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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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28 遭遇Ⅵ

 やや前傾に姿勢を保つ。


 周囲の気配に神経を尖らせながら、ルクレツィアは一歩一歩、確かめるように歩を進めた。


 ──いるわね。


 曲がった先。こちらに対して気配を隠そうともせず、ルクレツィアが来るのを待っているようだ。


 殺気はまったく感じられない。


 曲がり角のぎりぎり手前で、さらに感覚を()ぎ澄ます。


 ──ふたり。


 なにか話をしながら、こちらを意識している。


 ルクレツィアは見えない路地の先に立つ、カホカと女のふたつの像を脳裡に描いた。想像ではない。それはたしかに今、存在している現実のふたりの姿と一致している。


 ──ここまでか。


 ルクレツィアは緊張をゆるめ、吐息をついた。


 これ以上はどうにもできない、そう判断した。


 誘惑を、意思の力によって断ち切る。


 この角の向こうに待つふたりに対し、勝機はなさそうだった。隙をつこうにも、ああも見事に待ち構えられてはどうしようもない。


 ──これが最後ってわけじゃないもの。


 素早く頭を切り替える。


 いま一番大事なことは、自分が知り得た情報をつつがなく主であるファン・ミリアに伝えること。


 そう自らに言い聞かせ、(きびす)を返しかけた時だった。


 冷たいものがぞくりと背筋を走った。


「……決して、振り向いてはいけない」


 突然、背後から聞こえた女の声。


「──何?」


 あわてて回避の動作をしかけるルクレツィアよりも早く、彼女の首筋に、冷たい指先がはりつくように触れた。


 ──頸動脈(けいどうみゃく)……。


 急所を完全に掌握され、ルクレツィアの動きは静止を余儀なくされた。


「動いてもいけない」


 再び、女の声が耳に届く。


 ルクレツィアは驚愕に唇を震わせた。首筋に直接触れられるのは、なまじ刃物を押し当てられるよりも薄気味悪さを感じる。


「なぜ……いつの間に」


 まったくわからなかった。ここまで容易く相手の接近を許すほど油断した覚えはない。すると。


「やっぱり、ルクレツィアだったんだ」


 もうひとりの声。カホカだ。


 袋小路(ふくろこうじ)から姿を現したカホカは、憂鬱(ゆううつ)そうな表情を浮かべていた。


「やっぱ、アタシの言い方が悪かったのかなぁ」


 はぁ、と溜息をつく。


「サティとは、本当に友達になれると思ったんだけどな」


 カホカの口調は本音のように聞こえた。ずきりとルクレツィアの胸に痛みが走ったものの、こうなってしまった以上、ごまかすことはできない。


「……私の尾行に気づいていたのね。いつ?」


 ルクレツィアは訊いてみる。


「宿に戻るまでは気づかなかったよ。気づいたのはアタシじゃない」


 その言葉に、ルクレツィアは無言のまま意識を背後に向けた。


 いまも首には指が当てられている。


「申し訳ないとは思ってるわ」


 あきらめ、ルクレツィアはカホカに視線を合わせると、全身から力を抜いた。


「カホカがサティと仲良くしてくれること、嬉しいって言ったのは嘘じゃない」

「でも、気になった?」

「ええ、すごく」


 ルクレツィアは認めて笑う。


「あなたたち、いったい何者なの?」

「何者なんだろうねぇ」


 カホカはルクレツィアではなく、背後の女に話しかけた。


「決めかねているところだ」


 女が生真面目そうな返事をした。


「──だが、場合によってはあなた方にとって、私は好ましくない存在になるかもしれない」

「だってさ」


 と、カホカがルクレツィアに話しかける。


「……聖ムラビア?」


 思いつくままにルクレツィアが訊くと、「はずれ」とカホカが答えた。


「アタシたちは正真正銘、東ムラビアの出身。愛国心ってやつはこれっぽちも持ち合わせちゃいないけどね」

「カホカ」


 女から注意され、「へーへー」とカホカはこうるさそうに手を振る。


 それからしばらく誰も話さず、路地に沈黙が訪れた。


 ルクレツィアに当てられた手が、いつまでもひんやりと冷たい。


 ようやく口を開いたのは、女だった。


「道が生き方によって選び取られるものならば、ファン・ミリアという存在を、避けて通ることはできないのかもしれない」


 月が、雲間から姿を現す。「だが」と、女は続けた。


「カホカのためにも、また私自身のためにも、筆頭とは事を構えたくない」


 ──筆頭……。


 ファン・ミリアのことを筆頭と呼ぶのはいかにも不自然である。


 そして、だからこそ女があえてその言葉を口にしたのはわかった。


 ──本当に、何者なの?


 ルクレツィアの疑念が極まった時、通りから、何者かが駆け込んでくる足音が響いた。これには女も予想していなかったのか、わずかにルクレツィアから注意がそれた。


 ──好機。


 ルクレツィアはすかさず女の手から逃げるように頭を落とした。と同時に両手で女の手を鋭く払う。身体を逆さにその場で宙返りを打ち、突き出すような蹴りを放った。


「チッ」


 舌打ちとともに、女は上半身を後ろに反らしてルクレツィアの蹴りをかわす。


 ──甘いわね。


 着地し、しゃがみこんだルクレツィアの手にはすでにダガーが握られている。


 ──思った通り、動きはそれほどじゃない。


 ルクレツィアの身体が伸び上がり、月の光にダガーの刃が煌めいた。


 あくまで威嚇のつもりだった、上半身を反らした女をさらにのけ反らせ、地面に尻持ちをつかせる。


 間違いなく成功する。その確信があった。


 だが──


「なっ!」


 あろうことか女は自分からダガーに飛び込むように上半身を起こしてきた。


「バカな!」


 激しく狼狽するルクレツィアの瞳に、フードを落とした女の顔が映る。


 あまりに予期せぬ動きにダガーを完全には止められず、勢いに流れた刃が女の額をかすめた。


 はじめて見る女の顔に、赤い線が走り、その飛沫が地面に撒かれる。


 一方、路地に駆け込んできた者は、まるでこちらを見ようともせず、角を曲がって奥の袋小路へと走っていってしまう。


「なぜ、避けないの……」


 ルクレツィアもまた、女から視線を逸らすことができない。


「これを手打ちに詮索(せんさく)を止めてもらえるとありがたい」


 息を()むほどの美しい面を、早くも赤い血が染めはじめている。


「……ルクレツィア、私の頼みだ。聞いてくれないか?」


 女の瞳が、じわりと赤く(うごめ)いた気がした。


 ──この瞳を見るのは、まずい!


 ルクレツィアの直観がそう告げている。その時、背後から、


「ルクレツィア。アンタ、調子に乗りすぎだよ」


 怒りを宿したカホカの声が聞こえ、ルクレツィアはとっさに身を屈めた。その頭上を鎌のような蹴りが通過する。


「避けないと潰れるよ」


 通過したカホカの足がピタリと止まった。そこから弦を引き絞るように力を溜めた踵が、ルクレツィアめがけて急角度で落ちてくる。


「くっ!」


 必死の気持ちで横に跳んだ。一瞬前まで自分が立っていた地面を、カホカの踵が打ち砕く。ルクレツィアは壁を蹴り、宙を舞いながらダガーを投擲した。


 カホカはそれを難なくつかみ取るや、


「こんにゃろ」


 苛立(いらだ)ち、ルクレツィアを見上げて投げ返そうとする。


「よせ、カホカ」


 女が制止をかけた。


 ルクレツィアはさらに逆の壁を蹴り、建物の屋上へと跳び上がっていく。


 最後に路地を見下ろした時、通りからさらに数人が路地へと駆け込んでくるのが見えた。

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