表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
80/239

36 鷲のギルドⅡ

 誰もが息を()んだ。


 (わし)のアジトに現れたふたりの少女を起点として、返す波のごとく、(へや)喧噪(けんそう)が静まっていく。


 見る者に言葉を失わせ、視線を釘づけにし、心を奪う。


 水を打ったように静まり返った室内を、ティアはぐるりと見回した。


「思った以上に広いな」

「人も多いね。三、四十人はいそう」 


 カホカの言葉に、うん、とティアはうなずく。


 (あかり)に照らし出された男たちの顔が見える。服装も様々だった。


 その誰もがティアを何者かと疑いながら、声をかけることができない。なかには酒杯を傾けたまま硬直する者もいた。


 しかし、それも長くは続かなかった。


 その後に続くバディスの姿に気づいた者から、波が打ち寄せるように、ざわめきが戻ってくる。


「バディスじゃねぇか!」

「いま戻ったぜ。心配かけてすまなかったな」 


 バディスは照れた笑顔を浮かべ、仲間にむかって手を上げた。


「この野郎、死んじまったと思ったじゃねぇか!」


 ひとりがバディスに抱擁し、背中を叩く。


「痛てっ! ばか、こっちは怪我人だぜ」


 バディスは痛みで顔を引きつらせながら、それでも嬉しそうだ。


「この野郎、前より男前になって帰ってきやがって!」


 また別のひとりが、腫れ上がったバディスの顔に軽く平手を打つ。


「ばか、だから痛ぇっつーの!」


 そしてある者は、


「心配かけやがって、ええ、この野郎! どうしやがったんだ、その肩?」


 陽気な声で肩を小突く。


「痛ぇ、痛ぇって!」


 バディスは嬉しそうではあるが、手荒い歓迎に本気で痛がっているようだ。


「こんなどえれぇ別嬪の娘たちをどこで拾ってきたんだよ」

「金か、オイ、どこに隠し持ってやがった」


 はじめは冗談めかしていたのが、次第に攻撃のレベルになってきた。


「ひとりだけ抜け駆けしようってのか、てめぇ!」

「自慢か、自慢がしてぇのか、クソがっ!」

「やめろ! ばか、お前ら!」


 たまらずバディスはしゃがみ込み、必死に身を丸めて防御の姿勢を取る。 


「お前ら、この裏切りモンを袋叩きにしちまえ!」


 威勢のいい声を張り上げたのは他でもない、カホカである。


 いつの間にか男たちの群れに紛れ込み、バディスを蹴りまくっている。


「なんでカホカまで入ってるんだ!」


 あわててティアが止めに入ろうとすると、


「やめねぇか!」


 広間の逆から、野太い男の声が一喝した。


「客人の前でみっともねぇところを晒すんじゃねぇ! お(かしら)も兄貴もいねぇんだぞ! もっとビシッとしやがれ!」


 男は頭を剃り上げ、両耳にいくつもの耳飾りを提げていた。厚ぼったいまぶたに、やや小ぶりの瞳。肌は白く、体格は極めて大きい。


 ──あの男、ノールスヴェリア人か。


 ティアが一目見て判断できるほどに、男は典型的な北国の民の特徴を兼ね備えている。


 脇には、先ほど上で壁を開けた男が立っていた。


 禿頭(とくとう)の男は堂々とした足取りでティアの前まで来ると、


「ディードリッヒだ。ディータでいい。バディスを助けてもらったんだってな。礼を言うぜ」


 こちらに手を差し出してくる。


「ティアだ。こっちはカホカ」


 名乗り、ティアはディードリッヒ──ディータと握手を交わした。


「なるほど、馬鹿どもが騒ぐだけのことはある」


 ディータが一笑する。


広間(ここ)じゃ、落ち着かん。奥の部屋に案内するぜ。バディス、お前もだ。疲れているところ悪いが、話を聞きたい」

「……わかった」


 ようやく仲間たちから解放されたバディスは、打って変わって真剣だった。


 ◇


 ティアとカホカ、ディータとバディスの四人は、卓を囲んで脚の低い長椅子に腰かける。


 案内された部屋は、かなり派手な造りになっていた。


「金ピカだなぁ」


 カホカが室内を見回す。彼女の言葉通り、調度のほとんどが金で飾られ、床には極彩色の絨毯が一面に敷かれていた。


 ディータは口を片側に寄せ、苦笑いを浮かべる。


「お頭の趣味だ。もっとも、ぜんぶ鍍金(メッキ)だが。本物は──」


 ディータが親指で示した一角には、巨大な虎の毛皮で覆われた寝椅子が置かれていた。


「あそこの虎ぐらいだ」

「そのお頭って人、軍に捕まったって聞いたけど」

「よく知っているな」

「アタシ、ルーシ人だもん」


 カホカがさらりと言うと、「そうか」と、ディータはうなずいた。


 すでにバディスには伝えてあったが、鷲を助けた理由をティアが説明すると、


「お頭からは、ルーシ人は大切にするよう言われている」

「お頭もルーシ人なの?」

「いや」


 カホカの質問に、ディータは頭を振った。


「俺もそうだが、生まれはノールスヴェリアだ。昔、お頭がひとりでこのゲーケルンに渡ってきた時、ルーシ人がよくしてくれたらしい。このギルドにしても、ルーシ人の協力がなければ立ち上げることができなかった、そう聞いている」

「いい人じゃん、ね、ティア」


 カホカが嬉しそうに笑顔を向けてくる。


「そうだな」


 ついティアも微笑み、カホカの頭をくしゃりと()でると、


「……撫でんなよ」


 むすりとカホカが唇を尖らせる。ティアは苦笑した。女の身体を持つティアだが、ここらへんの心理はさっぱりわからない。


「──で、バディス」


 話題を変えるように、ディータはやや前のめりにバディスに身体を向けた。


「どうだった?」

「……ダメだ」


 バディスは無念そうに眼を伏せる。


「取り合ってもらおうとしたが、門前払いされた。話も聞いちゃもらえなかった」

「傷は、蛇の奴らにやられたのか?」

「ああ、帰りに待ち伏せされていたんだ」

「どう思った?」


 耳飾りに光を映し、ディータは鋭い視線を投げかける。


「どうもこうもない。これで奴らが繋がってないと思うほど馬鹿なことはないぜ」

「……だろうな」


 ディータがうなずく。


 それきり、ふたりの男は神妙な面持ちで黙り込んでしまう。


「具合が悪そうだな」


 ティアが水を向けると、ちらりとディータがこちらを見た。


「お前たちは、旅人か?」

「そう」


 ティアは認め、


「よかったら、事情だけでも聞かせてもらえないか? できることがあるかはわからないが、すくなくとも、私たちは敵じゃない」

「疑ってはいないさ」


 ディーダは真顔で言った。


「すこし前にルーシ人の長老から連絡があった。旅をしている女の二人組についてな。どうにも理由ありらしいが、敵ではないから好きにさせてやってくれと言われている」

「アンタたちがルーシ人を裏切らない限りは味方してやるよ」


 カホカがふふん、と膝を組む。彼女自身には他意はないのだろうが、機嫌の悪さが残っていたのか、(とげ)のある口調に聞こえた。


 その態度に、ぴくり、とディータが眉を上げた。


「カホカ、言葉が悪いぞ」


 さすがによくないと思い、ティアが割って入るも、


「大した自信だが、子供が首を突っ込むと痛い目を見る」


 ディータがカホカに向かって告げる。


「誰が子供だハゲ」

「お前だよ」


 ジロリとディータが(すご)む。カホカも引かず、半眼でディータを睨み返した。


「子供に助けられておいて、偉そうに言ってんな」

「礼は言ったつもりだぜ。俺は親切心で言ってやっているんだ」

「余計なお世話だっての」


 カホカが不穏(ふおん)な気を発しはじめる。


「んじゃ、試してみれば? アンタが納得するようにさ」

「冗談だろう?」と、ディータは大仰な仕草で両手を広げてみせる。

「俺が子供を相手にすると思っているのか?」

「試してみればぁ?」


 カホカはディータを挑発するように薄く笑い、コキリと指を鳴らす。


「人を選べよ、ガキ。お前がルーシ人だから我慢してやってるんだ」


 瞳に胡乱(うろん)な光を宿すディータに対し、カホカは首を伸ばし、顔を傾けた。


「たぁめぇしぃてぇみぃれぇばぁ?」


 口の(はし)を持ち上げ、カホカが例の笑みを浮かべはじめた。


 カホカがこれを見せると、ロクなことが起こらない。


 ティアは大きく溜息をつくと、


「カホカ、機嫌が悪いのはいいが、他人に迷惑をかけるな」

「うっさいな、偉そうにアタシに命令すんな。まとめてぶっ飛ばすぞ」


 ティアにまで火の粉を飛ばしてくる。やはり今夜のカホカは様子がおかしい。機嫌が悪いと思えば良くなり、そうかと思えばまた悪くなる。


 かなり不安定な状態になっている。


 天才ゆえの(かたよ)りか、もともと直情径行の嫌いがあるカホカは、感情に支配されすぎる一面を持っている。


 ──イスラがいてくれれば。


 せめてイスラと通じている状態ならば、カホカも気が鎮まったかもしれないが、いまだ黒狼は戻ってこない。


 ティアがどうしようかと考えている間にも、


「ディータ、落ち着いてくれ。カホカさんも、俺がかわりに謝りますから許してやってください」


 しどろもどろにバディスがふたりを宥めてくれているが、一触即発の事態は改善しないようだ。


「カホカ……もういい。先に宿に帰っていてくれ」


 仕方なくティアが言うと、カホカは「嫌だ」と、ふてくされた顔を作る。


「いいから、帰れ」

「い、や、だ」

「私の言うことが聞けないのか?」

「はぁ? 調子に乗んなこの男おん──」


 ティアをにらみかけるも、カホカは顔色を変え、言葉を呑み込んだようだった。


 横目に、ティアの灰褐色の瞳がカホカを映している。


「……続きは?」


 ティアが先を促すと、カホカは物怖じした様子で、それでも精一杯の反抗をしているのか、「知らない」とそっぽを向いた。


「ディータに謝るか、宿に帰るかだ」

「なんでアタシが……」


 そっぽを向いたままのカホカは、完全に意固地になっている。


「カホカ、意地を張るところじゃないぞ」

「知らない」

「それなら、帰れ。……これで三度目だぞ、カホカ」


 赤い光を宿し、ティアが底冷えする声音で言うと、一度、カホカの肩が大きく揺れた。それでもティアが瞳に映し続けると、聞こえるか聞こえないかの小声で、「……ごめんなさい」と謝るのが聞こえた。


 ティアがディータに視線を変えると、


「──俺たちのギルドの現状について話そう」


 何事もなかったかのように話しはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ