天界戦争
彼が神帝と呼ばれる様になってからだいぶ経った気がする。何も無かった、ただ真っ白なだけだった空間は世界となり、いつしか「神界」と呼ばれるようになった。神界は多くの神々がと人々が暮らし、平和に過ごしていた。彼はその世界の最も高い所にある玉座に居た。やるべきことを終え、これで何もせず孤独に悲しみに暮れることが出来ると。
でも、そう簡単なものではなかったのだ。次々と生まれる神は全てが良き神とは限らなかった。いわゆる邪神と呼ぶに相応しい者達も生まれていた、もちろん初めから邪神だった訳ではない。全ては一柱の神の疑問から始まった。
神は悩んでいた、同じ神でも待遇に違いがある事に疑問を抱いていた。神帝はあれ程の力をお持ちなのに、何故わざわざ我々神々に労働を強いるのだろうか。
何故、神帝にのみ全てが与えられているというのだろうか。
我々神々は等しく完全な者でなくてはならないのではないか。
神帝は我々の事を本当はどうでも良い物として見ているのではないか?だから我々に全てを与えて下さらないのでは?そう、神は思った。
そこに、神の遣いであり死者達から絶大な信頼を得ている1人の天使が現れた。
天使はうやうやしく頭を垂れるとこう告げた。
恐れながら我らが主よ、神帝様は悲しみにくれておいでです。我々を生み出したのは己の責務を放棄し貴方様達に責任を押し付け引きこもるためにございます。それも、1人の少女を失ったという事、ただそれだけの為にでございます。
更に、これは噂なのですが・・・・・・、神帝様は元人間だとか。
それはまことか?
噂に過ぎませんが、何も無い所に煙は立ちませぬ。
全ての神々の生みの親にして頂点に君臨する神帝ともあろう御方がそんな理由で我々を生み出したというのか。しかし、もし噂が本当で神帝が元人間なのであれば、それもなんとなく頷ける。問題は、人間如きが神である我々を使役しているかもしれないという事実だ。
神が衝撃を受けているところに天使は更に続けてこういった。
既に全体の半数の天使が私の考えに賛同しています、後は我々をお導きくださる崇高な方が必要なのでございます。私は貴方様こそ相応しいかと思います。貴方様にこそあの玉座は相応しいかと。
いいだろう、遣いの者よ名は?
卑しくも名乗らせて頂きます、私はベリアルと申します。
俺の名はアーリマン、全ての神々の中で、そして、この神界で初めて「悪」を名乗ろう。全てはこの神界の為に俺は神帝に反旗を翻す!!!
そこからは早かった、アーリマンはベリアルと共に神々へこの神界の理不尽さを説き、仲間を増やしていった。かくして、あっという間に神兵と天使の大軍勢が出来上がり、神帝を倒すべく様々な武器や防具が作られていった。その武器を作るにあたってロキという神が暗躍し、一部の神界で戦争が起きる、後にラグナロクと呼ばれるが今はその話は省くとしよう。
天から見守っていた天照はその大軍勢を目の当たりにし、急ぎ彼に伝えに行った。しかし、彼の反応は思ったよりも薄いものだった。彼が言うには、彼の預かり知らぬ所でどんどん増える神々を見て、いずれはこうなるだろうと思っていたという事だった。なればと、天照は神帝を護るべく仲間を募る事にした。こうして、アーリマン率いる軍勢と天照率いる軍勢が永きにわたって争う神界戦争が始まった。アーリマンの軍勢は天照達が見たこともないような恐ろしい力を持った武器や防具を有しており、瞬く間に天照の軍勢を蹂躙していった。それだけではなく、天照の軍勢についていた神々をベリアルがそそのかし、裏切りによって内部からも崩されていった。そして遂に、アーリマンは神帝である彼の前に立った。
己の身勝手で我々を生み出し、己の責務すら放棄する。貴方は我々を愛し全てを与えてくださっていたのではないのか。誇り高き神である我々は貴方の道具ではない!!
アーリマンは自分の腕を引きちぎる、ちぎられた腕は禍々しい光を出しながら大きな竜へと姿を変えた。
神帝よ!この悪竜、アジ・ダハーカは如何なるものでも傷つける事叶わぬ。ベリアルよ、神帝の動きを封じよ。
そう言われベリアルとアーリマン軍は彼を紐のようなもので縛り付けた。
我が右腕である竜に喰われ、我が一部となるといい。悪竜は天にも届きそうな大口を開けて彼を飲み込もうとした、しかし、それは叶わなかった。
その話は知っているよ。
彼は静かにそういうと、縛っていた紐を引きちぎった。アーリマンとベリアルは誰よりもその事実に驚いた。その紐は北欧の怪物を縛り付ける為に作った魔法の紐だ、その怪物ですら紐を切る事が出来なかったのだ。それを手に入れるためにわざわざ北欧の神界を滅ぼす手助けをしたというのに。彼はそれをいとも簡単に切ってしまった。彼は周りの驚きなど目にもくれず、何も無いところから潮風を感じる泡を生み出しアジ・ダハーカにかけた。泡をかけられたアジ・ダハーカはおぞましい悲鳴を上げて苦しみだした、そこに追い打ちをかけるように彼は変わった形の3つの爪がついた何かを出しアジ・ダハーカの大きな口の中に思いっきり突き刺した。これにより何ものにも傷つける事が出来ない竜は呆気なく彼に殺されてしまった。アーリマンはあまりの出来事にどうしていいか分からなくなった。そんなアーリマンをしりめに、彼はその手にこれもまた変わった形をした湾曲した剣を手に持っていた。
アジ・ダハーカは古くはインドに伝わる怪物だ、ならそれを生み出したお前を殺すならインド神話に登場する無敵を意味する神殺しの剣「アパラージタ」がお似合いだろう。
そういって彼はアーリマンの首を躊躇いもなく跳ねた、それと同時にアジ・ダハーカとアーリマンの身体は黒い霧となって消え失せた。
これで醜い争いは終わりだ、今までの行いは今殺したアーリマンとベリアルによるものだ。その他の者の行いは全て唆されてのこと、不問とする。各自元の生活に戻れ。そういわれて神々や天使達は慌てて解散する事となった。
天照よ、お前には伝えておきたいことがある、ついてきてくれ。
そういって自室へと戻っていった。
こうして、神界初の大事件は幕を閉じた。しかし、1度転がり始めた石は止まることなく落ち続ける。終焉に向けて。