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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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48 港にてⅠ

 王都ゲーケルン南東部。


 王城ウル・エピテスの北から東にかけての切り立った崖とは対照的に、南側はきつい勾配(こうばい)ながら、港長の館をはじめとする公館、商人を中心とした商館、労務者たちを相手にした食堂や複合住宅、そして旅行者のための宿泊施設といった具合に、種類によって異なる建物群が複層を成している。さらにそこから下った海沿いには、潮避けに煉瓦(れんが)を用いた倉庫と、積荷の()げおろしの機器、山積みされた資材などが散見できた。


 カホカと鷲のギルド員たちは、商館の陰に潜みながら、一艘の帆船(ヴィトラシュ)を注視していた。


 昼間は旺盛(おうせい)に活動する商人たちも、さすがに深更ともなれば寝静まり、一帯は静寂に包まれている。明かりも少ないため、複数の人間が潜み、かつ、港湾全体を見渡すにはうってつけの場所だった。


 目当ての帆船は、港からやや距離を取った海上に停泊している。


 船首と船尾から帆柱(マスト)が伸び、竜骨(キール)は深く、幅も広い。


「金がかかってやがる」


 カホカの隣で禿頭(とくとう)の大男、ディードリッヒ──ディータが吐き捨てた。


 帆船は輸送船として代表的な船種だが、いま目にしているのは中規模ほどのものらしい。


「ふーん」


 カホカはとりあえず相槌(あいづち)を打つも、どこがどう金がかかっているのか見当もつかない。


「あれぐらいの大きさがないと、人を隠すのが難しいからな」


 確信めいた口調のディータに対し、そういうものか、とカホカは思うしかない。故郷のリュニオスハートは内陸部にあるため、海に関する知識など持ち合わせてはいなかった。


 ──うまい魚が()れれば十分。


 というのがカホカの海に対する心境だった。そして。


 ──多分……。


「湖が進化したのが、海」


 ぽそりとカホカがつぶやくと、


「あん、何だって?」


 ディータに聞きつけられた。


「や、別に」


 バツが悪そうにカホカはそっぽを向く。


「緊張感のねえ娘だな、お前は」

「……ほっとけ。(きも)が太いって言え」

「そう言ったつもりなんだがよ」


 などと軽口を叩き合っていると、どこからか一台の箱馬車が現れた。


 馬車は静けさを保ちながら、桟橋(さんばし)へと入っていく。それに合わせるように、帆船から一隻の小舟が桟橋に向かってやってくる。


 小舟には十人ほどの人影が乗っていた。


 桟橋に到着すると、すぐに人影が降りてくる。


 まず、先頭は三人。身軽そうな恰好をした女がふたりの男に挟まれ、両腕を取られている。その後ろにも女たちが続き、さらに武器を携行した男たちが数人、彼女たちを監視した動きで降りてくる。


「あれって……」


 カホカは食い入るようにその光景を見つめながら、


「ひょっとしてあの女の人たち、みんな買われたの?」


 先頭の女をはじめとして、彼女たちは皆、箱馬車の中に押し詰められるように入っていく。


「だろうな」


 ディータはいつの間に取り出したのか、単眼の遠見筒を片目に当てていた。


「だが、あのなかにサスの兄貴はいねえようだ」

「他の船ってこと?」

「いや、あの船で間違いない」

「じゃ、なんで一緒に下ろさないの?」


 カホカが訊くと、ディータは「さてな」と答えつつも、


「アイツらはアイツらで事情があるんだろうぜ」


 皮肉った笑みを浮かべた。


「蛇どもにしたって表向き『人身売買をしてます』なんてこたぁ、口が裂けても言えねぇからな。サスの兄貴はあくまで下手人として軍に引き渡すつもりなんだろう。だから──」

「軍に見られちゃマズイものは先に出しとく?」

「そういうこった」


 なるほどね、とカホカは理解してうなずく。


 準備が終わったのか、女たちを乗せた馬車が動き出した。同時に、小舟も桟橋から離れていく。


 時間にしてわずか数分の間の出来事だった。


 すべてが闇の中ではじまり、ひっそりと終わった。


「あー、やだやだ」


 カホカは得体の知れない薄気味(うすきみ)悪さを感じ、寒くもないのにぶるりと身震いを起こした。


 いままで何人の行方不明者たちが、こうして王都に連れてこられたのか。


 箱馬車は王城ではなく、街のほうへと消えていく。


 ちいさくなっていく馬車の影をカホカが見送っていると、


「悪いが、助けてやる余裕はねぇ」


 ディータが忌々(いまいま)しそうに言うのを、まぁ、そうだろうな、とカホカも同意する。助けてやりたいのは山々だが、いま力を()くのはどう考えても得策ではない。


 自分は、とカホカは思う。


 困っている人を見捨てるほど薄情な人間になりたくはないが、かといって優先順位を見誤って人助けするほどお人好しでもない。


 ──ティアならどうだろう?


 そんな疑問が頭をよぎったものの、カホカは努めて振り払う。


 いまティアのことを考えたところで、前向きな気持ちにはなれそうにない。


 そうこうしているうちに再び船が碇を上げはじめた。


「やっぱりな」


 ディータが唾を吐いた。


「今度は何してんの?」

河岸(かし)を変えてやがる。蛇ども、やっぱり俺たちを警戒してやがった。軍港のほうでサスの兄貴を引き渡すつもりだ」


 ディータが指さし、カホカは東へと視線を転じた。


 厚く閉ざした雲の下、黒々とした森を挟んだ向こうに、軍の港湾施設が見える。聞けば、ゲーケルンでは軍用の船と民間の船の発着はそれぞれ別の港で行っているとのことだった。


「で、どうすんの? まさか諦めたりしないよね」

「当たり前だ」

「じゃあ──」


 どういう作戦で行くつもりなのか。カホカはディータを見上げる。


「当然、軍港のほうが警備も厳しいだろう。さすがに軍の施設にゃ襲撃をかけられねぇ」

「そりゃそうだ」

「だから護送中に襲う」

「ああ」


 と、納得しかけたカホカだったが、


「でもさ、その護送がどの道を通るかっていうのはわかってんの?」


 下手を打って的を外せば、空振りに終わりかねない。かといって力を分散させるべきではないのは、ディータも十分に承知しているはずだ。


 カホカの質問に、「襲う場所は決めてある」と、何でもない様子でディータが返してきた。


「計画は準備がすべて、ってな。俺たちゃ、耳にタコができるくらいサスの兄貴から言い聞かされてる」

「へーぇ」


 オッサンやるじゃん、と言いかけたカホカだったが、わざわざ口に出すのも面倒なので黙っておいた。


「船がどこに停まろうが、やることは一緒だ。──よし、俺たちも移動するぞ」


 ディータが手を上げた。それを合図に、周囲の気配が一斉(いっせい)に動きはじめる。


「あいあいさー」


 ディータに続き、カホカも立ち上がった。

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