ラボ畜、拾われる
遅くなりましたが更新します。
小生ラボ畜オタクコミュ障が美少女となって2日あまり。
やっとこさ人里に辿り着きましたでござる。
あ、さっきオタクって言ったけどそんなこと烏滸がましくて言えないので訂正で。
家には寝るためもしくはシャワー浴びるために帰るだけであれだけ好きだったアニメや漫画を見る時間も体力も気力もなくなってきてしまったもので最早魂を燃やすほどの趣味もなくなってオタク属性すら失ってただの不健康コミュ障と成り果ててしまった小生も目が覚めたら眩いばかりの美少女アンドロイドとなっていたのがここまでのあらすじでやんす。
オタクどころか人間という属性さえ失ったわけだけど美少女になるには相応どころかだいぶお安い対価だったよね、うん。
まあつまりー小生みたいな奴が畏れ多くも美少女なんかになるには人間やめる必要があったであるなーーー。
かなしーーー。
今はルイジとヨハンの家の大きな庭で、穏やかに柔らかな緑の芝生の上を寝転びながら抜けるような青空を流れる雲を眺めている。
客間に通してくれるとのことだったが家を囲むように広がる大きな芝生の庭とそれを囲む薔薇の咲き乱れる垣根が綺麗だったから庭で休みたいとお願いした。
植物の生えない岩ばかりの高山を走り続け、四本足で野山駆け巡るエリカ先生から昼夜問わず逃げ続けたおかげでヘトヘト…という訳でもなくあれだけ走ってもアンドロイドは疲れ知らずであった。が、こうして芝生の上で雲の形をただ見ていると精神的に休まる。
結局、途中で見つけた新しい棺にエリカ先生を誘導してやると、やっと拙者への追跡をやめて棺ごと引きずってあのシェルターハウスに向けて帰って行った。
逃げ回ったおかげで遠回りしてしまったが光る情報線と目の前に展開されるナビを頼りにようやく植物が生い茂る深い森に突入し、ガサガサと木々をかき分けてたどり着いたのがこのベーカー村である。
森から抜け出した所でぽかんとこちらを見ていたのが今一緒に隣で日向ぼっこを楽しむルートヴィヒ・ヨハン・シェリング――ルイジと名乗った少年だ。
艶のある黒髪と透き通るような白肌、黒と見間違うほど深い青色の目をしていて14歳くらいに見える。
西洋の血によるはっきりとした顔立ちと、どことなくアジア系を思わせるあどけなさが混ざっているように見受けられる。
平たく言うとハーフっぽい。
ただしちょっと見慣れない外見的特徴がもう1つあった。
半袖シャツから伸びる細く白い腕、茶色の半ズボンから見えるまだ発達途中の白く細い足、 これはいい。
シャツの背中から伸びる白い翼。
これがちょっとわからない。
サイゼ〇アの壁や天井に描かれた天使の絵画を想起させる立派で偽物に見えない白い翼なのだ。
いったい拙者なんの村に来ちゃったであるかな?
天使?神?
まあとにかく翼は出てるものの愛想が良くゆるい雰囲気のルイジに、捨てられて人里を探してここまで来たことを話すと
「この村はあまり余所者を入れちゃいけないんだけどねー僕の家は優しいからきっと大丈夫ー!母も他所から来た人だしー」と家に招待され、今に至る。
そしてこれもまた奇縁というか、招待された家がなぜか最初から目的地として登録されていたあの赤いピンの刺さっていた地点そのものだったのだ。
最初から登録されていた赤いピン。
なんなのであろうなー。まあここに来い、ということだと思っておこう。
ルイジの双子の兄のヨハンは最初こそ訝しげであったが事情を知った今は心配そうに世話を焼いてくれている。
「青、なにも食べなくて大丈夫なのか?2日間水しか飲んでないんだろ」
のぞき込んできたヨハンの問いかけにこくりと頷く。
ヨハン・ルートヴィヒ・シェリング――ヨハンとルイジはファーストネームとミドルネームが逆になっていて名前を共有しているようだ。
名前同様、外見も似ていて一目で双子とわかったが雰囲気がだいぶ違う。
愛想のいいニコニコしたルイジとは違い、ヨハンはその頬や眉間に険しさがある。
どことなく硬い印象だ。
しっかり者というか神経質そうである。
だが心根は優しいようでいくら水だけでいいと言っても心から心配そうに色々と要るものを聞いてくれる。
あと、やっぱり背中から翼が出ている。
余所者を嫌う村。余所者を入れてはいけないしきたり。
その理由はその翼にありそうだけれど…。
子どもがしきたりを破って余所者を家に呼んでいるこの状況は本当はとても危ういはずだ。
大人に見つかって処罰を受けるーとか嫌でござる。
とは言え翼が生えた人間を前に興味は尽きない。とにかく情報がほしい。
ヨハンを視界に入れてフォーカスすると彼の顔周りに環状に光る文字列が現れ彼の情報を表示する。
あ、そうそう!これぞ小生の新機能そのいち!
なんとも便利な機能をいくつか見つけちゃったのである!
エリカ先生との鬼ごっこの最中に、半透明のパネルのようなものを視界に展開させ、視界に入った物の情報を表示する機能があることに気づいたのだ!
直感的に扱えてとても使い勝手がよく、視界の周りには自分の今のステータスのような状態が表示されていてセルフチェックも簡単便利安心。
ちなみに体調は大変良好。各部位各部品の消耗具合もあまり心配するほどではない。
水と光が必要とだけある。
どうも脳内のデータベースに問いかけるとこの美少女アンドロイドは水と光を動力に変えて動くようだ。
「私はアンドロイドなの。
水と光さえあればお腹は減らない」
そしてこれが小生の新機能そのに!
勝手に話す言葉を翻訳するよ機能!
話す言語を設定しておけば何も考えなくても話す言葉を全て翻訳してくれるのだ!しかも口調も設定できる!
例えば話す言語として英語(幼女口調)とか設定しとくと普通に日本語で思考して日本語で話しても口からは幼女口調の英語が飛び出すのである。
ちなみに今は英語(ドイツ語訛り、かわいいクールめ口調)と設定している。
彼らはドイツ語と英語を混ぜたような言語を話している、っぽい。
この翻訳機能のおかげで知らん言語もへっちゃらだし、なんなら口調も決められるのでオドオドしたコミュ障どもりを出さずに済んでいる。
そしてー!それに関係して青ちゃんの新機能そのさん!
さっきからそうだが聞いた事ない言語も脳内で勝手に日本語に翻訳してくれる!
すごいね!これさえあればラボ畜の敵、英語で話さなきゃいけない国際学会もお手の物!
おちゃのこさいさいだねーラボ畜のときにほしかったなぁー。
まぁ聞き取れて話せたところで学会名物の「素人質問なんですが」からどこが素人なのか逆に聞き返したい意地悪質問で殴ってくるエラい人には勝てんのだけどもね。
ここまで思考はれーてんいちびょう!アンドロイドは賢いのさ。
さて、ヨハンがさきほどの小生の言葉に首をかしげる。
「あんどろいど?すまないが聞いた事がない」
ああ、そうだよね。
ヨハンはさきほど井戸から水を汲みあげていた。
この村にはスマホはおろかインターネットも機械の類もない。知らなくても仕方ないだろう。
考えながら芝生から上体を起こしてヨハンの質問に答える。
「アンドロイドっていうのは、機械人形のこと。
要は、動く人形って考えてもらえれば」
ヨハンが驚いたように目を見開いた。そしてちらりと芝生に寝転がるルイジを見遣る。
のほほんとした表情を崩さずにルイジが答えるように視線を返した。
なんだろう。この2人の視線のやり取りはそれだけで複雑な意思疎通を交わしているかのようだ。
ちょっと詳しく情報分析をしてみよう。
視界の中の半透明のパネルを彼らにロックオンする。
ヨハンがルイジから目を離し、こちらに向き直った。
「青は人間ではない、ということか?」
探るような視線を受ける。
芝生を囲う薔薇の垣根から花びらと香りが舞ってくる。
人間ではない。
事実ではあるんだろうけど、ちょっと寂しいな。
「元は人間だった。
人間の魂を入れられた人形みたいなものだよ」
またちらりとヨハンがルイジを見る。
彼が口の中で「だから聞こえないのか」と呟いたように聴こえた。
聞こえない?何が?
その瞬間、彼らの情報を読み取っていたパネルから驚くべき結果が吐き出された。
――2人の脳波がシンクロしている。
生物の脳内の神経細胞は微弱な電流によって情報をやりとりしている。
目の前の双子が目を合わせた途端、前頭葉の思考を司る部分と言語を司る部分に流れる電気信号がシンクロし始めたのだ。
目は脳の一部であるし目は口ほどに物を言うとは言うが…。
恐らく2人は目を合わせることで思考を共有できるのだろう。
翼が生えていて思考を共有する兄弟のいる村。
こりゃまた厄介に面白いところに来ちゃったもんである。
思考の共有、『だから聞こえないのか』…。
これは無邪気を装って聞いてみようか。
「ねえ、もしかしてヨハンとルイジは話さずに意思疎通をしているの」
バッと2人がこちらを驚いて見た。
構わずに続ける。
「なんだか2人が目を合わせてお話しているみたいだったから。
私が人形だと聞いて、ヨハンは『だから聞こえないのか』って言ったよね。あれはもしかして、私の心の声が聞こえないって意味だったんじゃない?」
穏やかな青空を雲が流れていく。
ヨハンは青ざめた顔を引き攣らせ、ルイジは口元に薄く笑みを浮かべたままその深い青色の目を逸らして黙っていた。
どうも正解だったようだが2人の反応が予想以上に深刻だ。
ヨハンが何かを言おうと口を開きかけて、途中で突然慌てだし、
「あ!やばい隠れろ!」
と立ち上がっておろおろとしながら叫んだ。
見回すもここは広い屋敷の庭。
庭を囲む薔薇の垣根からも屋敷の近くの森からも100メートルは離れている。
「隠れろってどこに――」
薔薇の垣根の一部がガサガサと揺れ、ヨハンとルイジがそちらを振り向いた。
つられて2人の視線の先を見た途端、時が止まった。
背中に純白の翼を持つ5歳くらいのクルクルな栗色の髪の女の子が垣根の隙間から出てきたのである。
天使だった。
天使すぎて時が止まった。
ほんとにこの世終わってんじゃねえかここ天国じゃないか?
淡いピンク色のドレスのようなワンピースに身を包み、日に透けてキラキラする淡い栗色の髪、ぷっくりした頬に湛えた満面の笑み。
ふわふわの小さな真っ白い羽根。
この世のかわいい尊いを一身に受けて輝く天使が青空の下に降臨したのだ。薔薇の垣根を超え、薔薇の香りを身にまとって!
「ヨハン、ルイジ、あそびにきた!」
薔薇の天使はニコニコと双子に挨拶した。
「いらっしゃいマリア。いい天気だね」
ルイジが平静を装って返事する。マリアちゃんっていうのか名前まで可愛くて神々しいとかやべえな。
「薔薇の棘が危ないから玄関から入ってきなさいと言っただろマリア」
「だって2人のこえがきこえてきたんだもん」
薔薇の天使マリアちゃんはヨハンの説教を全く意に介さず、あまりの神々しさに言葉を失っている私に一直線に向かってきてニコニコして頭を撫でてきた。
正直召されそうだ。
「すごい!お人形さんだ!
いきてるかと思っちゃった!
でも、こころのこえがきこえないから、お人形さんでしょ!」
嬉しそうにぺちぺちと小さな掌で拙者の頭を叩く天使。ご褒美すぎてもう拙者無理である召されちゃうである。
ん?ていうかマリアちゃんも心の声が聞こえないとか言ってたであるな?
ここの村人みんな翼があって心が読めるであるか?
ちらと2人に視線を送ると、ヨハンは困ったように眉間に皺を寄せ、ルイジは芝生に座ったままシーっと口に人差し指を当てた。
あ、このまま人形役に徹しろということであるね!
いいであるよ!小生は幼き天使のお気に召すままに!
そのまましばらくマリアちゃんの人形として楽しく遊んでもらったのであった。
読んでいただきありがとうございます。
少しSF感出していきます。