兆候
皆さんはご存知だろうか、天国という場所を。天国、地獄、あの世、霊界、死後の世界。いずれも「生きとし生けるものが死んだ時に行く場所」である。天国はなんの苦しみもなく老いる事も病む事も無いという、苦しみが無いのであれば幸せと言う事なのだろう。では、その幸せが永遠に続くとしたら、人はその幸せに耐えられるだろうか。人は誰しも遅かれ早かれ「飽きる」もの、もし永遠の幸せに耐えられるとしたら、それはもう心を失っているでしょう。
さて、話を戻しましょう。
彼の世界に現れた少女、彼と少女はお互いを愛し合う様になりました。何も無かった空間に世界が生まれ、現世への道が開かれ、多くの死者達が訪れる様になりました。魂を持った人間達が集まった事で世界には様々な愛が溢れていきました。世界は本当の意味で永遠の楽園となったのでした。愛し合うもの同士がお互いを慈しみ、永遠の愛を語らう素晴らしい世界に。
ですが、訪れる死者の全てが善人とは限りませんでした。盗みを働いたもの、人を騙したもの、無闇に他者の命を奪ったもの、いわゆる罪人と呼べるもの達まで楽園に来てしまったのです。罪人達の悪行のせいで愛し合うもの達が悲しみの涙を流すようになりました。彼は悩みましたが世界の地下奥深くに悪人達を堕とし、大きく禍々しい門で蓋をして、恐ろしい姿の魔物を門の内側に左右に門番として立たせました。罪人達がそこから逃げ出さないようにする為です。
彼が地下深くまで罪人を落とす為に作った穴は、彼が急いで作り出したせいなのかいくつかの層に別れていた。罪というのは、よく「重い」と表現されますよね。なるほど罪の重い罪人程、より地下深い所まで真っ直ぐに堕ちていった。
かくして、彼は楽園に来る死者達を、楽園に入るのに相応しい者かどうかを見定めるようになった。彼が楽園に来るものを裁き、地下に堕とす事に気を取られている間に楽園ではちょっとした変化が見られていた。
彼がそれに気がついたのは楽園の入口に門を設けていよいよ裁判所としての体裁が整いつつある頃だった。相変わらず楽園を目指して死者は後を絶たない、罪人を堕としているとはいえ楽園に迎え入れられる者も少なくはない。だというのに、楽園の住人は1人、また1人と忽然と姿を消していく、まるで初めから誰も居なかったかのように。彼は有り得ない事だったが、彼が愛する人、少女が消えてしまうのではないかと不安に襲われた。この世界を作り出して初めて彼は恐怖を感じ、飛んで行けば早いだろうに、飛ぶ事さえも忘れて駆け出したのだった。