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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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37 鷲のギルドⅢ

「少々、話が長くなりそうだな」


 ということで、体調を考え、バディスは席を外すことになった。


「何か飲む物でも用意させよう。好きなものを言ってくれ」


 ディードリッヒ──ディータに訊かれ、


「私は必要ない。カホカはどうする?」


 カホカは仏頂面で長椅子の上に膝を組んだまま、拗ねて答えようとしない。


 ティアは内心で苦笑し、


「甘くて冷たいものを」


 カホカのかわりに頼むと「わかった」と、ディータは請け合ってくれた。


 バディスと入れ替わりに入ってきた男に指示すると、男はうなずき、飲み物を持ってすぐに戻ってきた。


 ディータの前に酒の注がれた杯が置かれ、カホカには凍らせた葡萄を浸し、砂糖を混ぜた牛乳が置かれた。


「どうやって凍らせたんだ?」


 興味本位でティアが訊くと、「ウチには魔法を使えるのが二、三人いるんでな」という答えが返ってきた。


 ディータは一口で杯の半分ほどの酒を飲み、「さて」と話しはじめる。


「俺たち(わし)のギルドが蛇と対立していることは知っているか?」


 訊かれ、「知っている」とティアはうなずき、


「あなたたち鷲は義賊だと聞いている」

「ルーシ人の立場から見ればそうかもしれんが、暗殺ギルドに義賊もクソもないだろう」


 ディータは自嘲(じちょう)する。


「だが、俺たちが実際に殺しの請け負いをすることは滅多にない。少なくとも、俺や下の連中には決められねえ。決めるのはお頭だ。殺しや重要な仕事はお頭の案件で、それ以外はサスの兄貴が決めている」

「お頭というのがギルドの長で、そのサスというのが二番目?」

「そうだ。副頭目ってとこだな」

「どちらもノールスヴェリア人?」

「いや、サスの兄貴はちがう。ムラビア人とは聞いたことがあるが、東か聖かも知らんし、直接聞いたわけでもない」


 ディータの言う『東』とは東ムラビア王国、『聖』とは聖ムラビア領邦国家の略称である。東ムラビア、聖ムラビアという言い方もあるが、さらに縮めると東、聖だけになる。


「様々な人種や国籍の者がいるようだ」


 ティアは先ほど広間で見た男たちを思い出していた。


「行き場をなくした奴らから、まだ腐りきってねえのをお頭が拾ってくる。俺もそうだった。皆、お頭に恩義を感じている。ここじゃ、黒でもお頭が白と言えば白だ。誰も逆らう奴はいない。意見するのはサスの兄貴ぐらいだが、別に仲が悪いってわけじゃねえ。だからお頭も兄貴の意見を無下(むげ)には扱わないし、俺たちもサスの兄貴は特別だと思っている」


 俺たちは頭を動かすのは苦手だからな、とディータは笑う。


「悪い組織ではないように聞こえる」

「それは、俺もここのギルドの一員だからな」

「だが、そのお頭という人は軍に捕まってしまった」

「……はじめ、俺には信じられなかった。お頭は滅法強い。身内贔屓(びいき)じゃねえ。棒術に関しては王都で一番だと思っていたし、今でもそう思っている。だが、お頭を捕まえたのがあのファン・ミリアだと聞いた時、それならあり得る話だと思った」


 隣のカホカがかすかに反応を示したが、やはり何も言わなかった。スプーンで葡萄をすくい、もそもそと食べている。


「ファン・ミリアか……」 


 ティアはつぶやく。


 この王都だけでなく、東ムラビアの国内において、ファン・ミリアの強さは半ば伝説化している。


「しかし、おかしな話だな」


 ()に落ちず、ティアは首を捻る。


 何がだ? とディータに訊かれ、


「ファン・ミリアは聖騎士団に所属しているが、その聖騎士団は軍には属さない。王都の治安維持は軍の管轄だから、本来、聖騎士団が出てくることはあり得ない。もし出ることがあっても、非常時だけだ」

「そうなのか?」


 ディータは初耳といった様子である。無理もないことだった。ティアは聖騎士団の見習いだったため、たまたま知っていたが、関係者以外の人間が中央の組織図を知る機会はすくない。


「革命や暴動、あるいは大規模災害ならともかく、たったひとりの人間を捕縛するために腰を上げるような組織じゃない。というか、上げられない。国がそれを許せば、聖騎士団の権限が強くなりすぎる。聖騎士団の任務は人に仇なす魔物を滅ぼしたり、外圧に対する示威を旨としている」

「それなら、お頭はノールスヴェリア人だからな、外圧と受け取られたんじゃないのか?」

「いや、あり得ない。規模が小さすぎる」とティアは首を横に振った。

「あなたたちが、ノールスヴェリアと裏でつながっていて、王都内で諜報や扇動行為でもしていれば話は別だが……」


 言って、ティアはディータの反応をうかがう。


「馬鹿言うな」と、ディータは苦笑をにじませた。


「俺たちはそんな大それた組織じゃない。お頭はノールスヴェリア人だが、もともとは人探しでここに来たと言っていた」

「人探し?」

「生き別れた妹がいるらしい」

「妹が……」

「ああ、お頭はそれを蛇の仕業だと思っている。古くから蛇は人身売買に手を染めている組織だからな。おまけに奴らの商売は東ムラビアだけじゃなく、ノールスヴェリアにも及んでいる」

「そういうことか。それが、鷲と蛇の対立の所以(ゆえん)か」

辿(たど)っていけば、そうなるな」


 ティアは考え込む。


「気になることがあるのか?」


「ああ」とティアはうなずいた。


「なぜ聖騎士団が動くことができたのか、やはりそれが気になる」

「聖騎士団ではなく、ファン・ミリアだけが動いたのかもしれねぇ」

「同じことだ。ファン・ミリアが動いたということは、聖騎士団が動いたということと同義だ。そして、ファン・ミリアが動いたということは、団長のジルドレッドが許可したということだ」

「そうとも限らんだろう。個人の伝でファン・ミリアが動くこともある」

「否定はできないが、考えにくい。聖騎士団はそんな生ぬるい組織ではない」


 ウル・エピテスの城内において、聖騎士団は唯一腐敗のない組織と言われるほどである。あのファン・ミリアがその職責において、ジルドレッドを差し置いて単独行動をするとは思えなかった。


「よくわからんが、聖騎士団のファン・ミリアが動くためには、それなりの理由が必要ってことか?」

「その理由にしても、正式に聖騎士団を動かし得るものでない限りは……」

「どういう理屈だ?」

「そうなるよな……」


 だが、それ以上のことはティアにもわからない。ティアは聖騎士団については明るいが、それ以外に関しては素人同然である。


 返答に窮したティアに、ディータは「わかった、ウチの者に調べさせよう」といったん部屋を出ていく。


 待っている間、ティアはカホカを見た。カホカはすっかり葡萄を食べ終え、牛乳を飲み干していた。


「──カホカ」


 どう声をかけていいかわからなかったが、それでもティアが名前を呼ぶと、カホカはわざとらしく顔を背ける。


「どうしたんだ、本当に。今日のカホカはいつもとちがう」


 訊いてみても、やはり返答はない。


 ──当分は話もしてもらえなさそうだ。


 カホカを諫めたことを後悔はしていないが、それでも今のカホカを見ていると、ついかわいそうなことしてしまったと思わずにはいられない。


 ティアがあきらめ、ディータの戻りを待っていると、


「……すんな」


 ぽつり、とカホカが言った。


「カホカ?」


 見ると、カホカの碧い瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちていく。


 ──そこまでキツイ言い方だったか。


 よほどショックを与えてしまったらしい。


 言葉を失い、ティアがどうすればいいかわからず困惑していると、


「……キス、すんな」


 カホカはそれだけ言って、膝に顔をうずめてしまう。


 ティアは「え?」と、さっぱり意味がわからず、


「なんのことだ? キスなんてしてな──」


 言いかけて、ようやく気がついた。


 昨日の夜中に、バディスに薬を飲ませてやったことを思い出す。てっきり寝ているとばかり思っていたが、カホカは起きていたらしい。


「あれはキスじゃないぞ」


 そもそもキスだと思ったらしていない。傷ついた者を看病しただけである。タオ時代、聖騎士団見習いとして従軍した際に、動けなくなった者にそういった処置を施してやっている光景を何度も見てきた。


 そう説明してみても、カホカは膝に顔を埋めたまま、泣き声を押し殺している。


 ──困った……。


 どうやらカホカの不機嫌の原因は自分にあったらしい。


「わかった。オレが悪かった」


 とりあえず謝るしかない。なぜ謝らなければならないのかティア自身、いまいちピンと来ないが、ここで「違う、あれはキスではない」と言い張ったところで、カホカが納得してくれなければ意味がない。


「悪かった。許してくれ、カホカ」


 何度も謝ると、カホカが同じ姿勢を保ったままこちらに寄ってきて、ぐりぐりと頭を押しつけてきた。


 撫でろ、ということらしい。


 ──さっきは嫌がったのにな。


 まるっきり猫だが、猫だけに逆らってもしょうがない。


 カホカの気が済むまで、ティアは謝り、頭を撫で続けた。

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