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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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27 遭遇Ⅴ

 夜空の雲間から、月がのぞいている。


 店内に設えられた舞台の上では、吟遊詩人が楽器を奏でながら、澄んだ歌声を響かせていた。


 街中の料理店である。


 店内といっても屋根はなく、木から木へと渡したロープに灯を吊るし、夜風と歌と食事を楽しむことができる、王都ではごく一般的な形態だった。特にこの店は運河沿いに建っているため、景色も悪くない。宿の老婦人から、「若い子が楽しめるのはここかしら」と、教えてもらった店だった。


 とはいえ内装はごく簡単で、土の上に背のない椅子と(テーブル)を並べただけである。観光客向けというよりは地元の若者たちが多く、それゆえ価格も良心的だった。


 ティアとカホカは林檎を発酵させた食前酒の小杯をこつりと当て、一息に飲み干した。


「でさ」


 と、カホカはさっそく料理の白身魚をフォークでほぐしながら、


「その女の人ってのがさ、誰だったと思う?」

「誰だったんだ?」


 フードを目深にかぶったティアは、透けるような白い手でフォークを取る。


「当ててみなよ」

「わかるわけないだろ」


 あくびを噛み殺しながら、こんがりと焼けた魚の目玉をつつく。カホカもそれを目で追いながら、


「つまんない反応だなぁ」


 カホカは不満そうに魚の肉を口に運ぶと、すぐに気を取り直したのか、


「聞いて驚け」


 大仰(おおぎょう)に胸を張った。


「実はあの有名なファン・ミリアだったんだな、これが」

「ファン・ミリア?」


 ぴたり、と魚をつつくティアの手が止まる。


「ファン・ミリア=プラーティカ? 筆頭のことか?」

「そう。筆頭聖騎士サマで、救国の聖女サマ。その人と友達になったんだぜ、アタシ。いーだろー」

「別人じゃないのか?」


 半信半疑でティアは尋ねる。ファン・ミリアが市で買い物をするものだろうか? 彼女ほどの国の要人なら、ただの買い物ごとき従僕にでも行かせてしかるべきなのだ。


「や、アタシも最初はそう思ったんだけどさ。でも、タダ者じゃないのはたしかだし、アタシよりも腕は立ちそうだし、一等地に住んでるし、すっごくおいしいケーキを作れる従者の友達を持ってるし、ま、本物だろうなって思ったわけ」

「間違いないのか?」

「間違いかもしんないけど、そう思ったって言ったじゃん」


 真偽は定かではないが、カホカが腕が立つと評したのなら、そうなのだろう。また彼女が語るファン・ミリアの特徴は、ティアの記憶とも一致していた。


 もっとも、ティアはタオ時代、ファン・ミリアとは一度も話をしたことはなかった。聖騎士見習いとしてウル・エピテスの本部に登城した際、たまたま見かけたといった程度である。


 聖騎士団はけっして大人数の集団ではないが、それでも見習いと正式な団員との間には大きな隔たりがある。当時のタオにとって、筆頭聖騎士であるファン・ミリアは遥か雲の上の存在だった。


「懐かしい名前だ」


 つい、そんな感想をこぼしてしまう。まだ昔と呼ぶほど過去のことではないはずなのに。


 ──もう、オレは聖騎士という夢の道にはいない。


 いまだ一抹の寂しさを感じないわけにはいかないが、もはや自分はかつての夢にすがりついているわけにはいかない。


 考えながら、手元の魚をフォークでつついていると、


「ねぇ」


 かすかに声の調子を落としてカホカが話しかけてくる。


「アンタって、やっぱサティに憧れてたの?」

「……サティ?」


 はじめて聞く名だった。ティアがフードの下から怪訝な顔をのぞかせると、カホカから「ファン・ミリアのことだよ」と教えられた。


「もともと、サティアってのがあの人の本名なんだって」

「初耳だ」


 ティアは卓に肘を乗せた。


「オレみたいな見習いで終わってしまった人間だけじゃなく、正式な団員にだって筆頭に憧れてる人は多いと思う」

「いや、そういう一般論みたいなやつじゃなくて……もっと、こう、個人的にさ、アンタは何も思ってなかったの? サティみたいになりたかった、とか、めちゃくちゃキレイだなぁ、とか。ほら、す……好きとか」


 カホカは妙に歯切れが悪く、おまけにこちらをうかがうような視線である。


「筆頭、か」


 言い、ティアはふっと口元をゆるめて微笑(わら)う。


「ぁんだよ?」


 もぐもぐと口を動かしながら、なぜか不審そうにこちらを睨んでくるカホカに、「そうだな」とティアは過去の自分を振り返ってみる。


「正直、あまり筆頭のことを考えたことはなかったな」

「……嘘こけ」

「嘘を言う必要がないだろう」


 ティアは言い返す。


「それぐらい遠い存在の人だったからな。聖騎士団にファン・ミリアという国の英雄がいる。そう思うたびに、すごいところなんだな、と実感したことは何度もある。(はく)がつくって言えばいいのかな。オレが聖騎士団に入りたいと思ったのは筆頭が入団するよりも前だったから、それを知った時、やはりそういう特別な人が選ばれる場所なんだなと思ったよ」


 自分の力量は知っているつもりだったが、当時、それでも悲観はしなかった。むしろ「やってやるぞ」と息巻く自分がいた。


「ふーん」


 カホカはティアの話に聞き入っている。納得はしてくれたらしい。


「オレはどっちかって言うと──」


 ティアはくしゃりと笑った。


「ジルドレッド団長の下で働くことしか考えてなかった。カホカにも子供のころに話したことがあるだろう? はじめて王都に上った日がたまたま団長の任命式でさ、オレに手を振ってくれたんだ」


 こうやって、とティアは座ったまま自分の手を腹あたりに持っていき、カホカの前でちいさく振ってみせる。


「あまり目立たないように。それが嬉しくてさ。かっこよかった……すごく」


 ティアは得意そうにカホカに話す。


「アンタのその言葉、子供の頃とまったく同じだわ」

「そうだったか」


 その後も身振り手振りでジルドレッドがどれだけ恰好よかったかを語っていると「わかったわかった」と、ずり落ちそうになるフードをカホカに直された。


「──じゃあ、ティアは今もずっと、その団長さんに憧れてるんだ?」

「もちろんだ」


 ティアは大きくうなずく。


 カホカが、舞台上の吟遊詩人をちらりと見た。リュートを奏でながら、仮声(ファルセット)を使って歌に熱を込めている。周囲の客もエールをあおりながら、その歌う姿を眺めている。


「……サティがアンタのことを誉めてたよ」


 小声で言われた。


「筆頭が、オレを?」

「アンタが、っていうかタオのこと。タオの死に方ってのが彼女的にすっごく良かったんだって」

「なんだそれ?」


 死に方にいいも悪いもないだろう、とティアは思う。いや、そもそも。


「オレが死んだ時、筆頭がいたのか?」

「え?」


 カホカが目を見開いた。


「知らなかったの?」

「ああ。オレが知っているのは……」


 ティアは思い出しながら、


「ウラスロと奴の特務部隊だけだ。聖騎士団も、筆頭もいなかった」


 死ぬ寸前の記憶はないが、すくなくとも意識を失うまで、ファン・ミリアの姿はどこにもなかった。


「でも、サティはアンタを……タオを看取ったって言ってたよ?」

「まさか、人違いじゃないのか? なんでそこに筆頭がいる必要があるんだ?」

「アタシは知らないし、そこまで深くは聞けないよ。アンタのことをなんて話せばいいのかわかんなかったんだから」

「たしかに……」


 自分の死の前後をもっともよく知っているのはイスラのはずだが、あいにく宿で留守番をしているため、いますぐ聞くことはできない。


「謝んないからね、アタシ」

「わかっている」


 お互い目配せして立ち上がった。給仕に合図を送って勘定を済ませ、店を出た。

 

 ◇


 運河の向こうの店から、カホカとその連れであろう人物が出てくるのを、ルクレツィアの瞳がしっかりと捉えていた。


 距離があるためはっきりと顔を確認することはできないが、まず女であることは間違いなさそうだ。


 目深にフードをかぶっているものの、体形を見れば明らかである。ふたりは特に変わった様子もなく談笑しながら食事を済ませ、宿への道を帰っていく。


 ──尾行に気づかれたかしら。


 なぜ女はフードをかぶっているのか。


 かなり注意していたはずなんだけど、とルクレツィアは思わずにはいられない。カホカが相当の手練れであることは、ファン・ミリアに言われるまでもなく承知しているつもりだった。


 屋敷を出て、運よく内門までにカホカを見つけたルクレツィアは、彼女が寝泊まりしているらしい宿まで尾行することに成功していた。後はカホカの連れの姿を確認してから帰ろうと粘った結果、日没しばらくして、ふたりが宿から出てきた。


「あの女……いったい何者かしら」


 女に話しかけるカホカの表情、雰囲気から察して、女友達、という関係がもっとも適当な気がした。


 そして女もまた、歩き方や身体の使い方から、一定の腕前はありそうだ。


「でも、カホカほどじゃない」


 それがルクレツィアの見立てだった。カホカは常住坐臥(じょうじゅうざが)、どんな動きにも対応できる柔軟な体さばきであり、かつそれが無意識にできているのに対し、連れの女はそこまでの洗練された動きを感じない。


 屋敷でカホカは女の意見を尊重するといった物言いをしていたため、どれほどの者かと思っていたが。


 ──友人か、家族か。


 強さ云々ではなく、おそらく女はカホカの目上の存在なのだろう。


 ──そうなると、やっぱりあのフードが気になるのよね。


 ルクレツィアの尾行に気づいているのかいないのか……。


 どちらにせよ顔を隠す以上、相応の理由があるはずなのだ。


 ファン・ミリアとカホカとの出会いは偶然だった。それはいい。


 では、カホカはファン・ミリアとの会話で、いったい何を隠したのか。その疑問が女のかぶるフードと重なり、どうにも尾行を止めることができずにいる。


 カホカと女のふたりは宿へと戻る道を歩いていく。が、その途中、ふたりは道を逸れ、路地へと入っていってしまった。


「この先は──」


 たしか、さらに曲がって袋小路になっていたはずだ。


 ルクレツィアは時間を空け、気配を殺して通りから路地へ顔をのぞかせる。


 通りから届く明かりのなかに、人影はなかった。


 どうやらその先へと進んでいったらしい。


 ──誘われてるわね。


 そう判断せざるをえない。ルクレツィアはスカート越しに腿のあたりを触れた。


 ──武器はダガーが一本だけ。


 万が一、カホカと戦うことになれば心もとない装備である。


 本来ならばここで引き上げるべきなのだろう。宿と連れの存在が確認できただけでも成果としては上々である。尾行において深入りほど危険なものはない。


 ──それは百も承知なんだけど。


 フードをかぶった女がどうにも気にかかる。


 ルクレツィア本人にもわからないが、なぜかフードの下を覗いてみたい、という誘惑にも似た衝動を感じていた。


 女の袖からのぞいて見えた、病的と形容できるほどに白い手。


 凄腕のカホカを従わせるほどの女。


 フードとともに隠された何か。


 雲に月が隠れるのと同時に、ルクレツィアは路地へと身をすべらせた。

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