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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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51 緋カホVS神託の乙女Ⅰ

 かすかに風を切る音が聞こえた。


 闇夜に細く、光が(きらめ)く。


「矢か?」


 ファン・ミリアは槍の()で打ち落とした。


「いや、暗器(あんき)


 地に落ちたそれは、黒鉄(くろがね)の太い針のような形状をしていた。


 あちこちから「盾を構えろ!」といった叫び声が聞こえはじめる。


 顔を上げると、左右の草叢(くさむら)から、黒装束に身を包んだ男たちが一斉に襲いかかってくるのが目に入った。


「鞭を打て!」


 ファン・ミリアは馬車の馭者(ぎょしゃ)に鋭く声を投げる。


「しかし……!」

「ひるむな、道は我ら聖騎士団がこじ開ける!」


 ファン・ミリアは部下の聖騎士たちを振り返った。


「お前たちは、私と来い。護送を(たす)けて包囲を抜けるぞ」


 部下からの返事を待たず、鐙を蹴った。前方を見据え、馬を走らせようとした。


 その時、喉元(のどもと)に刃物を突き付けられたような感覚を覚え、ファン・ミリアはあわてて手綱を絞った。


「……何だと」


 いななきとともに、馬の前脚が宙を()く。


 ──どこだ……!


 馬を御しながら、素早く目を配った。


 ──草叢(くさむら)の、その奥……。


 すでに護送車を中心にして、道の至るところで戦闘がはじまっていた。


「気を巡らせよ! おそろしく手練(てだ)れが潜んでいる」


 緊張した声音で部下に告げる。槍を構えた。


 ──どこから来る?


 数は多くはない。いや、ひとり。(しげ)みのなかを素早く移動をしているらしい。あえてファン・ミリアが気づくよう、巧妙(こうみょう)に気配を出し、殺しを繰り返している。


「狙いは、私?」


 あるいは、自分をこの場に釘づけにしようとしているのか。


 ──先に部下だけでも行かせるべきか。


 何であれ、馬車の動きを止めるのはまずい。


「エギア、ゲットーは馬車の左右につけ。ヒュロムは先導を。殿(しんがり)は私が引き受ける。気を抜くなよ」

「はっ!」


 混戦にあってファン・ミリアは各団員に命じる。その時、左前方の木枝をしならせ、鳥が飛び立つように人影が跳んだ。


 ──来たか!


 影は小柄。迷うことなくファン・ミリアに向かってくる。熱風のような鮮やかな気が、顔面に吹きつけてきた。


「上等!」


 久しくない昂りを覚えた。ストロベリーブロンドの髪が波打つ。


 ファン・ミリアは人影に向かって槍の穂先を向けた。


 対する影は、黒装束に、覆面をかぶっている。


「サティ!」


 覆面が吠えた。女の声だ。


 ──この声、まさか!


 思いがけず自分の本名を呼ばれ、ファン・ミリアは瞠目(どうもく)した。槍をくるりと反転させ、突く動きから()ぐ動きへと変化させる。


 黒装束を身にまとった女は俊敏な動きで身を(ひるがえ)し、槍の軌道から外れた。


 女はファン・ミリアの馬を踏み台にすると、さらに跳んだ。ファン・ミリアを越え、背後の部下のひとり──ヒュロムが繰る馬上へと飛び移る。


 ──私は、いったい何を……!


 ファン・ミリアは歯を食いしばる。


 動揺を誘われ、完全に不意をつかれた。なんという(ザマ)かと、我ながら思う。


「振り落とせ、ヒュロム!」

「応!」


 ヒュロムが自馬に迫る女に槍を振る。槍と女の蹴りが交叉(こうさ)し、青い光が弾けた。


 ベキィ、という不吉な音とともに、槍がまっぷたつにへし折れた。

 

 そのまま蹴りを頭部に受け、ヒュロムの身体が馬から崩れ落ちていく。


「チィ!」


 ファン・ミリアは舌打ちした。ヒュロムを一撃で沈めるなど、やはり半端な腕前ではない。


「この間合いなら──」


 すかさず馬首を切り返した。馬体が流れるまま、髪が地に接するほど身体を横に倒し、旋風(せんぷう)のような(ひね)りを加える。


「祈れ!」


 部下と入れ替わった馬上の女に対し、全身を使って槍を切り上げる。


 ──捉えた。


 女は武器らしい武器を持っていない。たとえ暗器を隠していようが諸共(もろとも)だ。


 しかし、ファン・ミリアの思惑とは裏腹に、ガキン、と硬質の物を打つ感覚が伝わった。


 槍を、女が足の甲で受けている。その部位に、青い輝きがあった。


付与魔術エンチャント・マジック……そういうことか!」


 先ほどヒュロムの槍を破壊したのもこの力だったのだ。けれども通常、自らの手足に直接、付与を施すなど聞いたことのない話だった。そんなことをすれば、付与の力に身体が耐えきれず、自滅するのが関の山である。


 だが実際として、女が身体を痛めた様子は見受けられない。


 ファン・ミリアの疑問をよそに、女は受けた槍に対し、同じく付与を施した拳で折ろうとする。


「させん!」


 一度は勢いを殺された槍を、力任せに振り抜いた。しかし、まるで宙に舞う羽根を押したように、手応えが感じられなかった。


 瞬時にファン・ミリアは彼女の思惑を悟った。


 女はファン・ミリアの力に逆らわず、逆に利用して、後方に吹っ飛んでいく。そこに、部下のひとり──エギアの姿が映る。


「エギア、身を守れ!」


 ファン・ミリアが叫ぶのと、気づいたエギアが(さや)に手を当てたのは同時だった。女は軽業師(かるわざし)のような身のこなしでエギアと向かい合い、青い光を宿した拳を放つ。


 間一髪、エギアが剣の(みね)で拳を受けるも、その剣身が粉々に砕けた。


「甘いよ」


 覆面越しに女が声を発した。


「やはり!」


 ファン・ミリアは確信する。間違いなく彼女はカホカだ。


 カホカは逆の拳をエギアの胸にねじこんだ。その拳もまた、付与によって光を帯びている。


 瞬間、青い光が鎧の胸当てと、その身体を貫通した。


「ぐはッ……!」


 吐血し、エギアもまた落馬していく。


「これ以上は──!」


 ファン・ミリアは鐙を蹴った。己の油断によって判断を誤り、部下に手傷を負わせてしまった。


 怒りと情けなさで、手綱を掴む手がわなないた。


 ◇


 一方、カホカも止まらず、さらに最後の聖騎士──ゲットーに狙いを定める。


「──あとひとり」


 あとひとり仕留めさえすれば、ディータたちの仕事がぐっと楽になる。


 カホカは馬を跳び、ゲットーに迫る。が、身体の四箇所に宿した貫通掌ペンネトラーツィオ・テニエルはすでに使い切っており、ゲットーは槍で迎撃する構えを取っている。


 ──しゃーない!


 できれば切り札は隠しておきたかったが、そうも言ってはいられない。


 槍が突き出された。


 その穂先が、迫るカホカの胸元を貫いた、ように見えた。


炎神(アイム・フューリクス)」 


 突かれたカホカの身が、陽炎のように揺れ、消えた。と同時に、消えた場所からわずかに横にずれた空間からカホカが現れ出で、槍を掴む。


「はっずれぇ」

「馬鹿な!」


 驚くゲットーの横顔を蹴り飛ばした。


 ──けど、浅い!


 失敗だった。数年ぶりに使った技のため、感覚を忘れていた。こんなことならもっと練習しておけばよかったと後悔したが、後の祭りである。


 馬上から、地に落ちたゲットーにとどめとばかりに追い打ちをかけようとした。


 そう思った刹那、背筋に鋭い悪寒を感じ、カホカは振り返った。


 ぎくり、と心臓が鼓を打った。


 一気に距離を詰めたファン・ミリアが、高々と槍を振りかざしている。


「そこを動くなぁぁぁ!」


 全身から覇気を(ほとばし)らせ、紫水晶(アメジスト)の瞳が怒りに燃えている。()き出しの闘志が創り出した幻影か、カホカの眼に、一瞬、ファン・ミリアが巨人のように映った。


 ──ヤバい!


 馬の尻に両手をつき、逆さになったカホカの足が旋回した。振り払うような蹴りを見舞う。


 それをファン・ミリアはわずかに(あご)を引き、ギリギリの距離でかわした。


 ──動作(モーション)を盗まれちまってる!


 カホカは内心で悲鳴を上げた。想定はしていたが、あまりに早い。


 空気を切り裂き、ファン・ミリアの槍が唸りを上げる。


 ──まっず!


 咄嗟(とっさ)に肘で脇腹を防御する。


 防御した肘の上から、ファン・ミリアの槍の柄が打ち当たった。


「ぐ、ぬぬ……」


 威力を殺すため、槍の動きに逆らわず、カホカは自ら地面に落ちていく。接地(せっち)する直前、受け身を取り、さらにダメージを散らした。しかし、ファン・ミリアの振り抜いた速度が尋常ではないうえ、周到にタイミングをずらされたため、完全にはいなしきれず、


 ──いって! いってぇ!


 カホカは地面の上で転がるように身悶(みもだ)えした。


 ──アタシじゃなかったら死んでるよ!


 なにが聖女だ。悪魔かコイツ、と思った。


「謝るつもりはないぞ、カホカ」


 馬から降り、ファン・ミリアが腰の剣を抜いた。


 右手に剣、左手に槍を携え、カホカの前に立つ。


「カホカ? 誰その美少女?」


 すっとけぼけてカホカが言うと、ファン・ミリアが鼻で笑う。


 ──そりゃバレるか。


 やれやれ、と思いながら足を振って起き上がる。


「謝らなくていいから、慈悲をちょうだいよ」


 カホカは覆面を脱ぎ捨てた。


「あー、息苦しかった」


 ひんやりと心地のいい夜気を感じ、カホカは頭を振った。高いところで結んだ黒髪が左右に踊る。


「いいのか、正体を(さら)しても?」


 訊かれ、「もうバレてるじゃん」とカホカは笑う。


「まさか、カホカが暗殺ギルドの一員だったとはな」

「それは、ちょっとちがうね」


 カホカは、トッ、トッ、と軽く足踏みをはじめた。


「まぁ、助太刀(すけだち)してるのは事実だから、そう思われてもしょうがないんだけど」

「なぜ、助太刀をする?」


 ファン・ミリアもまた、構えの姿勢を取る。


「蛇が、蛇のギルドを成敗しなきゃ、ってところかな。そんなことよりサティ。アンタ、自分が騙されてるってことに気づいてる?」

「……何の話だ?」


 ファン・ミリアの顔が強張った。「やっぱりね」と、カホカは得たりといった表情を浮かべる。


「サティがアタシたちに味方してくれるなら、教えてあげてもいいよ」


 とは言え、カホカ自身、すべてを知っているわけではない。


 半分は本当で、半分は嘘だった。


 カホカから見ても、ウル・エピテスの城内はキナ臭い。なにか陰謀めいたものが動いているのは明らかだろう。が、それはあくまで外から見た話であって、内部からその(ほころ)びに気づくことは難しい。


 服のほつれは、着ている本人からは見えにくいものだ。


「サティ、蛇のギルドは、人身売買をしてる。アタシたちはそれを叩き潰す側の人間だよ」

「……鵜呑(うの)みにすることはできない」

「そう思うなら、自分で調べてみなよ」

「そうしよう」


 だが、とファン・ミリアは剣先をカホカに向けた。


「これだけのことをしでかした以上、はいそうですかと逃がしてやるわけにはいかない」

「……できれば手加減してくれると嬉しいんだけどな」


 カホカが引きつった笑みで言うと、


「お前次第だ、覚悟せよ」


 表情を変えることなく、ゆらり、とファン・ミリアが前に進み出た。


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