28 エピローグ
「な、何だって言うのこれは……」
ビスチェは困惑した。
エリックとパルナを連れて、噴水広場で休憩するために、ちょっとつまめるものと飲み物を買おうと渉から目を数分離しただけで、渉は知らない女性とトラブルを起こしていた。
そして、驚いたことにその女性は魔王だった。
このファース大陸において、実はグラトル以外の魔王というのはあまり知られていない。
知られているのは7体の魔王が存在すること、その程度である。
魔王それぞれの名前を知っているのは、国や聖母教会の上層部や、軍や聖騎士たちの一部くらいである。
そんな魔王が、インヴィス、ラストラに続いて現れた。
それもよりにもよって街中で……小さい子供を連れてきている時に。
渉は必死に身を挺してビスチェたちを逃がそうとしていた。
心の内では、唯一の肉親である兄を死地から救ってくれた恩人である彼に感謝していた。
そんな彼が、あんなに必死に自分の身を案じて逃げろと言う。
彼女の胸が思わず熱くなった。
だが、あの魔王は本気で渉に敵意を持っていた。
渉が召喚する精霊たちは、ことごとくが敗れ去る。
「エリック!
パルナ!」
「イリアさん?!」
「よかった……ビスチェさんも……渉さんは?!」
「あそこよ……イリアさん、この子たちをお願いね」
「?! ビスチェさんは?」
「ワタルに加勢してくるわ」
子供たちを預けた後、渉に加勢するが、いとも容易くあしらわれ、魔王の矛先がこちらに向いた。
(~っ?!
……渉……今のうちに逃げて!)
だが、渉はイラベルの腰にしがみ付いて必死に逃げろと叫ぶ。
激しくもみ合う渉とイラベル……だが、唐突に巨大ゴ〇ブリが渉の脇腹に体当たりした。
「インヴィス!!
何でワタルを?!」
ビスチェは激しく混乱する。
インヴィスは魔王……やはり魔王の味方なのかと……
ここまでの旅で、多少なりとも仲良くなったと思ったが……そんな悲しい気持ちも、彼女の中にわいてきたが、インヴィスは衝撃的な事を言う。
「違う!!
女の敵が渉ちゃんなの!!」
話を聞くと、渉はビスチェに逃げろと言っている傍らで、イラベルのお尻を存分に堪能していた……
あんなに必死に自分の身を案じている渉が……まさかという思いがビスチェにあった。
だが、渉が開き直って、大変満足だと言った瞬間、彼女の心にひびが入った。
「ダメよ!
敵はワタルじゃないでしょ!?」
それでも兄の恩人……そして、かつてこのマンボーの街で、自分も助けられたのだ。
その恩がある限り、渉を見捨てるなど出来ようはずも……
「ぐすっ……許せない……まだ殿方には触られたことが無かったのに……」
イラベルのその悲壮感漂う呟きに、とうとうビスチェは渉を女の敵認定した。
が、またもやここで予想外の事態が起こる。
イリアと共には慣れていったはずの子供たちが、渉をかばったのだ。
そのあまりにも純粋な思いに、明らかに子供たちの後ろに居る渉は苦しんでいたが……
そして、渉は現状を打破しようとスキルを使用する。
その後の光景は、彼女の想像を絶していた。
ワタルが召喚したアカちゃんと名乗る女の子が、空中に現れたスクリーンに、魔王の恥ずかしい過去を映し始めたのだ。
「イヤアアアアアアアアアアアアッ」
――――――――――――――――――――――――――
「うわぁ……」
これはキツイ……
私は思わず魔王に同情した。
何気なく渉に目線を映すと。
ゴンッゴンッゴンッ……
噴水のふちへりに側頭部を打ち付け続けていた。
そして、決して瞬きせずにイラベルの方向を見ていた。
怖い……
「ちょっとちょっとワタル?!」
でも、このままだと大変なことになると、慌てて私はワタルに駆け寄る。
「ワタル!
しっかりして!!」
ダメ……こちらを全く見ようともしない……
途方に暮れていると、急にワタルが立ち上がった。
「イラベル、破れたり!!」
自信満々に彼は宣言したわ。
さっきまで必死に抗っていたのに……恐らく何か私の知らない逆転の手を持っているのかしら?
『ケイコ大好きだああああああああああっ!!』
「にゃあああああああああああ??!」
瞬殺だったわね?!
そして、彼は喉を尋常じゃない勢いで掻きむしりだした。
「ダメ!
ワタル!
落ち着いて!!」
でも、さすがに男性の腕力には敵わず、どうしようかと視線を巡らし、インヴィスを見つけた。
「インヴィス!
ワタルを拘束して、早く!!」
「う、うん!
皆、渉ちゃんを……ダメッ!
もっとグルグルに縛って!」
リミッターが外れているのか、蜘蛛の糸をブチブチとちぎってしまい、慌ててもっと巻き付ける。
「ラストラも何か落ち着ける香りをお願い!!」
「ええ、分かったわ!」
辺りにフローラルな香りが漂い、私も冷静になれた。
「二人とも無事!
よかった……エリックもパルナも急に走り出して……お願い、危ないことはしないで……」
イリアさんが涙ぐみながら駆けつけてきた。
「ごめんなさい……」
「わーちゃんまもりたかったの……」
三人で抱き合うその姿に、場違いながらほっこりする。
そして、またイラベルの過去を放映する。
「本当にベルちゃん本人だったんだ……」
子供も大きいお友達にも根強い人気を誇る魔女っ娘ベルちゃんシリーズ。
実際の出来事を基にして作られたと言うけれど、その正体がまさかの魔王だったなんて……
「ベルちゃん可愛いね!」
本物を見てパルナは大興奮だ。
更に次にはワタルの過去が……
「まぁまぁまぁ……」
そう言いながらイリアさんが、エリックとパルナの目を手で覆う。
AVっていのが何かは分からないけど、アカちゃんの言ったようになんとなく分かるわ……
とてもロクでもないことね!
胸の内が何かモヤモヤするけれども……あっ、店員に捕まった?!
それに親も呼ばれたわ!
その時のワタルは、以前女性ものの下着を持っていたのを義母に見つかって説教されてる兄さんを彷彿とさせるものだったわ……
「不潔ね……」
「ええ、全くです……」
私とイリアさんは、何故かムカムカしてきた。
そして次はまたイラベルの番。
「あっはははははははははっ!!!」
しかし、彼女は突然笑い出した。
とうとうおかしくなっちゃったの?!
彼女はなんと、剣で首をついて自害を図る。
ラストラもインヴィスも止めようとするが、間に合わない?!
「ダメッ」
思わず目を逸らした。
けれども何も起こらず、アカちゃんが何故かご立腹……
彼女によると、渉が相手を殺したくない、というその思いを受け継いでいるらしい。
彼女が大ペナルティーと宣言したことで、イラベルはベルちゃんの衣装を纏うことになる。
「きゃああああっ、ベルちゃん!
本物のベルちゃん!!」
パルナの耳と尻尾がはち切れそうなほどフリフリしている。
「今、うわぁ……って言った?!
今、うわぁ……って言った!!」
「うん」
「うわああああああああああああぁぁぁん?!」
ワタルが正直に答えたため、またイラベルを泣かせた。
「ぐぬぬ……何この気持ち……」
何故こんな気持ちになるのか、まったく分からなかった……
だが事態は刻々と進んでいく。
イラベルはペナルティーとして、以前書いたポエムというモノを、この公衆の面前で音読することになった……
「うぅ……」
私も唐突に、以前犯した過ちがフラッシュバックを……
いいえ、私は何も書いていないわ!!
うん!
そんなものは何もなかった!!
「うぐっ……」
私が何とか立て直したその横で、いきなりイリアさんが膝をついた。
「イリアさん!?
大丈夫なの?!」
荒い呼吸を整え、彼女はか細い声で、
「いえ……何故だか胸が苦しく……」
そう言って俯いてしまった。
よく見ると、周りの街人たちの中にも倒れている者が何人もいる……
「許しておくれ……可愛い女の子の表紙だったから……」
「まさか……可愛いポーズ練習を弟に見られていたなんて……」
うわ言の様にぶつぶつ呟いている人が多くて怖い……
それに、真の名前とか第二の人格とかいう話が出たと同時に、バタバタと倒れる人が増えてきた。
「ホニャアアアアアアアア」
「ひゅおおおおおおぉ」
「〇×△□!?!?!?」
……私は何を見ているのかしら……時が経つほどに、倒れる人が増え、ワタルたちは壊れていく……
人の精神が崩壊する瞬間に、立ち会うことになろうとは思いもしなかった。
『▽◇●◆△◎■▼…… Ωυμ …… ―――――― ……』
こうして、意味の分からない……人がおおよそ出すものとは思えないような奇声をあげて、ワタルとイラベルの戦いは幕を閉じ、冒頭に戻る。
―――――――――――――――――――――――――――
噴水広場には正気を失った人々が溢れかえっていた。
渉のスキル、赤面白書は、色々と発動条件が必要になるが、それをクリアすることで、精神的なダメージを10倍に増幅出来るという、まさに殺さずに相手を制圧できる効果がある。
が、アカシックレコードの進行役であるアカちゃんは、いたずらが大好きな女の子であるため、その効果範囲を無断でこの噴水広場全域に指定してしまったのだ。
そのため、渉とイラベルの悲しい記憶を暴露したせいで、その余波が野次馬となっていた者達にも降りかかり、倍率は二人に比べてはるかに低いものの、精神に多大なダメージを受けたことで、一時的に正気を失っているのである。
『あ~ぁ、面白かった。
それじゃあそろそろご飯の時間なので、帰りますねー。
ばいばーい!』
こうしてアカちゃんはどこかへ行った。
が、残された二人はというと……
「あははははっ、
おねえちゃーん!!」
「ちょっ、イラベル落ち着いて!」
幼児退行してラストラにじゃれ付くイラベルと……
「ブツブツブツ……」
「ね、ねぇ、渉ちゃん?
返事してくれないかなぁ?」
インヴィスが声をかけても反応せず、ただただ虚空に向かって何かぶつぶつ呟いている渉だった。
「本当にどうしよう……」
途方に暮れるビスチェ……そこに救いの手が。
「これは……どういうことですか?」
「え?
……キャロル様!?」
そこには、かなりくたびれた様子のキャロルと数名の聖騎士や聖女達がいた。
キャロルたちはアトランディカに向かう途中、とある町に宿泊していた。
そして、その町の教会で日課の祈りを捧げていると、アルテから天啓が下りてきた。
『キャロル。
最近渉さんが顔を見せてくれなくて寂しいです。
何とかこっちに来てもらえるように話をしていただけませんか?
ちなみに今、あの方はマンボーの街に居ますよ?』
と……
こうして、怒りと使命を抱いたまま、またまた来た道を強行軍で戻っている途中、昼食の準備をしていたら、唐突に体を引っ張られ、謎の穴に吸い込まれた。
最初は何が起こったのか分からなかったが、穴から出たところは見知った街……マンボーが遠くに見えるところであったため、急いでこの街に来たのだが……
目の前にはぶつぶつ言っている渉と、美女にじゃれ付く美女……
「聖母神様?!」
「ち、違いますわ……彼女は聖母神様似ていますが、別人です」
「そう、なのですか?
それと、この状況は一体……?」
「……皆心に傷を持っている人たちなんです……キャロル様?
彼らの心を救ってください!
私には無理です!!
それでは!!!」
これ幸いと、全てを聖女たちに丸投げし、ビスチェは逃げた。
「え?
ええええええええええっ??」
キャロルたちは改めて広場を見回す……
「きゃはははははははっ」
「イラベル!
ダメ!
スカートが!?」
「グラちゃん、お姉ちゃんには無理だよ……」
「ぐるるぅ……」
「ブツブツブツ……」
「ぴよっ、ぴよっ……」
「ふはははははっ、この紋所が……」
『…………』
数十人の正気を失った人々……
「どうしろって言うのよおおおおおおおっ!!!」
多くの発狂者が埋め尽くす噴水広場を、燦々と輝く太陽が、今日も光を照らしていた。




