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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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47 老醜

 背中を蹴られたティアの身体が、貴族街の屋根に打ち当たり、(すべ)り落ちていく。その動きに(くさび)を打つように、化物が両足で踏み抜いてくるのを、なんとか横に転がって避けた。


「く……っ!」


 素早く起き上がりかけたところを蹴られ、ティアは宙へと放り出された。庭木の(こずえ)をへし折りながら、最後の太い枝に左手をかけ、地面に着地する。


 右手は動かない。


 どろりと、砕かれた肩から血があふれ、(したた)っている。赤く染め上げられたトゥニカは、ぐっしょりと重く濡れそぼっていた。


 銀髪の化物は執拗(しつよう)なまでにティアを追ってくる。


「……コイツはいったい」


 眼前に降り立ってくるその化物を、ティアは重いまぶたを支えて(にら)み据えた。荒い呼吸を繰り返す。血の気を失って顔色は死人よりも青白く、身体は一回りも小さくなっていた。


 老執事の化物は言葉を発せず、凶悪な顔を(たの)しげに歪ませた。獲物を仕留める喜びに、銀の瞳を光らせ、さらに牙を鋭くさせて。


 化物はティアに休む間を与えず、襲いかかってくる。


 ティアは動く左手で相手の爪を腕ごと下に(さば)き、膝蹴りを放った。化物の顎を打ち弾き、さらに開いた喉仏(のどぼとけ)()き手を放つ。


 ぎゅる、と化物の喉が悲鳴を上げた。


 ──頼む。


 これで決まってくれ。


 そう念じながら、貫き手から化物の首を掴み直す。


 灰褐色の瞳が赤く輝いた。


 ティアの鋼のように硬質化された指先が、相手の首を()じ切るように破壊していく。対する化物もティアの腕を掴んで止めようとするが、一瞬の力においてはティアが勝っている。


 ティアは一歩踏み出して化物を投げ倒した。


 さらに頭部を地面に押さえつけ、化物の首元を上向かせる。ティアは倒立した姿勢から、膝頭(ひざがしら)を化物の喉仏めがけて直下させた。


 ごきり、と、骨の折れる感触とともに、化物の首が直角に折れ曲がった。


 ──これで安心はできない。


 尖塔では頭蓋骨(ずがいこつ)を砕いたにもかかわらず、平然と襲いかかってきたのだ。


 とどめとばかりにティアは手に力を込めた。化物の首を両断するため、手刀を振り下ろす。が──


 その手を、化物に掴まれた。(きし)んだ音を立て、ぎこちない首の動きで化物の顔がティアを向いた。口が、にたりと半円を描く。


 ──しぶとい、な……。


 諦めが、ティアの脳裡(のうり)をよぎる。


 化物の首が、軟体(なんたい)動物のように一気に伸びた。牙を()いた顔面が迫ってくる。とっさに顔を()らして避けたものの、首はさらに伸び、ぐるりとティアの首を巻き込むと、たわんだ縄を引き締めるようにギリギリと()め上げはじめた。


 同時にこちらの顔面に噛みついてこうようとするのを、ティアは左手で化物の顔を掴み、何とか遠ざけようとする。


 押し合い、しばらく拮抗(きっこう)した状態が続いていたものの、業を煮やしたのか、今度は化物の胴体のほうが動きはじめた。


 砕けたティアの肩に、鋭い爪を差し込んでくる。ぐりぐりと、差し込んだ爪を掻き回す動きに、ティアは声ならぬ悲鳴を上げた。さらに手を噛まれ、振りほどこうと暴れかけたティアの足元がもつれた。ふらついた背中に木の幹が当たる。化物の重さに耐えきれず、ずるずると木の根元に落ちていった。


 ティアの手に噛みつきながら、化物の顔が間近で(わら)う。粘つくような、意味ありげな嗤い方だった。


「大人しく怯えておれ」


 鋭い爪が、結んだ黒衣の(ひも)もろとも、トゥニカの中央を引き裂いた。ティアの肌に触れようとする。


「キ……サ……マ」


 嫌悪とともにティアの怒りが爆発した。


 ティアの親指が霧散した、刹那(せつな)、化物がティアから飛び退った。


 木の幹から突き出た黒い槍が、つい今しがた化物がいた空間を刺している。


 ティアは幹に背をもたせかけながら、よろよろと立ち上がった。


 動かすことのできない両手をだらりと下げ、ティアの瞳が赤く(ひらめ)いた。化物とティアの周囲に、濃密な黒い霧が生まれる。


城へと続く深い森バール・オズ・ミィ・エルドゥ


 吸血鬼であるティアの技。その最後の力を振り絞って発生させた場の転換。


「……許さん」


 喘鳴(ぜんめい)とともに、ティアは怒りの言葉を吐く。すでに闇の力は宿らず、灰褐色の瞳が化物に注がれている。満身創痍の身体で、それでもティアは意識の糸を失わぬよう手繰(たぐ)りながら、闘志を(ふる)い起こした。


 化物の大口が、より愉しげに裂き開かれた。

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