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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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55 ユーリィとキバルジャナⅠ《外伝》

 王都ゲーケルン。深更(しんこう)


 外門をくぐって北、雑多な建物が無秩序に立ち並ぶ北西地区。


 とある集合住宅(アパート)の三階部屋にて、控え目にドアを叩く音が響いた。


「開いてますよ」


 机に広げた本から顔を上げたトゥーダス=トナーは、部屋に入ってきた人物を見た時、


「これは、これは」


 おだやかではあるものの、この男にしては珍しく──いくぶん驚きの色を含ませながら眼鏡をはずし、笑う。


「ご無沙汰しております、トナー先生」


 三十歳に届くか届かないかといった年齢の、痩身(そうしん)で背の高い男が立っていた。


「まさか貴方が訪ねてきてくださるとは思いませんでした。王都には、いつ?」

「つい今しがたです」


 男の声は低く、眼つきは鋭い。日に灼けた肌に、オレンジに近い明るい茶の瞳。癖のない、こげ茶色の髪を後ろに流している。


 男は肩あたりについた雨粒を手で軽く払うと、その鋭い瞳でトナーを見た。


「宿を探していたのですが、部屋がどこも空いておりませんでした。おまけに雨まで降ってきてこの始末です。申し訳ありませんが、今晩、泊めていただけないのでしょうか。──私と、もう一名ほど」

「もう一名?」


 この男に連れがいるのが、トナーにとっては意外だった。


 すると、長身の男の陰に立っていたらしい、ひとりの少女が姿を現した。


「キバルジャナです」


 男に紹介された少女は、溌剌(はつらつ)とした笑顔を浮かべ、元気よくお辞儀(じぎ)をした。


「トナー先生ですね、はじめまして。キーファとお呼びください」

「はじめまして。これはまた、利発そうなお嬢さんだ」


 清々(すがすが)しいほどさわやかなキーファの挨拶に、トナーもつい笑みをこぼして返す。


 健康的な褐色の肌。赤というよりは紫味のある、臙脂(えんじ)に近い長髪には、いくつもの髪飾りをつけている。瞳は男と同じ、オレンジに近い明るい茶色。


 トーガ風のゆったりとした服を着た男とは対照的に、少女の服は裾も袖も短く、二の腕、腹、腿と、肌を多く露出している。ぴたりと巻いた黒布からのぞく首筋も、すっきりと細い。


「これは私の(おい)です」

「おや?」 


 これまた意外な言葉に、トナーは二度、三度と目を瞬かせ、「ああ、なるほど」とようやく合点がいったらしく、うなずいた。


「そういえば、貴方の部族では、成人前の男性は女性の恰好をするのでしたね」

「おっしゃる通りです」


 男の返事に合わせるように、「そうです!」とキバルジャナ──キーファも笑顔を絶やさず返してくる。


「いやはや、やはり知っているのと実際に見るのとでは大違いですね」


 成人前だけあって、キーファはまだ声変りもしていない様子だ。


「ここまで見事に少女の姿に化けられてしまっては、疫神(えきじん)も悪魔も、あなたが男性とはけっして気づかないでしょう」

「ありがとうございます」


 目を細め、くすぐったそうにキーファは笑う。右手を後ろ手に、左の肘に添える仕草など、どこからどう見ても少女のそれにしか見えない。


 男は南方の、東ムラビアを含めた大陸中央以北に住まう者たちから『蛮族(ばんぞく)』と(さげす)まれる部族の出だった。


 もちろん、トナーはそういった認識で男を見てはいない。むしろ、この大陸において、ユーリィほどの明敏な頭脳の持ち主はそうそういるものではない、とさえ思っている。


 男の名はユーリィ=オルロフ。


 知と(じん)とを兼ね備えた、知る人ぞ知る傑物(けつぶつ)である。


 一応、トナーとユーリィとは師弟の間柄になるが、彼がトナーに師事したのはごく短い期間だったし、それも十年ちかく前の話だ。現時点において、まちがいなくユーリィはトナーを超えているだろう。


 とはいえ、見たところキーファは純粋な南方出のようだが、ユーリィの出自(しゅつじ)はいささか込み入っており、半分は大陸中央の血が混じっている。


「しかし、身内とはいえ、貴方が供を連れて旅をしていたとは思いませんでした」


 トナーが部屋のなかへ招いて言うと、


「失礼します」


 ユーリィが進み入ってくる。すでに聞いていたのか、きびきとした動作でキーファが本の椅子を作りはじめた。まずユーリィの椅子を作り、それから自分のを作る。さりなげく自分の席はユーリィの斜め後ろに作るあたり、礼儀に関してもよく(しつけ)られているようだ。


「旅の途中、故郷に立ち寄ってみたところ、私ひとりでは危険だとついてきてしまったのです。見た目に反して頑固者(がんこもの)です」


 抑揚(よくよう)のない声音で言い、ユーリィが振り返ると、


「ユーリィ先生はウカツなんです」


 キーファは不満げにユーリィの視線から顔を()らした。どうやら、ユーリィは弟子としてもキーファを育てているらしい。あえて『先生』という言葉の前に『ユーリィ』とつけたのは、トナーと区別してのことだろう。


 ──よく頭の回る子のようだ。


 好感を抱きながら、トナーはキーファの腰元を見た。透けるほどに薄い布地の長帯を、段々になるように腰に巻き、中央で大きな結び目を作っている。その下から小ぶりの曲刀がのぞいていた。弟子兼護衛といったところだろうか。


「それに、頑固者は僕じゃなく、ユーリィ先生のほうだと思います」

「まあまあ」


 トナーが間に割って入る。


「天候が崩れはじめたうえに、王城で大きな(もよお)しがあるようです。宿が取れなかったのはそのためでしょう。見ての通り狭苦しい部屋ですが、好きなだけ滞在していただいて構いません。貴方と話す時間は、私にとってこの上のない(よろこ)びですから」

「恐れ入ります」


 ユーリィが、深々と頭を下げてくる。当然のように、キーファもそれに(なら)った。


「それにしても、このところ珍客が続いています」

「──と言うと?」


 ユーリィが顔を上げた。


「つい先日、故郷を失った若者がここに訪ねてきたのです。彼と言えばいいか、彼女と言えばいいか、会ったのはずいぶん昔に一度だけでした」

「複雑な事情がありそうですね」

「珍しく、私の思考が尾を引く若者だった、と言えばいいかな」


 トナーは顔を上向かせ、ひとりごちた。


「人はさまざまな星の下に生まれついている」


 詩のような言葉とともに、トナーはおだやかな笑みをユーリィに向けた。


綺羅(きら)、星の如く高い才知を持ちながら、どの国からの仕官の誘いも受けず、ただ見識を広げるために旅を続ける者もいるでしょう」

「……おめの言葉と受け取っておきましょう」

「いいえ、私は皮肉のつもりで言ったのですが?」


 トナーが冗談まじりに言うと、ユーリィは口元に苦笑をにじませた。


「お言葉を返すようですが、それは先生についても同じでしょう」

「私、ですか?」


 トナーはとぼけた様子で自分を指さし、


「いえいえ、私は単なる世捨て人です。貴方とは決定的にちがう」

「先生が世捨て人と自称なさるなら、私も同じです」


「ちがいますよ」と、トナーは軽く笑う。「胸に大志(たいし)を秘めた者を、世捨て人とは言いません」


「大志、ですか?」


 ユーリィからの質問を、トナーは直截(ちょくせつ)には答えず、


「それにしても、この度はどうして王都まで? ようやく仕官する気にでもなりましたか?」

「──え?」


 と、その言葉に反応したのはユーリィではなく、キーファだ。


「そうなんですか?」


 本の椅子に両手をつき、キーファが身を乗り出した。その声音には、明らかな期待がこもっている。


「ちがう」


 ユーリィがあっさりと否定する。


 キーファは見るからにガッカリした様子で、「なあんだ」と、浮かせた腰を、すとん、と本の上に戻す。


「いい加減、ユーリィ先生には落ち着いてほしいのにな」

「……余計な世話だ」


 むっつり顔のユーリィに、キーファは「ええ、余計なお世話をしてます」と、負けじと言い返す。


「ユーリィ先生はもういい歳なんだから、早くお嫁さんをもらわないと。僕、知りませんよ? 先生がヨボヨボのおじいさんになって、ひとりきりで寂しい老後を送っても」

「お前の知ったことではない」


 キーファが熱弁をふるうも、ユーリィはにべもない。


「僕をアテにされても困りますからね」

「死んだ方がマシだ」


 そんなふたりのやり取りを聞きながら、


 ──若いのに所帯(しょたい)じみているなぁ。


 すくなからずダメージを受けたトナーは思った。トナーも独り身である。


 どうやら少年はユーリィの弟子であり、護衛であり、目付役(めつけやく)でもあるらしい。


「まあまあ、キーファ君もそうムキにならず。これから時間をかけて、ふたりでユーリィ先生を説得するとしましょう」

「……何をおっしゃっているんです?」


 相変わらずの鋭い目つきのユーリィに、トナーは「お茶でも()れましょうか」と逃げるように立ち上がった。


「あ、お手伝いします」


 キーファも立ち上がり、嬉々とした表情でトナーを追いかけてきた。


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