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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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54 覚悟

 一所(ひとところ)にかたまっていた黒い霧──『城へと続く深い森バール・オズ・ミィ・エルドゥ』が四散していく。


 ティアは夜空を見上げた。


 ぽつり、ぽつりと、降り出した雨が、ティアの顔に落ちてくる。


「降ってきたか……」


 視線を足元に転じた。地に臥した銀髪の化物──その(からだ)が、黒い泥のように崩れ、土の上に広がっていく。泥は煮立ったようにボコボコと気泡を作っていたが、すぐに(しず)まると、やがて黒色を失い、本当の泥と見分けがつかなくなった。


 化物が、この世から消滅した。


 (のこ)された従者風の衣裳だけが、化物の存在を証明しているようだ。


 ──いつか自分もこうなる。


 一抹(いちまつ)の寂しさを覚えた。


 そんな自分の弱さをごまかすように、乱暴に口元をぬぐう。


「服もずいぶんと汚れてしまった」


 つぶやいた時、庭先から人の気配を感じた。


 素早く気配の元をたどると、夜着をまとった貴族の子女らしき少年が、ランタンを片手にこちらをうかがってる。


「子供か……」


 ティアは瞬時に黒い霧へと変じた。少年の前に移動する。


「ひっ!」


 再び姿を現したティアに、(おび)える少年の手からランタンが落ちていく。


「恐がらなくていい」


 ティアは静かな口調で話しかける。


「夜分、邪魔をしたな」


 言いながら、ティアの瞳が赤く輝いた。


「大人しく言うことを聞いてくれれば、危害は加えない。いいか?」


 安心させるように、優しく話しかける。少年はゆっくりとうなずいた。


「今夜、お前は何も見なかった。雷の音にたまたま目が覚めて起き出したが、何も見なかった」


 ティアの言葉に、少年はただうなずき返す。


「いい子だ……」


 ティアは微笑(ほほえ)みかける。赤い光が強まった。


「おいで」


 ティアが誘うように手招きすると、「はい」と、少年は魂を奪われたような表情で、ティアの腕のなかに入ってくる。


 抱きしめた少年のやわらかい髪から、子供らしい甘い匂いが漂ってくる。


 唇から牙がのぞき、(つば)を飲んだ喉が、ごくりと(たの)しげに鳴った。


 ティアは思う。


 ──自分のこの見目(みめ)は、獲物を誘い込み、安心させ、効率的に捕食するためにあるのかもしれない。


 その時、屋敷の囲い壁のむこうから、複数の足音があわただしく響きはじめた。


 ハッとして、ティアは正気に戻った。


「オレは……」


 己の行為に愕然(がくぜん)とした。


 年端もいかない子供に、何をしようとしていた?


「近いぞ、こっちだ!」

「気をつけろ、どこに潜んでいるかわからん!」


 声は、間違いなく自分を探している。複数の足音と、そこから感じる力。


「……聖騎士団か」


 苦々しくつぶやくと、ティアは腕のなかの少年を解放した。少年の膝が折れ、その場に倒れ込む。


 ティアは自分自身の行いから目を背けるように、もう一度、雨粒をこぼす夜空を振り仰いだ。


 ──夜は、まだ終わっていない。


 ティアの身体が霧へと変じる。



「ようし、テメェら! 覚悟決めろよ!」


 ディータは周囲に潜むギルド員たちに声をかけると、


「行くぞオラぁ!」


  (とき)の声を上げ、一斉に物陰から飛び出した。


 軍港から森を抜けた、王城へと至る道の途中である。


 ──ここでサスの兄貴を助け出す!


 二段構えの襲撃。


 それがディータとカホカの考えた作戦だった。


 まず、カホカが敵の主力であるファン・ミリアを護送団から脱落させる。同時に兵士たちの数を減らし、そのうえで襲撃の第二段をかける。


 まさに(わし)のギルドの総力を挙げての奪還作戦だった。


 護送車を先導する聖騎士のひとり──ゲットーの馬の胴体に、ディータは戦斧を叩き込んだ。


 断末魔の雄たけびを上げ、馬が横倒しになる。ゲットーが地に放り出され、転がった。


「貴様ら!」


 (ひざ)立ちに叫び、抜剣した。


「邪魔だぞ官憲が!」


 飛び上がったディータが、聖騎士めがけて戦斧を振り落とす。


「ごろつき風情が……!」


 ゲットーが膝立ちのまま斧を受け止めた。怒りを(あらわ)にして立ち上がり、剣に力を込めて押し返してくる。


「ぐ……囲めオラァ!」


 ディータも負けじと声を張り上げた。


 その声に反応し、他のギルド員が短剣でもってゲットーを横から狙う。


 ゲットーは剣を滑らせ、身を引いた。ディータの身体が前のめりに流れる。その隙に、ゲットーは短剣をかわし、剣を閃かせた。剣が円の軌跡を描くと、ギルドの男の手首から先が宙に飛んだ。


 絶叫が、あたりに響いた。


「クソがっ!」


 やはり、得物(えもの)の腕ではかなわない。横に身体をずらしたゲットーに、ディータは体当たりを喰らわせた。戦斧を手放し、ゲットーの剣を持つほうの腕を両手で掴みかかる。


「離せ!」


 剣の動きを封じられたものの、ゲットーは空いた手で拳を作ると、ディータの腹を殴りつけた。


「離すか、ばぁか!」


 ディータは掴んだ腕を(ふところ)に引き込み、ゲットーから背を向けた。全身を亀のように丸めて身を守る。


「お前ら、さっさとサスの兄貴を助けやがれ!」


 大声で叫んだ、その股の間を、ゲットーの足が蹴り上げる。金的だった。


「てめぇ……オレのムスコに何してくれやがる」


 激しい痛みに脂汗(あぶらあせ)を浮かばせながら、離すものか、とディータは心に誓う。ここで手を離せば、鷲のギルドは終わりなのだ。


 ──玉のひとつやふたつ、くれてやらぁ!


 殴られ、蹴られながら、それでも掴んだ腕を離さない。


 頭の裏に、ガツンと衝撃を受けた。ゲットーが籠手(こて)を武器にして打ったのだが、ディータは背を向けているため、何が起こったかはわからない。


「蚊が……飛んでんじゃねぇのか?」


 一瞬、視界が黒く染まり、飛びかけた意識の中で、ディータはつぶやいた。


「いつまでも付き合っていられるか!」


 業を煮やしたゲットーが、右腕を掴まれたまま、左手で自らのマントを掴んだ。それをディータの首にかけると、一気に絞め上げる。


「かっ……!」


 呼吸ができず、ディータの口が開いた。


 ディータの禿頭(とくとう)が、()で上ったように赤味を帯びはじめた。酸欠状態になる。


「離さねば窒息死するぞ!」


 声を荒らげるゲットーの声が、遠くのほうから聞こえるようだった。


 それでも。


 ──離すか……ボケが……!


 サスの兄貴を助ける。そう決めたのだ。


 次第に薄れゆく意識のなかで、大音声の声が張り上がった。


「ディータ! 肘だ! そいつは首を痛めているぞ!」


 兄貴の声が──


 理解するよりも早く、反射的にディータは右腕を上げた。それが肘鉄(ひじてつ)となってゲットーの首を鋭く打つ。


「ぐぉ!」


 痛みでか、ゲットーの身がのけぞった。


「まだだ! 抱え上げろ! こっちに押してこい!」


 さらにサスの声が聞こえ、ディータはほとんど無意識にゲットーに向き直ると、肩と股の下から抱え上げた。


「こいつッ!」


 持ち上げられたゲットーが暴れるように剣を振った。二の腕当たりを切られたものの、深い傷ではない。ディータは力任せにゲットーを押し出した。


「うぉぉぉ!」


 ディータが我が身もろとも檻につっこんでいく。


「よぉーし、よくやったディータ」


 サスが、すかさず鉄格子の間から手を伸ばした。ゲットーの胸倉を掴んで引っ張り上げる。


「いらっしゃーい、ってな」


 手慣れた動作で、サスは髪の中から一本の細長い針を取り出した。


「イタチの最後っ屁ってやつさ」


 ゲットーの首に、ぶすりと刺した。


「ぐ……」


 ゲットーがずるずると地面に落ちていく。


「しびれ薬だ。よく効くだろう? 腕のいい薬師に作らせた一品物だ」


 サスは含み笑いを漏らす。


「だが安心しな、殺すつもりはねぇ。聖騎士団(おまえら)の報復は割に合わねぇからな」


 それからサスは「終わりだ!」と、敵の兵士たちに一喝(いっかつ)を浴びせた。


「お前らの聖騎士サマは、俺たちが仕留めたぜ! オラ、逃げなくていいのか? グズグズしてると、俺たちの仲間がどんどん集まってくるぞ!」


 格子に閉じ込められているのを忘れさせるほど、サスは堂々と胸を張り、虚言(ハッタリ)を言い放った。


「俺たちに捕まったらどうなるか、お前ら知ってんのか? 家族を吐かせて、皆殺しにしてやるぞ。楽には死なせねぇ!」


 ゆるぎない自信を語気に乗せ、これ以上ないといった酷薄な笑みを浮かべた。


 すると。


 ──おーおー、これまたよく統率の取れた兵隊さんたちだこって。


 見ていて面白いほどに、兵士たちの間に動揺の波が伝播していく。


 ──しょせん、腐敗した国の兵隊なんぞこんなもんだ。


 サスは内心で(あざけ)りながら、


「さっさと逃げろ逃げろ! 聖騎士サマはもういねぇんだ。いまなら全員、お(とが)めなしだ!」


 不安と安心を誘い、煽動(せんどう)する。


 みるみるうちに戦意を喪失していく兵士たちに対し、鷲のギルド員たちは意気を得、いよいよ勢いを増している。


 何より幸運だったのは、タイミングよく、一回目の襲撃で無事だったギルド員たちが合流してきたことだった。けっして数は多くないが、兵士たちにそれがわかるはずもない。


 サスの虚言(ハッタリ)が現実となったのだ。


 戦局は明らかだった。兵士たちのある者は倒れ、ある者は武器を捨てて逃走をはじめた。


 ◇


 数分後──。


「手間、取らせちまったな」


 開け放たれた格子の扉から、サスが地面へと降り立った。


「やっぱりシャバの空気はうめえな」

「兄貴、無事なんだな」


 ディータの眼が、はやくも(うる)みはじめている。そのディータの足元には、鍵を奪われた馭者が気絶していた。


「ったく、相変わらず暑苦しいな、お前は」


 サスは苦笑いを浮かべた。言葉は乱暴だが、見た目に反して人情に篤いこの弟分が、サスは嫌いではなかった。


「喜び合いてぇところだが、ここでグズグズしてるわけにはいかねぇ」

「だな」


 うなずいたディータに対し、「だがよ」とサスは鋭い視線を民間用の港へ投げかけた。


「まだ、帰るわけにはいかねぇ。さっき盗み聞きした話だが、蛇の船はまだ港に停まっているらしい。奴らは今夜、俺たちが壊滅したと思って油断しているはずだ。この好機(チャンス)を生かさない手はねえ」

「まさか」


 サスは「おうよ」と笑みを浮かべた。


「これから船を襲いに行く。奴らにゃ、ちぃっとばかし聞きたいこともあるしな」

「……そうか」


 ディータの表情が(くも)った。意外な反応に、サスは「どうした?」と怪訝な表情を浮かべる。


「いや──」


 と、禿頭の大男は申し訳なさそうに頭を振った。


「船を襲うのは大賛成だ。兄貴の言うことに間違いはねぇんだろう。だが、悪いが俺は行けねぇ」


 ディータは森へと顔を向けた。


 そういうことか、とサスも納得した。


「そういや、あの娘っ子、まだ戻ってきてねぇな。なんで俺を助けようとしたのかわからなかったが、ファン・ミリアと張り合うなんざ、大したもんだ」

「……兄貴を助けた後はすぐに逃げろって言われたんだがよ」


 ファン・ミリアと戦って、無事でいられるはずがない。


「わかった」


 サスはふっと笑みをこぼすと、ディータの肩を叩いた。


「俺も行く」


 その言葉に、「待ってくれ!」と、ディータの顔が跳ね上がった。


「──と言いてぇところが、そういうわけにはいかねぇ。助けられた俺がノコノコと戻ってまた捕まったんじゃ、何のためにお前らが苦労したのか、それこそわかんなくなっちまう」


 ディータの肩を掴むサスの力が、強まった。


「我ながら情けねぇ話だが。あの娘っ子は、俺の──いや、俺たちギルドの恩人だ。礼がしてぇ。どうにか無事に連れ帰ってきてくれ」

「任せてくれ」


 ディータが胸を張って答えた。サスも満足そうにうなずいた。

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