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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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40 王都後景

 近くで(ねずみ)が鳴いた。


 鳴き声は四方に反響しながら、暗闇のなかへと吸い込まれていく。


 松明を掲げ、バディスが前を歩いていく。


 その背中を見つめながら、ティアは地下道を歩いていた。


「いま、ちょうど内門の下あたりです」


 肩越しにバディスが振り返った。傷だらけの顔だが、それでも表情は明るい。


「そのようだ」


 つられて笑みを浮かべ、ティアは返す。


 ティアとバディスのふたりは、秘密の地下道にいた。内門の壁からやや距離を取った場所に、鷲のギルドは門の内側──貴族街に至る地下通路を持っていた。


「こんなものを用意していたとは」


 ティアが感心してつぶやくと、「通路自体は僕たちが作ったものじゃないんです」と、バディスの声が反響とともに返ってくる。


「東と聖が分裂する前からあったようだと、サスの兄貴が言ってました。僕たちは塞がれていたこの道を、もう一度開いただけなんです」

「……過去の遺産か」

「ヴァシリウス王の時代に貴族が作ったものじゃないかって」

「なるほど」


 ヴァシリウス在位の頃の王都については、歴史の話として東ムラビアの誰もが知っている。


 ◆


 ヴァシリウスは現王デナトリウスより二代前の王に当たる。


 前は賢、後は暴と言われ、いわくの多い人物でもあった。


 元々は賢王として名高く、内をよく治め、対外的には宥和政策を採り、統一ムラビアの繁栄に貢献した。


 だが、歴史の(あや)とも言うべきか、ヴァシリウスは変心した。


 原因は王としての過度の重圧に耐えきれず精神崩壊したからだ、とも、時の皇太子が謎の死を遂げたからだ、とも言われているが、詳しい理由はいまだ公にはされていない。


 変心後の王都は、見るに堪えない惨状(さんじょう)が広がっていたらしい。


 まず彼は手始めに貴族の弾圧をはじめた。


 王の意にそぐわぬ貴族は放逐されるか、殺された。その時は既に、彼は何もかも信じられなくなっていたのだろう。ヴァシリウスは難癖をつけるように家臣たちに無理難題を押しつけ、叶わなければ(ことごと)く制裁を与えた。


 家臣だけでなく、家族でさえ、彼の勘気(かんき)(まぬが)れることはできなかった。


 死の粛清(しゅくせい)である。


 ウル・エピテスの城内にて(きざ)した凶の嵐は、次第にその勢力を強め、城外へと魔手を伸ばしていく。


 雲ひとつない快晴のある日、彼は突如として内門を閉鎖せよとの命を発した。


()(あだ)なす者が迫ってきておる」


 ヴァシリウスが口にした理由はそれだけだった。


 その、ヴァシリウスのたった一言により、ゲーケルンの大虐殺が幕を開けた。


 彼は内門を閉鎖すると、貴族たちの屋敷を焼き払わせた。捕えられた貴族たちは王の慈悲を賜るべく懇願したが、誰ひとりとして聞き入れられた者はいなかった。


 貴族街のあらゆる場所から立ち上る黒煙が、蒼穹を黒く染めつくしたという。


 貴族たちを殺し尽くした後も、王の狂気は止むことなく、嵐はとうとう内門の外へと向かっていく。


 その頃には彼に仕える家臣は以前の半分にも満たなかったらしい。


 外門に至る王都すべての場所で、殺戮(さつりく)の熱風が吹き渡った。


 王の家臣の数に歩調を合わせるように、王都の人口も激減していった。


 男だけでなく、女も、生まれたばかりも赤子も、老若男女を問わず、すべて等しく王の餌食(えば)みとなった。


 家も、夢も、何もかも。


 見渡す限りの地獄がそこにはあったという。


 ──このままでは、すべてが滅んでしまう。


 誰もがそう思った時、ひとりの人物が歴史の舞台に現れる。


 彼こそが前王ミドスラトスその人である。


 歴史において、彼は生き残っていた王家の、最後の男子だったとされている。


 妾腹の子とされているが、定かではない。


 その出生ゆえ、ヴァシリウスの頭の中に存在していなかった、そのため粛清を免れたと言われているが、実際のところ、当時ミドスラトスは王都にいなかったから、というのが本当かもしれない。


 彼は時の男爵家のコードウェルに身を寄せていた。遊学のためというのが通説だが、これも詳しくは明らかにされていない。


 ミドスラトスはゲーケルンで起こった事の顛末とその混乱を聞くや、コードウェル家に協力を仰いで蜂起した。彼はコードウェルを中心に周辺貴族をまとめ上げると、瞬く間に王都を攻め落とし、ヴァシリウスを誅殺(ちゅうさつ)せしめた。


 父親殺しの王、ミドスラトスの誕生だった。


 その最期の時が迫るに至ってなお、ヴァシリウスはなぜ自分が一族の者の手によって誅殺されねばならないのか、まったく理解していなかったらしい。


 その後、この功績によってコードウェル男爵は公爵へと昇格、その貴顕は現在も衰えることなく、東ムラビア王国における三公爵家の一家となっている。


 王都ゲーケルンにまつわる、血塗られた歴史の一幕である。



 ──狂った王、か。


 バディスの背を追いながら、ティアは思う。


 このゲーケルンの大虐殺が東ムラビアと聖ムラビアを分裂させる遠因となったと言う者もあれば、晩年はともかくとして、それでも彼の賢王時代の功績は大きいと言う者もいる。


 その、激しく相反する二面性。


 彼の心をそこまで疲弊させてしまったものは、何だったのか。


 すこしずつ彼の内に溜まり続けた何かが、ある日を境に爆発したのか。


 それともある朝、寝室から起きだした彼が、突如として心変わりをしたのか。


 理由を知らぬ者には、ただ想像するしかない。


 ヴァシリウスの内なる心を燃やし尽くした黒い炎は、その胸の裡にのみ留まることなく、(うつつ)の王都を燃やし尽くす炎となった。


 ──そうせずにはいられなかったのか。


 長年、心血(しんけつ)を注いで作り上げた自らの都を、自らの手によって滅ぼす。


 ヴァシリウスの心は、王都そのものだったのかもしれない。


 ──彼は化物になってしまったのだろうか。


 知る(すべ)はない。


 数日前、ティアが大鐘楼(だいしょうろう)から見た王都の夜景は、瓦礫(がれき)と化した王都を想起させることはなく、人々の繁栄のみを力強く浮かび上がらせていた。


 ──王の狂気も、人の祈りも、時がすべてを飲み込み、ただ無言で過ぎ去っていくものなのだとしたら。


 自分の心もまた、いつしか時とともに(うしな)われていくのだろうか。


 それが、切なかった。


 ◇


 地下道を出ると、そこは庭の一角だった。


 夜の空には厚い雲が()れ込み、月影を隠している。風が出てきたようだった。


 樹木のむこうに、屋敷が黒々とうずくまっている。明かりは見えない。


「ここは?」


 ティアが訊くと、「さあ」とバディスは首を横に振った。


「ずっと使われていない屋敷なんです。僕たちにとっては助かるけど、理由は知りません」

「そうか」


 うなずき、ティアは東の空を見上げる。


 夜空に、煌々(こうこう)と灯をまとうウル・エピテスの威容がうかがえた。


「ありがとう。助かった」


 ティアが礼を言うと、「いえいえ」とバディスは気さくな笑顔を向けてくる。


「僕ができるのはこれぐらいですから。本当はみんなと港に行きたいけど、足手まといになるのは目に見えてますし」

「いや──」


 ティアはちいさく笑う。


「だからこそ、私は助かった。ひとりだと緊張で身を固くしてしまっていたと思う。バディスがいてくれてよかった」

「本当ですか?」


 ぱっと顔を輝かせ、バディスがティアの手を取ろうとするのを、ティアはさっと手を後ろに隠し、


「悪いが、伴侶(はんりょ)にはならないぞ」


 先手を打って言うと、「そうですか……」とバディスが大きく肩を落とす。


「ぷ……」


 そのあまりにわかりやすい落差がおかしく、ティアはとっさに手で口を(ふさ)いだ。


「ティアさん、いま笑いましたよね?」


 うなだれた体勢から、恨みがましくバディスがこちらを見上げてくる。


「いや、笑ってない」


 ティアは口を押さえながら、顔を大きく横に振った。


「なんですか、その手は?」

「いや……」


 言ったものの、ティアは我慢しきれず、「あはは」と笑い声を上げた。


「ごめん、いや、バディスは愉快だな」


 あはは、と笑い続けるティアに、「ひどいです、ティアさん」と情けなく眉を八の字に寄せるバディスの表情が、さらに笑いを誘う。


「だって……」


 ティアはとうとう腹を押さえて笑い出した。


「ごめん、ごめん」


 ようやく笑いが収まると、ティアは目じりを指で拭いながら謝る。


「それじゃ、行ってくるよ。うかうかしていられない」

「はい、くれぐれもお気をつけて。危険だとわかったらすぐ戻ってきてください。僕はここでティアさんの帰りを待ってますから」

「待たなくてもいい」

「いえ、僕は待ちたいんです」


 語気を強めるバディスに「わかった」と、ティアは苦笑する。


「本当に、ご無事で」

「うん。ありがとう」


 もう一度だけ礼を言い、ティアはバディスから背を向けた。


 振り返ったティアの顔つきは、すでに鋭い。

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