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THE COLLISIONS#1

 世の中争いが絶えない――だからと言って高次の実体同士が宇宙規模の喧嘩など始めるのはいかがなものか。まずは美し過ぎて見ただけで即死する猿人の神vs美し過ぎて見ただけで即死するゾンビじみた超種族の傍迷惑バトルを見てみようではないか。

『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。


登場人物

―イサカ…猿人種族ヤーティドに君臨する風を司る神王、慄然たる〈混沌の帝〉エンペラー・オブ・ケイオス

―レベル10の異常重力体…悪意を持つ巨大ブラックホール。

〈打ち捨てられしエターナル・ウィンター・オブ王国の永冬〉・ザ・アバンドンド・キングダム…超種族ノレマッドの一個体、権力階層構造(ハイアラーキー)の高官。



【名状しがたいゾーン】

コロニー襲撃事件の数年前:詳細不明の銀河、星間ガス領域


 極光(オーロラ)じみた星間ガスの煌めきが穏やかに辺りを包み、真っ暗でどこまでも冷え切った真空の宇宙空間に温かみを持たせていた。近縁の銀河の中心にて悍ましくも肥え太る異常重力体が、周囲の天体や物質が作り上げる中央に円を挟んだ球体状の領域によってのみその存在を知らしめ、底知れぬ黯黒と悪意とが獏々ながらにも感じられるものであった。ある種の悪辣なる実体であるかどうかは(よう)として知れぬなれど、仮にそうであれば河山帯礪なりし黄金の帝国であろうとも無碍に踏み躙られ、グロテスクな音と共に咀嚼されるかも知れなかった。

 忌むべき異常重力体に内より喰い破られつつある銀河が近縁にて横たわる今となっては、この銀河及びこの星間ガスの領域とて今では快適な別荘とは言えなくなった。数百年前に近隣で炸裂した星の最期の輝きがガンマ線を撒き散らし、幾つかの惑星が壊滅したり軌道から弾き飛ばされたりしたが、とは言えそうした死の断末魔とて新たな世代の星々を生み出す苗床にはなる――少なくともまだ(しばら)くは。緑を基調として淡く輝くこの領域もやがては新たな恒星を産み落として育くむと思われるが、それまでは穏やかさを約束されていた。そのようなそうそうは見付からない避暑地を穢されるのは神なる身には我慢なるまいし、尋常ならざる風のイサカは生来の傲慢さと絶対性とで目障りな重力の異常事象(アノマリー)を消し去らんとして抜剣した。弱々しい矮星の上で座していた猿人の神王が立ち上がるや否や、何百億光年も彼方まで秩序と相反する力の衝撃が伝わり、その影響で恐ろしく運の悪い部類に入る惑星数百個――何せ他の九割九分九厘以上は無事であったから――が分子レベルにまで分解され、神にのみ装着が可能だと推測される黒い焔の甲冑がめらめらと燃え盛ると、このほとんど無人の銀河は様々な異常に見舞われ始めた。そこで初めて慄然たる風のイサカは己が必要以上に力んでいる事に気が付き、暫し星間ガスの只中で立ったまま自嘲した。たかだか下等で下賤極まる下々の者どもの内一体を懲罰する程度の事であるにも関わらず、己のような神聖極まる混沌の動的顕現が何を慌てる必要があろうか。

 虚空より抜剣された〈死の行人〉(デス‐ウォーカー)は微量な密度の星間物質を除けば真空そのものであるこの領域においても、大気圏内と変わらず竜巻そのものの剣身を顕現させ、見ているだけで目が潰れてしまう程の狂おしき優美さがこの領域の穏やかさを掻き消した。神が神による使用のために信じられないような(わざ)をもってして鋳造した神造大剣たる〈死の行人〉(デス・ウォーカー)は既に周囲のガスやその他の星間物質を掻き混ぜており、それらすらも己を美しく見せるためのイルミネーションとする天上の剣の刃先が死刑宣告のごとく異常重力体へと向けられた。その様があまりにも次元違いであるために、これまで悠長に構えていた悪意ある忌まわしき異常事象(アノマリー)は、いかなる乾坤一擲の一撃であろうとこの距離を一跨ぎに到達するとは考えていなかった己の誤りを認め、すぐさま迎撃態勢に移ろうとした。片や滅びた万神殿(パンテオン)最後の一柱にして臣民全ての信仰を己に集める名状しがたい混沌神、片やいかなる運命と物理の悪戯とによってか生まれ出ずるに至った邪悪なる異常重力体、光の速度に頼る視覚では本来対峙そのものが成り立たぬはずの莫迦げた距離でありながら、はっきりと互いを視認し、数百万光年を隔てた驚天動地にしてある意味では蝸角之争(かかくのあらそい)であろうこれら実体どもの対決はしかし、思わぬ介入によって中断される運びと相成った。


[何者ですか? 風のイサカを前に無礼極まるというものですね]

 ああ、なんたる美であろうか――もしも〈人間〉(マン)が猿人の神王の今の状態を目にしていれば、数秒後に破壊されてしまう心で最期にそう考えた事であろう。長い体毛に覆われた(いか)めしいはずの顔面は、いかなる暴君の搾取の果てに作り上げられる豪華絢爛な血染めの宮殿よりも遥かに格上であり、その意味ではこの世のものとは思えぬ程に美しいため目にしただけで精神に異常をきたすケイレン帝国のロード・パレスとて、この実体との美の比較に使うのはさすがに烏滸(おこ)がましい事この上無き傲慢と言えた。めらめらと燃え盛る瞳は周囲のどの星よりも輝かしく、例え恒星の至近距離という地獄めいた光量の地点においてもそれらを霞ませてしまう事は間違いなかった。頭部以外の全身を覆う黒い焔の甲冑は、手にした神剣と同じく神が神のために作り上げた甲冑であり、平時ですら何百ポンドもあり、本来は着るだけで何時間も掛かり、そして戦闘時には中性子星やクォーク星を遥かに超える密度となる――何であれそれは装着者を一瞬で超高密度の小さな原子塊に変えるであろうから、間違っても人間が装着できるはずもないが、ともかく異常な重量という点においてはあの恐るべき黙示録の四巨人、すなわちリタリエイション・デイ、レコニング・デイ、カタストロフ、デイ、ジャッジメント・デイとも共通していた。これら一見混沌としておりばらばらな要素が積み重なる事で至上の美を作り上げ、この生ける美の到達点はそれ故見た者を廃人にするか、あるいはショックで即死させてしまうのであろう。

 猿人じみた恒星間航行種族ヤーティドに神王として君臨する慄然たる風のイサカに詰め寄られている実体はしかし、あろう事か畏れ多くもそれに匹敵する力量と美とを兼ね備えた星界の巨神であった。両者の周囲で時空が歪み、知覚全てを絶とうとも接近するだけで理不尽に即死する力場が形成されていた。それはすなわちこの世の(ことわり)を体現していた――コズミック・エンティティ同士の闘争とはそういうもの(・・・・・・)なのだと。

 何であれイサカの声は単なる音声によるものではないか、あるいは物理法則の改竄によって響き渡り、その異常なまでに美しい声は空に果て無きがごとくどこまでも高らかかつ威圧的であった。数百光年先で山河はあまりの畏れによって自ら流血したものだから、その声たるやなんと異界的なものよ。異位相の半ば霊的な名状しがたいものどもが断末魔を上げながら地獄めいた行脚(あんぎゃ)で銀河の運行を乱し、いずこかの鼻持ちならぬ異次元よりこちらの宇宙へと侵入しようとしていた二酸化マンガン膨張隔絶装甲で覆われたカウント9級ヴァンガード駆逐艦を撃沈して『一時航行不能』とし、一度だけ機能するリワインド修復機関の起動を見守りながら状況確認に追われる乗員――貴族的氏族社会の燃え盛る真田虫ども――を向こう数年は次元の壁の向こう側に止め置ける次第となった。

 しかしそうした被害を(もたら)す猿人の神王の美声をほぼ無視した状態で対峙者は別の何者かへと語り掛けた。

{天空の所有者にして天上の居住者、天上より天空を無限に見降ろす現世(うつしよ)の頂き。天を開拓し地をその副事物として扱う我らに、あれは匹敵するか?}

 その声の瀆神すら辞さぬ響きにはほとんど無敵に近い事を示す兆候が数千程含まれていたが、むしろそうした表層的な部分ではなくより内面的な部分においてそれが次元違いの存在規模を放っていた。忌むべき飽食獣のドールとその吐き気を催す下劣な眷属どもとてこの実体の前では恐らく本能的に警戒して、グロテスクな晩餐を中断するであろう。

 いかなる暗い夜闇すら斬り裂く爛々たる緑光は高濃度かつ莫大なイーサーであった――緑色の輝きが頭部と外套のあらゆる箇所を覆うその実体は全体像としてはあまりにも美しい死人じみた昆虫人のようにも思えたが、実際にはそのいずれにも分類しかねる全く未知の種族であった。天空の所有者を名乗るに相応しき端正かつ妖艶ですらある(かお)は四つの輝く目を備え、発声するにあたっては蟹の巨大な両腕じみた開閉顎が全盛を極める帝国の傾国女がごとく艶かしくゆっくりと動かされるものであった。最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンが羽織るものとも類似した黄色い星空のマントを纏っていたが、背面のみならず前面まで覆われる様はフランスの貴族や軍人が纏った外套のようであった。それ故マントの内側がどうなっているかは想像する他あるまいが、しかしマントが下方に向けて緩やかに広がっている事を思えば、もしかすれば鳥類のような脚部を持つのかも知れなかった。

 そしてそのいずこかより久遠の遼遠を踏み越えて来寇せし美麗なる実体に呼び掛けられ、そのすぐ近くにそれの縁者ないしは同族と思わしきまた別の美が唐突に顕現した。美とは過ぎれば毒にもなり、三つの美がこの場に現れた事でいよいよ彼らがいる銀河の全恒星配置バランスが音を立てて崩れ始めるに至った。

{その問い掛けには、まあ肯定しておいた方がお前も楽しめるか。では肯定しておこう}

 風のイサカは己が無視されたような形になった事に業を煮やしたものの、しかし人智及ばぬ異郷の神であるからそれはそれとしながら別の個体を仔細に観察した。吹き荒ぶ嵐の中央から殺人光線じみた眼力でじっと睨め付けるヤーティドという種族全体の君主は、宇宙的感覚(コズミシズム)の強さによって当然の結果として異種族でも容易に個体を見分ける事ができ、そしてそれらの容貌を忘れる事は終ぞあるまい。最初の実体とは容貌も服装も全く異なり、肉体の右側のみを覆う純白のマントを貴族然として纏いながらも、どこか気怠げで飄々とした空気が漂っていた。いずれにせよあまりにも美しいため、見ただけで発狂する事は間違いあるまいが、次元違いの精神を持つイサカには無関係な話であった。

{使えぬ輩が。これだから貴様は我にとっての不倶戴天、憎むべき終生の敵なるぞ。今度の行政官弾劾の一件では我らの変わらぬ友誼と不断の(えにし)にかけて、共に戦おう。父の受けた屈辱故に、貴様を最低でも残り三度は降格させねば気が済まぬ、それを忘れるな。ところであの未知の波動を感知したな、あれは何だ?}

 星間宇宙を我が物顔で練り歩く慄然たる風のイサカは、眼前の者どもがヤーティドやケイレン、及び己にとっての全ての既知種族と全く異なる思考形態ないしは文化を持っている事を速やかに読み取った。それら冒瀆者どもは複雑で流動的な権力闘争の只中で、そのような環境を心地よい微温湯(ぬるまゆ)だと感じられる奇妙な生命形態であろう。

{由来は知らないな、だがどうやら探査船か侵略の先駆けだったようだ。〈惑星開拓者達の至宝〉でお前に受けた仕打ち、万死に値する。必ずお前を破壊してやろう}

 片側をマントで隠す個体はやはり唐突に話題を剣呑な内容へと変え、その逆も然りであろう。

{笑わせに来たか? 我らに我ら自身を殺す事はできぬであろうが、現在の保有権力の量に関わらず、我らは無敵になり過ぎた}

{ただの比喩だ。だが確かに不便になったものだ}

 なるほど、権力を魔力やその他の力として使う術を知っているようであり、更にはイーサーを子飼いの犬のごとく従えている。そして奴らのような、地べたにぶち撒けられた泥水の中で寝首を掻き合う孑孒(ぼうふら)には、あるいは真の意味での裏切りなど存在せず、少なくとも社会の枠組みの内側においては敵とはすなわち味方の同義語なのかも知れなかった。

{ところで貴様には貸しがあったな。我の代わりに貴様があれと対峙せよ。拒否すれば貴様との同盟を二三個破棄する}

{そう来たか。まあいいだろう、俺が引き受け、お前の代わりにあれの力を図ってやろう}

{三姉妹の内二人は大体どこにいるか検討が付いている、その件でも協力してやる。では幸運を祈るぞ、終生の友よ}

{ああ、次に会った時はお前の失墜に足る証拠を持って来よう。行政官の弾劾の件はよろしく頼むぞ、友よ}

 こうして未知の領域より既知領域へと侵入して来た者どもの会話は終わり、全身のほとんどをすっぽりとマントで覆う横柄な方の個体は少し距離を置いてそこで観察するらしかった。残された方の個体は、右半身を覆うマントをいかなる種類の〈人間〉(マン)とその至高の美術ですら陳腐化させてしまう至上の左腕で(もてあそ)びながら、その露出しているゾンビじみた表皮にイーサーで輝く模様を形成させて、己の存在感を混沌の神その人に知らしめた。かくして初めて両者は相手を本格的に見据えて戦力分析を実施し、呪殺すら生温い程の眼力で睨み合う両者の間に開いている一天文単位程度の空間では空間そのものが炎上し始めた。その影響は同じ銀河内の辺境にある(あなぐら)で退化の果てに獲物を待つ以外ほとんど何も考えなくなったかつての宇宙航行種族の成れの果てに対し、その腐った豚肉じみた色合いの大蚯蚓(おおみみず)がごとき全身から出血させてじっくりと死にゆく苦痛の運命を与え、ケイレン帝国の乱獲によってほぼ絶滅したと思われながら、何故かアンドロメダ銀河やその周辺から遠く離れたこの地にひっそりと棲み潜んでいたその地元の怪異を理不尽に葬り去ったのであった。そのあまりの悍ましい最期の様子故に、このほとんど糜爛した醜い(けだもの)を討ちに来た勇気ある毛むくじゃらの蛞蝓(なめくじ)は、今後二度と快適に眠る事ができぬのは確実として、それを書いたり話したりする事もままならぬ程に心を磨耗させ、血肉が土に還るその日まで打ち震えるままに過ごすのであろう。

 やがて全く異なる出自と起源とを持つこれら宇宙的諸力は、遂に言葉を直接交わすという、ある意味で自然環境への最大級の拷問へと踏み切ったのであった。

[さて…あなたは勇敢なのか莫迦なのか、それをあえて論じる真似は学者に任せましょう。神が神自身の言葉によってあなたのごときちっぽけな実体に問い掛けるものですが…風のイサカと対峙するあなたは何者ですか?]

 眼前の存在しない地面に神造大剣を突き立ててその柄に両手を置いて佇む〈混沌の帝〉エンペラー・オブ・ケイオスの声が死刑宣告じみた様子で響き渡り、それが己に向けられたものであるとあえて認める者などいない恐るべき尋問に対し、死人じみた皮膚で覆われた完璧な美の顕現は臆するどころかむしろどこか楽しそうですらある風な声色で言葉を返したのであった。

{俺は被管理領経済監視長官を務める〈打ち捨てられしエターナル・ウィンター・オブ王国の永冬〉・ザ・アバンドンド・キングダム、聞いての通りお前の力を測らねばならない。何、手加減はしてやるとも}

 その途端、燃え盛る真空はたちまち凍り付き、墳墓じみた悍ましい異臭が漂い、霊魂の残留物が猛り狂って断末魔の大合唱を始めたが、ノレマッド権力階層構造(ハイアラーキー)にて永劫の浮き沈みを繰り返す美丈夫は、己を睨め付ける二つの妖星を四つの魔星にて見返しては、この世のものならざる美しい笑みを浮かべるのであった。かくしてここに、生まれながらの〈神〉(ゴッド)と、〈人間〉(マン)の身で〈神〉(ゴッド)の階位へと登り詰めた者による、人智及ばぬ対決が行なわれる次第となったのである。

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