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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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49 港にてⅡ

 民間用の港から東に移動した、崖の麓。


 眼前に迫る森の向こう、ぎりぎり軍港の入場門を見通せる位置で、カホカは遠見筒を目に当てた。


「げげ……!」


 レンズ越しに、ひとりの人物を覗く。


 潮風(しおかぜ)にひるがえる群青色(ウルトラマリン)のマントと、篝火(かがりび)に浮かび上がる、長いストロベリーブロンドの髪。


「……いるんだよな、これが」


 岩陰(いわかげ)に身をすべらせ、カホカは「はぁーあ」とこれ以上ないくらい特大の溜息をついた。


 ゆるゆるとその場に座り込む。


 ──最悪だ。


 ふざけんな、と思った。


「誰がいるって?」


 同じ岩陰に潜むディータが、(いぶか)しげな表情で訊いてくる。


「見てみなよ」


 親指で方向を示しながら、カホカは遠見筒を手渡した。


 ディータは岩陰からわずかに顔を出したかと思うと、すぐに引っ込んでくる。


「ありゃあ、ファン・ミリアだな……」


 低い声音でつぶやきながら、しかしディータに驚いた様子はなかった。


「予想してたの? オッサン」


「まぁなぁ」と、ディータは歯切れが悪い。「いても不思議じゃねえとは思ってたが……やっぱりいたか、という感じだ」


「ジョーダンじゃないっすよ」


 カホカは、うんざりした表情で二度目の溜息をついた。


「どうした? 怖気づいたか?」


 揶揄(やゆ)するように訊かれ、カホカはちらりとディータを一瞥した。虚勢を張ることも忘れ、「うん」と、正直に認める。


「……家帰って風呂入って糞して寝たい」

「順番が逆だ。まず糞が先だ」


 どうでもいいことをディータが言ってくる。


「あんだよ、もぅ!」


 カホカは()れったそうにディータを見上げた。なぜこの悲しみが理解できないのか。髪と一緒に脳味噌も()ってしまったのか。


「ハゲのくせになんでそんな余裕ぶってんだよぉー」

「余裕なものかよ」


 カホカの情けない姿にディータは苦笑する。


「だがよ。俺たちゃ、サスの兄貴を助けると決めたんだ。誰が来ようが変わりはねぇ。ここまで来てつべこべ言うのは男のすることじゃねえ」

「オッサンの心意気は買うけど、アタシは女なんだな、これが」

「いまさらイモ引く気か? オレは何度も確認したぜ」

「……せめて群青色(ウルトラマリン)がいるって言えよ。いーえーよぉー」


 泣きたい気分でディータをにらむ。


「あほか。俺が知るわきゃねぇだろう」

「はぁーあーぁー」


 カホカは溜息を繰り返し、遠見筒をもう一度受け取った。


 ──できれば幻であってほしい。


 わずかな祈りを込めて遠見筒に片目を当てたものの、あらためて厳しい現実を思い知らされただけだった。


「嘘だと言ってよマイ・ダーリン……」


 絶望とともにカホカは歌いはじめる。


「あなたは私に首ったけぇぇぇ。波止場(はとば)のあなたは波のよう。二度とあなたはもどらなぁい。ああ、もどらなぁぁぁい……」

「やめろ、不吉すぎるぞ」


 たまらずディータが遮ってくる。


「本気なのか、ふざけてんのか、どっちだ?」

「本気に決まってんじゃん」


 カホカは遠見筒をディータの胸元に乱暴に押し返す。


「……つーか、群青色(ウルトラマリン)以外にもめんどくさそうなのが三匹もいるし」


 鎧装束(よろいしょうぞく)から判断して、どうやらファン・ミリアと同じ聖騎士団員らしい。


「なるほど。──どうする?」

「どうするもこうするも、なりふり構っちゃいられないんでしょ?」

「そうだ」


 きっぱりとうなずいたディータを横目に、やれやれとカホカは立ち上がると、その場で屈伸(くっしん)をはじめた。前屈(ぜんくつ)をして腕を伸ばす。


 身体をほぐしながら、


「ファン・ミリアは、アタシが何とかする。ついでに他の三人も何とかできればいいけど、そこまで責任は持てない。ファン・ミリアの足止めができれば、成果は上々だと思って」


 見誤らぬよう、カホカはファン・ミリアの姿を脳裡(のうり)に呼び起こした。


 実際に手合わせをしたわけではないので想像するしかないが、彼女が達人級なのはもちろんのこと、どれだけ注意してもしすぎる相手ではない。


「できるのか? お頭でさえ、奴には勝てなかったんだぞ?」

「オッサンたちのお頭がどんなもんか知らないけど。こん中じゃ、アタシしか相手にできそうにないんだもん。しょうがないじゃん」


 準備が終わると、カホカは手足をやや広げて立つ。


 眠るようにゆっくりと瞳を閉じた。


 すぅ、はぁ、と一定の呼吸を繰り返しながら、精神統一をはじめる。


 ディータが見ていると、カホカの両手両足、それぞれの甲の部分が、かすかな青い光を帯びはじめた。


「なんだ……?」

貫通掌ペンネトラーツィオ・テニエル


 うすく眼を開き、カホカが声の調子を落として答えた。青い光を宿した四肢の先から、潜在する強い力が脈打っている。


「勝算があるのか、あのファン・ミリアに」


 わずかな期待を込め、ディータがもう一度聞くと、


「わからない」


 うつむき加減に答えた、カホカのまなざしは厳しい。その額には早くも玉の汗が浮かんでいた。


「緊張してるのか……」


 思わずつぶやいたディータに、カホカはにんまりと笑い返した。


「そりゃ、もう。半端ないくらい」


 それとさ、とカホカは明るい口調のまま、


「必ず、サスの兄貴ってのを助けなよ。で、助けたらさっさと逃げて。お願いだから変な気を回してこっちに来ないで」

「……わかった」


 笑いかけてくるカホカの笑顔に、ディータは彼女の覚悟を見た気がした。


「勝てるかはわからないけど、負けない。アタシが、ファン・ミリアの足を引っ張ってでも時間を稼いであげる」


 まだ年若いルーシ人の少女の碧眼が、(らん)と輝く。


「頼む」


 ディータも覚悟を決めて言うと、


「帰ったら、アレが食べたいな」


 ふと、カホカが指で虚空(こくう)に絵を描きはじめた。四角のなかに、小さな丸を描く仕草を見せる。


「アレ?」


「そお」と、カホカは楽しそうにうなずく。


「牛乳に、凍った葡萄(ぶどう)が入ってるやつ。アレ、おいしかった」

「なんだ、そんなもの」


 ディータは拍子(ひょううし)抜けした気分で笑う。サスを助け出すことができれば、いや、たとえ助け出すことができなかったとしても、どれほどの恩があるかわからない。


「無事に帰って来れたら、下痢になるまで喰わせてやる」

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