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アルスマグナ  作者: 雨音雪兎
真夏の幽霊船
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裏話×洋館×急変した天候

 スーパーで一週間分の食料品と飲料水の買い出しを手早く済ませて再び車を走らせる。ナビ案内に従って進む車は市外地からも離れていく。密集していたホテル群はもちろん、点々とあった別荘すらも周囲から姿を消す。その代わり青々と生い茂る森林地帯が姿を見せる。天空に背を伸ばした梢の葉が照り付ける太陽の日差しを遮り、木漏れ日となって地上を照らす。その風景は思わず車の速度を緩めて魅入ってしまうほどだ。窓も全開にして葉擦れの音を耳で味わう。夏特有の熱風も森林に囲まれているおかげか幾分か和らぎ、絶え間なく吹く風に心地よさすら覚える。


 実際に自然を満喫しているのは大人組の二人と新聞部の二人だけで、他のメンバーは建物が何一つない場所を進んでいくことに不安を覚えていた。市内のホテルは無理にしても市外のホテルが宿泊先と考えていた所に、その市外区すらも通り過ぎたことが要因だ。観光島でも僻地と呼べる場所にある宿が正常に管理されているとは思えないらしい。


 これまでのテンションからは考えられない沈黙ぶりに調は首を傾げながら尋ねた。


「皆、黙り込んでどうかしたの? もしかして車酔い?」


「い、いえ、そういうわけではありません。た、ただ……随分と市街地から離れたな、と思いまして……」


 クラリッサが代表して不安を言葉にした。


「宿は島の北部にあるからどうしても市街地からは離れちゃうのよ」


「北部ですか?」


 調の言葉に反応したのは陽だ。頭だけを動かして後ろに視線を送る。


「観光島の北部は開発が中止されて久しいはずですけど、そんな所に宿があるんですか?」


「それがあるのよ。まだ開発が中止される前にいち早く土地を購入して宿を建てたそうよ」


 宿を確保した調自身も調査するまではそんな宿があることは噂でも聞いたことがなかった。少しでも安い宿を探そうと躍起になっていなければ発見することはなかっただろう。


「観光島の開発には色々な人間が関わっているから、その宿主も開発費を出資する変わりに土地の一部を優先に購入できるよう談合していたのでしょう」


「その話は私も耳にしたことがあります。相当な数の事業家が痛い目を見たそうですよ」


 那月の情報にイゼッタが新たな情報を被せることで信憑性をより強いものとした。


「そもそも観光島の北部はどうして開発が中止になったのですか?」


「複数の死者と行方不明者が出たの」


 那月が即答できたのは極秘裏に彼女も調査に当たっていたからだ。


 観光島、イ・ラプセルは四特区の垣根を越えたプロジェクトということもあって大々的にニュースになっていた。それはそれは見事なまでに華やかな内容ばかりである。なかでも四季を通して楽しめる場所であることを推しており、それを実現するアイディアが観光島の四分割案だ。春夏秋冬で区画分けすることで一年中の一大観光地にするというものである。


 最初に開発が着手されたのは夏だ。海や花火や夏祭りなど夏という季節はイベント尽くし。そのために着想がやりやすく開発は順調の一途を辿った。それが今のカジノと高級ホテル街に市外区域である。海水浴場も徒歩で行ける距離にあることから予定通りの観光客を集められているようだ。


 続けて秋の区画の開発に着手したところで事件は起きた。ホテル建設の足場が崩れて死者を出すと、他にも人工島の規模を広げられるかを調査する為に出港した視察船が前触れもなく姿を消したのだ。それだけならば不幸な事故として片づけることも出来たが、開発中止に追い込んだのはそういった事故が連続して起きたためだ。不幸な事故が続いたことで建設業や各特区の行政からは呪いや祟りといった噂が広まり、それを引鉄に開発から離脱する会社が続出したことで開発は中止に至った。


 那月による観光島の開発で起きた出来事の解説が一通り終えたところで陽は腑に落ちたように頷いた。


「なるほど……雰囲気のある宿とはそういうことですか」


 僻地にあっても宿に自信があると言った調の言葉の意味を理解した。陽の想像通りの宿であるなら確かに彼女らしい選択だと納得できるだろう。理解が追いついていない他の皆は首を傾げるも、その答えは間もなくして目の前に現れた。


 ナビが案内の終了を告げて車を降りた一行を出迎えたのは海に迫り出した崖の上に建つ洋館だ。中世の貴族が住みそうな荘厳な佇まいに見惚れてしまう一方で、推理小説やホラー映画などに出てくる舞台にも見えてしまう。予兆しているかのように快晴の空に曇天の雲が覆い隠し、強風が吹く。穏やかな夏の海から一変、高い波が断崖を打ち付けた。


 急変した天候によって洋館が纏う薄気味悪さが高まるなか、この状態を陽たち裏社会組の人間が声を弾ませる。


「ふふふ、いかにも何かありそうな洋館ですね」


「断崖絶壁の上にある洋館となれば、やっぱり殺人事件でしょうか?」


「王道ではあるけど、この面子だけでは足りないわね。それこそ道に迷った来客者や豪雨に見舞われて避難してきた旅行者とかが必要よ」


「そうなると死者の亡霊とか怪奇現象か? まあ、もともとも曰く付きの北部にある洋館なら期待できるかもな」


 イゼッタの発言を皮切りにクラリッサ、那月、陽、とそれぞれの期待を声にした。口調から本気で楽しんでいることを悟った哲哉と睦美は顔を引き攣らせる。そのなかで一番テンションが上がっているのは宿泊先を確保した調だ。彼女はカメラを手に取ると、様々な角度から洋館を撮影していく。


「何か写りますかね?」


「写ってもおかしくはないな」


 クラリッサと陽は調が撮影する写真に期待を込めながら鉄の門扉に手をかける。しかし、押しても引いてもビクともしない。視線を落とせばアームの部分に巨大な錠前がぶら下がっていた。


「部長が門扉の鍵を持っているのですか?」


 陽の質問にシャッターの手を止めた調は思い出したかのように門扉の前に駆け寄ってくると、リュックの外ポケットから鉄の鍵を取り出した。


「門扉と玄関の鍵は兼用みたいだからこのまま開けてしまうね」


 錠前を解錠した調は石畳の路を進んで洋館の入り口まで突き進む。石畳を挟む形で広がる庭には見事な噴水が左右に一つずつ設置されていて、噴水の頂点には獅子の彫刻像が三対ずつ向かい合う形で立っている。今にも動きそうな精巧さに思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「ほらほら扉が開いたよ。天気も悪くなってきたみたいだし、さっさと入りましょうか」


 先行していた調から扉を開けた報告を受けた皆は駆け足で庭を突き抜けて洋館の足を踏み込んだ。


 直後、曇天の空から雨が降り始めた。


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