぞれの家に運ぶ仕事があるんだが、これが相当キツい。皮袋にぎっしりと入っていて、予想だけど軽く50キロ位はありそうだ。それをここの村人達は片手で軽々と持って歩く、もちろんラーグもだ。隣で歩いてるラーグに至っては皮袋を3つも持っている、僕はというと当然だけど袋1つ背負っただけで潰されそうになる。ラーグが言うには、ある程度大きくなった子供でも出来る簡単な仕事だそうだ。それもエルフに限らず普通の人間の子供でも同じだそうだ。たぶん、この世界の人間達は全員ムキムキの筋肉でドラ○ンボー○の悟○みたいな体をしているに違いない。
そんな事を考えていると先を歩いていたラーグが申し訳なさそうに近づいてきた。
「・・・・・・あのね、1つ忘れてた事があってね。」
「なんだ?何か忘れてきたのか?」
「そうじゃないんだけど・・・・・・、この世界では当たり前過ぎて忘れていたというか」
なんだか歯切れが悪いな、こっちは息を切らしてこの皮袋を背負ってるというのに。できることなら早く皮袋を降ろしたい。
「あのね、ちょっと全身を魔力で覆う様にイメージして、身体全体に意識を集中してみて」
よく分からないがそう言われた僕は言われた通りにやってみた、すると背負っていた皮袋が急に軽くなる。
「うおっ、なんだこれ!?」
急に軽くなったおかげで僕は危うく後ろにひっくり返りそうになる。
「っとと、いったい何が起きたんだ?」
「あのー、ね?基本中の基本の魔術に強化魔術っていうのがあるの、この世界の人は皆、子供でも使える魔術なの」
「ほう?」
なるほど何が言いたいか解ってきた、要するに皆は当たり前のように強化魔術を使って身体能力を強化して重いものを運んでいたという訳だ。それを知らず僕は一人こんな重い思いをしながら運んでいたということか。
「はぁー、それならそうともっと早くに言って欲しかったよ。」
「ごめんね?当たり前過ぎて忘れてたんだもん」
「まぁいいよ、これでこの仕事も楽になったわけだし」
これなら早く終わってゆっくり出来そうだ、いっつもこの仕事をすると全身筋肉痛になるし遅くまでかかるから正直あまりやりたくはなかったのだ、でもこれなら毎日やってもいいかもな。
そうこうしているうちに一日が終わる。そんな日々が幾日か過ぎた。
一日の仕事が終わると、村の男達は酒場に集まって毎日のように酒盛りをする、もちろん女の人もいるが圧倒的に男の方が多かった。その中でラーグと僕、それに村の警備隊隊長、フェオルの3人で飲むのが日課になっていた。フェオルは筋骨隆々としていて口髭を生やしたパッと見エルフというよりドワーフのような男で、見た目通り豪快な奴だ。大きい斧を武器にしていて、その一撃は岩を砕く、間違いなくこの村で1番強いだろう。ちなみにハゲだ。
「ガハハハハハ! ニードが来てからというもの、狩りの収穫は安定してきているし、そのおかげで村の収入も増えている。ラーグは警備隊の中でも1番機動力があるが、そのせいか1人で突っ走る癖があってな、隊の奴等ではラーグについていけないから単独行動が多かったんだ。しかし、ニードはラーグの動きにもそれなりについていってるし、剣の腕もなかなか良い。ほんと、来てくれて良かったぜ」
「そんなに褒めないでくれよ、僕なんてラーグの援護が無いとあっという間にやられちゃうんだから」
「そう謙遜するなよニード、お前の強化魔術はラーグにも引けを取らない。まさか、強化魔術を身体の一部分だけに使って、集中して強化出来るとはな。頭では解っててもなかなか出来ないぜ。これでひとつでも属性魔術が使えたらもっと良かったんだがな」
そうなのだ、僕はここ数日で強化魔術を身体の一部に集中して通常の強化よりも強く強化出来る「部分強化」を使えるようになっていた。この村は小さな島にある小さな村なのだが、大陸にある王国、ハガルティという国になら部分強化を使える奴もいるかもしれないという事だった。だが、フェオルが言う通り属性魔術、火や水を使うような魔術は全く才能がなかった。火はライター、水は水鉄砲、雷は静電気、土は泥遊び。日常生活で役立つ事もあるかもしれないが、戦闘においては全く役立たなかった。
「僕は、魔術の方は諦めているよ。それに、使えなくてもそんなに困らないしな。」
「そうだな、今の実力があればこの村なら充分食っていけるだろうしな。実力があってもまともに働きもしないボンクラとは大違いだぜ。俺としてもずっとこの村にいてくれるのは大歓迎だぜ」
そう言ってフェオルは酒を豪快に煽る。ちなみに、ボンクラというのはいつも女の尻を追いかけ回しているティールって奴の事だ。僕もまだあまり話したことは無いが悪い奴ではなさそうだ。
くだらない話をしていると酒場の扉が乱暴に開け放たれる。そこには今まで見たことの無い男が立っていた。村の者ではないんだろうか、僕は呑気に酒菜をつまんでいたが他の人達はどうやらその男を知っているようだった。ただ、歓迎しているようではなさそうだった。その証拠に、フェオルの怒号が響き渡る。
「アバン!! 貴様、この村には近づくなと言ったはずだぞ!!!」
アバンと呼ばれたその男は、声だけで魔物も逃げ出しそうなフェオルの怒号を受けても涼しい顔をしている。
「おやおや、そんな怖い顔をしたら周りの皆さんも怖がってしまうじゃないか。俺は汚いおっさんの顔を見に来たわけじゃないんだ、愛しい俺のラーグを迎えに来たんだ」
その言葉を聞いて、黙っていたラーグがビクッと反応する。それを隠すようにフェオルがラーグの前に立ちはだかる。
「何度を言うが、ラーグはお前のような奴にやらん! お前がどれだけ偉いか知らんが、本人が嫌がってるんださっさと消えやがれ!」
「俺に対してそんな口をきいていいのか? 俺はね、大国ハガルティにこの島のにある町と小さな村を統括して小国にする使命を与えられているんだ。つまり、いずれはこの島で1番偉い存在になるのさ、今はまだ町の騎士団長だがいずれはこの島に国ができてそこで国王になるのさ!」
「へっ、お前みたいなひよっこが騎士団長?笑わせるな、ついこの間まで小便漏らしてた餓鬼がそれに、町で一番偉いのはアルトゥールじゃないか。国王になるならアルトゥールに決まってるだろ」
「うっうるさい!俺はいずれ親父を超えるんだよ! ・・・・・・なぁラーグ、俺についてこいよ。俺ならこんなみすぼらしい暮らしではなく、最高に裕福な暮らしをさせてやれる。」
ずっと黙っていたラーグだったが、言い寄られたのが余程不快だったのか
「嫌よ、昔の貴方はそんな人間じゃなかった。金と権力に目が眩んだ人と一緒になるなんて嫌!」
ラーグに拒絶されたアバンは流石にへこんだのか、少し涙目だった。
「ぐっ、まあいい。近いうち泣きながら俺について行くと言うようになるさ。今日はちょっと挨拶に来ただけだからな。また来る」
そう言ってアバンは店から出ていった、なんとも言えない雰囲気が漂う。詳しい事情は解らないが嫌な胸騒ぎがして仕方がなかった。