38 鷲のギルドⅣ(前)
「悪かった」
ティアは謝り続けた。
ぐずる赤子をあやすようにカホカを近くに寄せ、頭を撫でて慰める。
そうしていると、そろそろとカホカの手が伸びてきて、両頬をつねられた。
「……ひゃにひゅる?」
つねられたままティアが訊くと、「もういい」と、長椅子の上で膝を組んだまま、カホカが蝸牛のようにずりずりと元の場所に戻っていく。
カホカは、ずず、と鼻をすすり、睫毛を濡らしたまま、じいっと空になった牛乳の杯を見つめている。
「おかわりをもらうか?」
すこしの間があってから、こくりとカホカがうなずいた。
「頼んでみよう」
ティアは立ち上がって部屋を出た。扉を閉めて人を求めようとすると、すぐ傍にディータが立っていた。
こちらに気づいているのか、いないのか、ディータは腕組みをしたまま、特に何をするでもなく手持無沙汰に広間を眺めていた。
「何かあったのか?」
ティアが近づいていくと、ディータはこちらを見もせず、「ないな」とぞんざいに返してくる。
当を得ないディータの回答に、ティアは思い至って笑みをこぼした。
「待っていてくれたのか」
どうやら、部屋の雰囲気を察してカホカとふたりきりにしてくれたらしい。
「気を使わせてしまったみたいだ」
心遣いに感謝し、ありがとう、とティアが頭を下げると、ディータが驚いたように片方の眉を持ち上げた。
そのままティアを見下ろしてくる。
「何か?」
「いや」とディータがちいさく首を振った。
「カホカといったか、あの娘を叱りつけたお前さんが、一瞬、化物に見えてな」
ぎくり、とティアの心臓が鼓を打つ。
「どういう意味だ?」
平静の口調になるよう、努めてティアが訊くと、
「あの娘の腕っぷしが半端じゃねぇってのはわかる。お頭もそうだが、強い奴ってのは、身体の動かし方が普通の奴とはちがう動きになるらしい。こう見えてそれなりの修羅場をくぐってきたからな」
だが、とディータは腕を組んだまま、ティアを見下ろす。
「お前さんはそれほどじゃあねぇ、最初はそう思っていた。──だが、あの娘を完全に丸めこんで委縮させちまうってのは、ウチのお頭でもできるもんじゃねぇ」
「……カホカとは幼馴染なんだ」
苦し紛れにティアが言うと、「そうか」とディータは口元に笑みを浮かべた。
「ま、あんたがそう言うんなら、そうなんだろう。別に俺がつっこんで聞くような話じゃねぇ」
どうやら、ディータは確証があってティアを「化け物」と言ったのではなく、勘に近い感覚でそう思ったらしい。
誤魔化すことはできるだろうが、不審に思われてもつまらない。
「私には、事情がある」
「ほう」
「ある者に、家族と、大切な者たちを奪われた。ディータの言う通り、私は化け物なのかもしれない。いや、化け物なのだろう。そう思われても仕方のない存在だ」
ティアは広場に目を向けた。鷲たちのなかには、こちらに気づいて見返してくる者もいた。
「……その私が何をすべきか、成し得ることができるのか、ずっと考えている」
「それが俺たちの味方をする理由か?」
「あなたたちの味方をしようとしているのは、どちらかと言えばカホカのほうだ。ああ見えてカホカは仲間意識が強い。私は、何かを知り、見たい、という気持ちからだと思う」
「酔狂なことだ」
「酔狂か」
そうかもしれない、とティアは他人事のように思う。
「じっとしたままだと、永遠の時が過ぎるのを、ただ待つだけになってしまう気がする」
「首を突っ込むと、大怪我をするかもしれんぜ」
「大怪我……」
「怖気づいたか?」
ディータに訊かれ、ティアはゆっくりと顔を持ち上げた。瞳を細くさせて笑う。
「死ぬ程度の大怪我なら、経験済みだ」