プロローグ 謎の夢とともに現れた少女
かなり突然だが、俺はいま真っ暗な中に一人佇んでいる。現実とは違う浮遊感で夢だろうと一瞬で察することはできたのだが、あまり見ない、というより初めてのタイプだ。
基本的に人は潜在意識(≒無意識)による影響で夢を見る。そのため舞台は現実によく似た世界で違うのは大体自分。自分が変わったことによって周りも変わり、無意識でこれがしたいと思っていればそれが反映され、実現した夢になる。追い詰められていると思っていればそれが反映され誰かに追われる夢を見る。と少なくとも自分はそう思っていたのだが、今回はまるで当てはまっていない。
今自分がいる夢の舞台は暗闇で、自身に一切変化もなく、他の登場人物は一人もいない………今までこんなことはなかった。これは一体どういうことだと首をかしげるが、自分以外に誰も存在しないここで答える者はいるはずも無かった。
気が付くと少し離れたところで銀色の光が瞬いていた。あの光はこの暗闇の夢から覚める手掛かりになるだろうか。暗闇に一人で少し寂しく感じ始めていた俺はそう思い、光に歩を向ける。しばらく歩いていたのだが、近づくにつれだんだんと懐かしい気持ちになっていく。そして光に手が届きそうなほど近くまで来ると、
「○○○○○○。あの時の○○○○○○との約束、果たしに来たよ?」
と、聞いた事のある少女の声が聞こえてきた。だがこのことに違和感を覚える。
(ん…?聞いた事がある?……いや待てどこでだ?一体どこで聞いた?)
一瞬だが自分が抱いた感想に疑問を覚えていると、
「手を………。」
もう一度その声が響き渡る。するとなぜか考えるより先に左手を声のほうへ伸ばしていた。
「今度こそ………」
「一体何が起こって……」
そして突然銀色の光が少女のシルエットに変わる。その右手が伸ばした左手に置かれた。
「今度こそ、一緒に!!」
そして同時に世界は銀色に染まった。
「スマホのアラームってほとんど効果ないよな」
帯山寺高校二年である彼、工藤健也は顔の右に置いていたスマホを見ながらそうぼやく。ゲームの周回をしようと早めの5時半には設定していたのだが、現在の時刻表示は6時50分。これでスタミナ30ぐらいは無駄になった。けど過ぎたことは仕方がないだろう。毎度のことなのだから。それに健也にはそれ以上に気になることがあった。
「それはそうと、あの夢は一体……」
いつもなら夢のことなどすぐにほっぽり出してすぐゲームに興じるのだが、今日はそうはいかなかったのだ。1人暗闇の中に放り出され、その中に現れた光にたどり着けば少女の声が聞こえ、同時に現れた謎のシルエットの手が置かれて、そして目が覚める。なんかアニメのキャラっぽい………
「いやいや自分がとか失礼すぎて訴えられるわ」
アニメが結構好きで見ることも多いのだが、自分がその仲間入りとか今まで見てきたアニメキャラ一同に土下座したくなる。
「まぁアニメの見すぎだよなうん」
そう結論付け、ベッドから起き上がろうとする。のだが、
「……ぅぅん……」
ぐいっと左手を引っ張られた。つんのめり、ベッドに引き戻される。
「…………」
わかってはいたのだ。だって少し大きめのベッドのはずがやけに狭かったし、起きた瞬間に左手に包み込むような感触があったのだ。
「…もう現実から目をそむけるのはやめよう。」
そう言って意識して見ないようにしていた後ろを見る
「すぅーすぅー……」
年齢は自分と同じぐらいだろうか。腰程まである銀色の滑らかな髪。そして細身の体に申し訳程度の布をまとった少女がそこで寝息を立てていた。
「やっぱりか……」
少女の存在を認めた健也は彼女を起こさないように握られている左手をそっと放し、部屋の真ん中に立つ。
「さて、落ち着いて今起こっていることを整理するんだ………」
たしか昨日の夜は少し早めに風呂に入って、そのあとリア友とゲームの協力プレイ。それが終わった後は他ゲームのスタミナ消費をし、先ほど言っていた通りにスマホのタイマーをかけて就寝。そして寝ている間にあの夢を見て、起きたら隣に半裸銀髪美少女がいましたと……
「ふむ、わけわからん」
おそらく誰がこの状況になっても同じように思うだろう。もしかしたら人によってはアニメの見すぎの幻覚、幻聴だ!となるかもしれないが、先程まで実際に触れたりした(具体的には握られていた)のでそれは無い。それなら…
「やっぱりあの夢と何か関係があるのか?」
あの夢とは無論今朝見た夢のことだ。というかそれ以外に考えられない気がする。確かあの夢の最後に手を置かれた感触があったのは左手、先ほどまで握られていたのも左手。全くの無関係とは思えないのだがそれが分かったところではいそうですかと納得できるわけもない。むしろ余計に混乱した。
「うーむ……」
朝起きたら自分のベッドに銀髪美少女が現れるという超常現象に健也が頭を抱えていると、
「健也ー起きてる?」
部屋の扉の向こうから母の声が聞こえてきた。工藤家は両親共働きで、いつもこの時間に準備している。そのため、起きてもあまり部屋を出ない健也が起きているか確認しに来ることがあるのだ。このことを忘れていた健也は焦る。
どう考えたってこの状況はまずい。なんせベッドの中には同年代ぐらいの少女がいる。しかも半裸のだ。この状況を見れば誰だって100%誤解する。どうにかしようと平凡な頭をフル回転するのだが、何も思いつくはずもなく、
「入るな~?」
無情にもタイムアップ。
「ちょっ待っ……!!」
そして扉がガチャリと開き、
「早く起き上がらんと駄目……」
ベッドのほうを見て固まる。終わった。これ完璧に終わった。もう言い訳の余地などない。母は部屋の真ん中で立ち尽くす健也と半裸の少女を交互に見た後、
「健也も年頃の男の子だし♪母さんがいると邪魔だよね!失礼~♪」
ほらみろ案の定誤解した。そして軽やかに部屋を出ていく。
「違うからぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思わず叫んだが、母にその声は届かなかったようだ。
「はぁ…これからどうしよ……」
しばらく好奇の視線を向けられる…と若干ノイローゼになっていると
「ん……」
「っ!!」
少女の瞼が震える。先ほどの叫びは母に届かなかった代わりに彼女を起こしてしまったようだ。
彼女は眼をこすりながら体を起こす。まだ完全には覚醒していないのか、少し頭をきょろきょろしていたのだがこちらを見つけて固まる。健也も彼女のことを見ていたので自然と目が合った。
「や、やぁ」
「…………………?」
まだ動きがおぼつかない。だがしばらく見つめ合っていると、だんだん意識が覚醒したのか華奢な体が一瞬びくりと跳ねる。さらに自分がほとんど裸なことに気付き、己を強く抱いた。そして彼女の桜色の唇が開く。
「あ、あなたは?……それにこの格好………と言うかなんで私…こんな…所に…」
かなり不安げでか細いその声は夢の中で聞いた声とよく似ていた。やはりあの夢と無関係では無いようだ。それはそうと…
「その全部、俺のほうが聞きてえよ………」
身元不詳の銀髪少女の第一声、それはまさに今朝から健也がずっと言いたいことだった。