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アルスマグナ  作者: 雨音雪兎
真夏の幽霊船
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不気味なレリーフ×朽ちたレストラン×探索本格化

 エントランスとの扉が施錠された上に空間が切り離されたかのような不可思議な現象に見舞われているAチームは手当たり次第の扉を確認しながら廊下を突き進む。最初の部屋と同様にどの扉も鍵が閉まっていて進展はなく、ただ廊下だけを歩くの単調な時間が続く。退屈を紛らわせようと会話を試みるも、我が身に降りかかった現象のことが気になって集中できずに自然と会話が途切れてしまう。


 そうしているうちに廊下の突き当たりに到着した。三人を出迎えたのは重厚なら両開きの扉だ。天使をモチーフにされたと思われるレリーフが左右対称に施されている。天使の手に握られているのは角笛だろうか、口に咥えられた尖端から風船のように膨らんだ形状を持ち、天井部分は音が抜けるように穴が空いている。


 空に向けてメロディーを奏でる天使のレリーフから視線を下ろせば新たなレリーフが姿を見せる。それはおどろおどろしい姿をした複数の物体が上空を飛ぶ二体の天使に手を伸ばしていて、まるで天使を地獄に引き摺り込もうとしているように映る。


 那月たちは洋館ならではの両開きの扉の存在に寒気を覚えた。


「何か……こう……気持ち悪い絵ですね……」


 睦美は発言をオブラートに包もうと模索するも良い言葉が浮かばずに心情を本音にした。


「上は天使だから下に描かれているのは悪魔?」


 明確な姿で彫られた天使と比べると抽象的な姿で断定できないことが調の記者魂に火を点けた。先程まで感じていた寒気はいずこへと言わんばかりに接近して真剣に調査を始める。その切り替えの早さには那月も舌を巻くほど。


(安芸津調。この子もまた違った意味で普通とはかけ離れた位置にいるみたいね)


 那月は調の人物像について陽から一通り教えられている。彼女はまごうことなき一般人だ。異能に目覚めているわけでもなければ、執行者のような特別な立場にあるわけでもない。陽曰く、彼女だけが持つ情報網があるらしく、その精度は行政執行部にも引けを取らないとのこと。陽と相談して執行者と情報屋の関係を築くのも悪くないか、調の背中を見つめながら那月は一考していた。


「うーん……抽象的な絵ではあるけど、よく見ると悪魔というよりは人間に近いかな」


「でも人間ならもっとわかり易く綺麗に彫ると思いますけど?」


「それは人間を美化しすぎよ」


 睦美の意見に対して那月は否定した。


 人間は優れた知性を持つが故にありとあらゆる物を天秤にかけてしまう。時にそれは命すらも。そして天秤にかけた時、必ずといって自分に有利で利益が働く選択をするものだ。それは人間として当然の選択ではあるが、何者よりも自分が一番好きで大事な存在であることの裏返しでもある。


「そんな人間の本質を形にしたのかもしれないわね」


 身震いしてしまう程におどろおどろしいのはその為かもしれない。それこそ天使すらも贄として踏み台にする貪欲さを表現しているのだろう。


「人間の醜い本質を題材としたのは個人的に嫌いではないけど――」


 那月は顔を上げて、扉の上に飾られたネームプレートに視線を送る。そこには“レストラン”と書かれている。


「食事する場所には不釣り合いであるわね」


 旅の楽しみである食事を前にこのレリーフを見れば気分が落ちて台無しになるだろう。そうでなくても食事は人間が持つ三大欲求の一つなのだから二重で苦しみを味わうことになる。想像するだけで最悪な気分だ。


 ひとしきりの調査を済ませた調が立ち上がって両開きの扉のドアノブに手をかける。それから背後を振り返って那月と睦美に視線を送った。扉を開けていいか、無言でも調の伝えようとしていることを悟った二人は頷いて了承の意を示した。


 鉄が軋む音を廊下に響かせながら両開きの扉が開かれた。


「…………」


 扉の先に広がる光景に三人とも言葉を失う。天井には蜘蛛の糸が張り、大理石の床は輝きを失って濁っている。木製のテーブルとイスは所々が腐り、脆くなった脚が折れて役目を終えた物が散乱していた。古くも綺麗に整備されていた外観や清潔感が保たれていたエントランスからは想像できない老朽化ぶりだ。


 周囲に気を配って最大限に警戒しながらレストラン内を探索する。どうにか持ち堪えているテーブルも台を指でなぞれば埃が付着してしまう。ここ数年どころか、数十年は人の手が入っていないのは明白だ。


「こ、これはどういうことでしょうか?」


「な、何かの催しよ……きっと……」


 睦美と調は不安から言葉を詰まらせてしまう。募る不安に押し潰されまいと冗談を声にする調だが、言葉と違って表情に余裕はない。だからどうしても那月を頼って視線を送ってしまう。二人の視線を一身に浴びる那月はというと、警戒はしているものの脅えた様子はなく平然とした態度で奥へと進んでいく。距離を離されることを嫌った二人は早足で幅を詰めて那月の背後に立った。


「傍から離れないのはいいけど、しがみついたりはしてはダメよ。いざという時に貴方たちを助けられなくなるから」


「は……はい……」


 今にも消えてしまいそうな弱弱しい返事が二人から届いた。本当に分かっているのか疑いながらも返事をしたのならば大丈夫だと判断することにした。


 何が起きても即座に反撃できるように仕込み日傘を改めて握り直してレストランの探索を本格的に開始した。


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