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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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39 鷲のギルドⅣ(後)

 カホカのおかわりを用意してもらい、部屋に戻ったティアとディータは再び長椅子に腰を下ろした。


 すこしだけ気分が浮上したのか、カホカは傍目(はため)にも嬉しそうに葡萄(ぶどう)を口に運んでいる。


 ほっとした気持ちでティアがその様子を見つめていると、


「俺たちのギルドはいま、かなりヤバい状況だ」


 ディータが言った。


「お頭が捕まり、サスの兄貴も捕まったと見ていいだろう」

「見ていい、ということは、不確かなのか?」

「それを知るために、バディスに調べさせていた。結果は、ご覧の通りだ」

「そういえば、バディスは門前払いを受けたとか言っていたな」

「バディスが行ったのは、ウル・エピテス城だ」

「王城にか? なぜ、バディスがそんなところへ?」


 訊きながら、ティアは気づく。


「ひょっとして、お頭を助けに行ったのか?」

「いや、バディスは信頼できる奴だが、大した腕じゃねえ。それをさせるには荷が重すぎる。バディスは連絡役だ。あいつは真っ当な仕事を持ってるからな。疑われにくい」

「連絡役?」


 ますますわからない。なぜ鷲がウル・エピテスに連絡するのか。内実がどうであれ、鷲が暗殺ギルドという非合法組織である以上、中央機関であるウル・エピテスは天敵に当たる存在のはずだ。


「ウル・エピテスの役人に、俺たちと繋がっている人間がいる」


 ティアの疑問に、あっさりとディータが答えた。


「癒着しているのか?」


 驚いてティアが訊くと、「若いな」と、ディータは含み笑いを漏らす。


「お上とツルむのは珍しいことじゃないぜ。合法な組織だろうが非合法な組織だろうが、役人とは何かしらの関わりを持っている。とどのつまり、俺たちはお上によって存在を許されているわけだ」

「そういうもんだよ」


 ぽそりと言ったのは、カホカだ。


 そうか、とティアは思い至る。リュニオスハートも、領主と武具商人ギルドとの間に関係があった。


「潰すより、(もう)かるもん」


 さらにカホカが言い、「そういうこった」とディータはうなずく。


「俺たちはお上に金を払っている。上納金ってやつだ。お上と言っても役人なら誰でもいいってわけでもなく、王都内のギルドを云々できる立場の奴じゃないと意味がねえ」

「つまり、軍の上役の人間、ということか?」

「軍というのは当たってるが、上役じゃねえな」


 ディータは首を振った。


「お偉いさんはそんな危険を冒さない。奴らは表向き清廉潔白(せいれんけっぱく)を気取りたいからな。俺たちが知っているのは、あくまで下っ端だ。俺たちはその下っ端に金を払う。で、下っ端はその金の一部を自分の(ふところ)に入れ、残りを上に流す。その上ってのが誰かは俺たちにはわからねえ。上の、さらに上がいる可能性もある」


「だが……お頭は捕まった」

「そういうことだ」


 ディータは身体をこちらに傾けながら、(けわ)しい顔つきを作る。


「俺たちが役人に金を払っているように、当然、蛇も同じことをしているな」

「……なるほど」


 ティアは深くうなずいた。ようやく、話が見えてきた。


「俺たちは蛇が気に入らねぇ。蛇も俺たちが気に入らねぇ。だから、どっちも役人にこうお願いするわけだ。──俺たちのほうが品行方正(ひんこうほうせい)で優秀だから、不真面目で使えねぇあいつらを潰しちゃくれませんかね、ってな」


 ディータはにやりと笑う。


「これは、役人同士の争いにも関わっている。役人の、いや貴族間の派閥争いってやつか? 鷲も、蛇も、首輪をつけられた状態でやりあってるに過ぎねぇ」

「そして、鷲は敗れた、ということか?」

「今のままじゃ、確実にそうなる」

「策はあるのか?」

「策と呼べるものかはわからねえが……」


 ディータはその体格に似合わぬ溜息をついた。


「お頭とサスの兄貴、俺たちは両方を取り戻さにゃいかんが、まずはサスの兄貴のほうだ。そっちのほうが、まだ可能性がある」

「さっき、その副頭目について、『捕まったと見ていい』と言っていたな」

「兄貴はいま、船の中だ」

「船の中?」

「蛇の船だ。兄貴は蛇を叩き潰すために、奴らの人買い船に乗り込んでいる。もともと、これはお頭がまだ捕まっていない時の作戦でな。俺たちとつながっていた役人から、『蛇を潰したければ決定的な証拠を持ってこい』と言われたのがはじまりだった。それでサスの兄貴がノールスヴェリアまで行って、船に潜伏した。目的地はここゲーケルンだ。お頭と俺たちは到着した船を待ち、証拠を挙げ、蛇どもを役人に差し出す。その手はずだった」

「だが、その前にお頭は捕まってしまった、か……怪しいな」


 副頭目が王都を離れている隙をつくように、お頭は捕まっている。偶然にしてはタイミングが良すぎるように思えた。そもそも副頭目が王都に離れた発端は役人からの言葉である。


「兄貴もそう思ったようだ。船に潜り込むまで、兄貴とは連絡を取り合っていた。──作戦ははじまっている。今さら後戻りはできない、サスの兄貴はそう判断した。(わな)の可能性はあったが、お頭を取り戻すためにも、俺たちは蛇の証拠を押さえることを優先した」

「案の定罠だった、というわけか」

「それが今日のバディスの話で決定的になった。お頭もいない、兄貴もいないじゃ、このギルドはやってけねえ。もう、なりふり構っちゃいられねえ状況まできている。兄貴が軍に引き渡されれば、手を出しにくくなる」


 ディータの双眸(そうぼう)に、物騒な光が宿る。


「俺たちは、港で船が到着すると同時に襲撃する」

「危険だ。蛇があなたたちの襲撃を予想していないわけがない」

「そんなことは百も承知だ。なりふり構っちゃいられねえと言ったろう? このままじゃ、遅かれ早かれギルドは潰される。待ってるだけってのは、性に合わねえ」


 迷いのない瞳だった。


「覚悟はしているのか……」


 ティアは息を吐いた。


「俺だけじゃない。仲間たちは皆同じ気持ちだ。すでに港には手を放ってある。伝のある漁業ギルドに頼んで、それらしい船を見たらすぐに連絡してもらう手はずになっている。連絡が来たら、ここにいる奴らは全員、船を襲いに出る」

「船はいつ頃に到着する予定なんだ?」

「今夜か、明日か」

「そんなに早いのか」


 これにはティアも驚いた。思っていた以上に事態は逼迫している。


「港で首尾よくサスの兄貴を救出できたら、次はお頭だ」

「ウル・エピテスにも襲撃をかけるつもりなら、無謀すぎるぞ」


 この国において、もっとも堅固な場所であるのは間違いない。当然、曲者(くせもの)に対する備えも万全だろう。


「襲撃じゃねえ。忍び込むんだ」

「できるのか?」

「三日後、晩餐会(ばんさんかい)がある。珍しいこっちゃないが、今回のはかなり大規模のようだ。ウラスロ王子の肝煎りらしくてな。招待される人数も破格に多い。そこに忍び込む」

「ウラスロ……」


 名前を聞いた瞬間、ティアの脳裡(のうり)に黒く、(うごめ)くものがあった。膝の上の両手を強く握りしめる。


「どうかしたか」


 こちらをうかがってくるディータに、ティアは気づかなかった。黙り込むティアの上着の裾を、カホカに引っ張られた。そこでようやく我に返る。


「いや、すまない」


 あわててティアは取り(つくろ)う言葉を探す。


「晩餐会ということなら、招待状が()るだろうな》」


 ティアが思いついたままに言うと、ディータは一応、納得してくれたようだ。


「金で買うか、それができなければ偽造するしかないな。だが、問題はそれだけじゃねえ」


 ディータは苦々しそうに唇を噛んだ。


「お頭が城のどこに閉じ込められているのか。手を尽くして調べさせてはいるんだが……まだわかっていない。晩餐会に忍び込んだはいいが、肝心のお頭がどこにいるかわからねえんじゃ話にならねえ。探し回っているうちに時間切れだ」


 ティアはうなずく。


 ウル・エピテスの敷地は広大だ。厳重な警備と限られた時間のなかでは、手当たり次第に探すというわけにはいかないだろう。


「できれば、お頭の居場所はサスの兄貴を助け出す前に掴んでおきたかった。サスの兄貴の救出に成功しようがしまいが、その後じゃ、お頭の警備が厳重になるのは目に見えているからな」


 室内に重苦しい沈黙が下りた。


 ティアの率直な感想は、とにかく時間がない、ということだった。


 今日か明日には副頭目のサスが港に到着する。これを襲撃してサスを救出する。できればその前に、囚われているお頭の居場所を特定する。そして三日後に開かれるという晩餐会に忍び込み、頭目を救出する。


 ──あれこれ考えを巡らしている時間はなさそうだ。


 サスを救出する前にお頭の居場所を特定したいなら、今すぐ動き出さなければ間に合わない。


「……唯一の希望は、すべてがまだ終わっていない、ということくらいだな」


 ティアが口に出してみるも、返ってくる言葉はない。


 ふと気づくと、カホカがじっとこちらを見つめていた。


 何か、もの言いたげな碧い瞳を向けてくる。


「カホカは、どう思う?」


 ティアが訊くと、カホカは瞳を上向かせた。ぼうっとした表情を浮かべ、


「ルーシ人を助けてくれるなら、鷲を助けてあげないとなあ」


 のんびりとした口調でつぶやいた。


「気持ちは嬉しいが、無理はしなくていい」


 ディータが、カホカに向かって告げる。さきほどの険悪さが嘘のようだ。


「俺たちがルーシ人を助けるのは、お頭の考えからだ。お頭はすでにもらった恩義を返してるだけに過ぎねえ。これ以上もらっても、返せるかもわからねえしな」


 カホカが視線を落としていく。ディータを見た。


「ここの長老の婆ちゃんは、そんな風に言ってなかった。アンタたちに感謝してるみたいだった」

「そう思ってくれてりゃ、十分だ」


 重苦しい空気を払うように、ディータが快活に笑う。


 カホカが、もう一度こちらを向いた。


 ──カホカは、鷲を助けてやりたいんだな。


 強く言えないのは、先ほどの気まずさがあるからなのだろう。


「わかった」 


 ティアはカホカを見つめ返す。


「カホカはディータと一緒にサスを助けてやってくれ。向こうは襲撃に備えているだろうから、十分に気をつけてな」

「ういうい」


 カホカは軽くうなずいた。


「待て待て」


 ディータが長椅子から腰を浮かし、割って入ってくる。


「あんた、俺の話を聞いていたか?」

「カホカがいれば、並みの兵士なら百人分の相手はできるだろう。救出の成功率が高まるはずだ」

「千人いたってヨユーだよ」

「だそうだ」


 ティアが苦笑して言うと、


「しかしな……」


 ディータは手を借りることによほどためらいがあるらしい。


「カホカがやると言ってるんだから甘えたほうがいい。──運が良いんだ、あなたたちは」


 それでも釈然としていないのは、ディータが見た目に反して心根の優しい男だからかもしれない。


「ティアはどうするの?」


 カホカから訊かれ、「私は──」と、考えを口にする。


「城に潜り込み、お頭の居場所を特定する」

「おいおい!」 


 今度こそディータが立ち上がった。ティアはそれを無感動に見上げる。


「サスを助け出す前に居場所が知りたいと言ったのはディータだ」

「それは、言ったが……」


 ディータは一度、口を(つぐ)みかけたものの、


「……できるのか? そんなことが」

「わからない。が、他の者がするよりは私に向いているだろう」

「しくじれば大怪我どころじゃ済まねえ。殺されちまうぞ?」


 (おど)しをかけるような低い声音に、「ああ」とティアは笑う。


「だから経験済みなんだ、それも」

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