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仙遊伝  作者: 森戸玲有
一章
8/36

(もしかして、このぼさぼさの猫が本当に……?)


 じろじろ明け透けなく猫を睨んでいると、宋林が紅珠の内心を読んだかのように、告げた。


「あっ、ちなみに、これ、ただの猫じゃないですからね。一応、神獣ですから」

「……しんじゅう?」

「はい。神獣。別名珍獣とも言います。仙界の上の天上界に生息している動物です。召喚すると、ちゃっかり来てくれることもありますし、うっかり襲われて命を失うこともありますかね」

「……私があんたの話を、ちゃんと信じることが出来る性格だったらな」


 悲愴感溢れる世界に生きている女に対して、雲の上の愉快な獣たちの話をされても困る。

 しかも、今現在、気を抜いたら、こっちが天上界に旅立ってしまうかもしれないのだ。


「……この、暁虎なんですが、実はその歴史は長く、あれは結構昔のことなんですが……」

「この状況で、昔話が始まるのか?」

「貴方も気づいているんでしょう? 追っ手の方々は引き上げましたよ」

「……そう…………かもしれないな」


 紅珠も追手はもう来ないだろうと思っていた。

 背後は静かだし、霧が濃くなってきている。

 陽も翳ってきた今、この霧の中で人を捜すなんて、無謀に等しいだろう。

 けれど、宗林の言葉だから信用できず、足を動かし続けていた。


「……あれ? 貴方はこの状況について、知りたいとは思わないのですか?」


 並走している宋林はにこにこ笑いながら、紅珠を試すように見つめている。


「…………分かったよ」


 紅珠は観念して、脇道に入ると、大木の下で立ち止まってから屈んだ。

 その後を追うように、宋林も脇道に飛び込んだ。

 抱えていた英清を、そっと地面に下ろすと、紅珠がすっかり忘れていた手の痺れが、一気に襲い掛かってきた。


「それで? この状況がどういうことなのか、あんたに説明できるのか?」

「ええ。実は…………」


 真剣な面持ちで口を開いた宋林だったが、紅珠と目が合った瞬間、再びふにゃりと相好を崩した。


「緊迫した場面で狭い所に男女が二人でいるっていうのも、なかなか面白い状況ですよね。命の危機を共に乗り越えた男女は恋仲になりやすいそうですよ」

「はあっ?」


 素っ頓狂な声を上げる紅珠をよそに、宋林は飄然とした様子で両手を振った。


「嘘です。冗談ですって」


 冗談に見えないから、腹立たしいのに、宋林は真面目な話を茶化すような口調で話し始めた。


「暁虎は、遠い昔僕が召喚した神獣なんです。この猫もどきは特に気まぐれで、基本、人に姿を見せません。だから、貴方に姿を見せた時は、僕本気で驚いたんですよ」

「そうだったのか……」


 あっさり告げてから、紅珠は溜息混じりに本音をぶつけた。


「……て、それをあんたは、私にすんなりと信じろと言うのか?」

「信じてもらわないと、話が先に進みませんからね……」


 紅珠はこめかみを押さえて、小さく頷いた。


「ひとまず承知した。まずは話を先に進めてくれ」

「――で、これも昔の話ですが、僕はある日、この神獣を貸して欲しいと、若者にふっかけられましてね。危険なのでやめた方がいいと伝えたんですが、若者はそれでもいいと言いまして」

「貸したんだな?」

「貸しました」

「……で? その若者に何かがあったのか?」

「神獣の主はね、基本的に一人だけです。暁虎にとっては僕なんですけどね。でも、僕が貸したことによって、その若者は一時的ですが、神獣の契約者となったわけです。ちなみに神獣は、たとえ親子であっても契約者以外には従いません。例外は契約者が死んだとき。その瞬間、神獣との契約は、その直系の血縁に受け継がれることがあります。あくまで暫定的なことですが」

「つまり、契約者が死んだのか?」

「その通りです! さすが紅珠さん。信じれば分かるじゃないですか?」

「あんたは私を誉めているのか、馬鹿にしているのか? そもそも、そんな話……」

「貴方のお姉さまの行方に関わることなのです。最後まできちんと聞いて下さいよ」


 ぴしゃりと断言されたことによって、紅珠の嫌な予感は倍増した。


「…………ちょっと待て、宋林。まさか、その契約者が麗華姉さまだとか言わないよな?」

「違います」 

「では、一体誰なんだ?」

「貴方が知らない、そして英清君もおそらく知らないであろう彼の血縁者についての問題です」

「どういうことだ? 英清の母は姉さんではないというのか!?」

「いえいえ。英清君の母上は麗華さんで間違いありません」

「そうだろう」


 紅珠は、妊娠中の姉も見ていたし、生まれて間もない英清を抱いたこともあるのだ。

 …………だとしたら? 


「父親か…………」


 結婚する前から、姉の口から「恋人がいる」という話は聞いていた。

 もっとも、それが髙家の当主だと聞いたのは結婚式の日取りが決まった後だった。

 今まで、まったく疑問に感じなかったが、二人の結婚は両家で挨拶してから、とんとん拍子に早かった。


「紅珠さん。貴方も僕と同様に巻き込まれた人生ですね。いいですか? 英清君の本当の父親は、最近、亡くなった有名人ですよ。だから僕も困っているんですよ」


 ――最近亡くなった有名人。

 ――父親。


「ま、まさか、何を言っているんだ。最近、亡くなった有名人て…………」

「ね? 面倒になったでしょ? まったく、ろくなことがないですよね。涼ぴょんもこんな厄介ごとばかり僕に押し付けて。どうして、とっとと死んじゃったんだろ……」


 紅珠の心臓がどくんと跳ねた。

 それは答えを口にしたようなものだ。

 国民の誰もが知っている尊名。


 …………涼ぴょんとは。


「こ、こここっ」

「はいっ?」

「皇帝陛下を、『ぴょん』付けするなっ!」

「あ。やっと分かりました?」


 きっと、悪夢でもこんな夢は見ない。

 できれば信じたくない。

 知らないふりをしたい。

 ……それでも。


「証拠は……って聞くのも野暮だな。現に英清は沢山の刺客に追われている」

「それに、僕が白涼に貸した暁虎を呼べる時点で、英清君に彼の血が流れていることは明白」

「後継問題………………か」


 それこそ、嘘だろう? ……の世界だ。

 頭が痛くなってきた。明日か明後日にやってくる筋肉痛なんかよりよっぽど切実だ。


「あんたが、義兄上の屋敷から離れた理由は分かったよ」

「さて、どうします?」

「どうしようもないだろう。戦うには、いくらなんでも多勢に無勢すぎる」


 いまだによく分からない。

 そんなこと、有り得るはずがない。

 だが、現実問題、麗華はいなくなり、英清は追われていて、謎の猫は存在している。

 紅珠はいまだ目を覚まさない英清を抱え上げると、草叢に刺さっていた矢を引き抜き、おもいっきり遠くに投げた。


「――ともかく。こうとなったら、絶対に逃げ切ってやるだけさ」


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