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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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26 遭遇Ⅳ

「なんだかごめんなさい。サティったら、ぼんやりしてばっかりで」


 ルクレツィアは玄関扉の外までカホカを見送りに出ると、肩をすくめてみせる。


 カホカは「ううん」と首を振って、


「気にしないでよ。アタシこそ、なんか変なこと聞いちゃったみたいで」

「あの人って、そういう話にまったく耐性がなくて。ちょっと戸惑ってるだけだと思うから」

「……そっか」


 ちいさく笑ったカホカに、ルクレツィアは「また来てね」と明るく声をかけた。


「仕事いがいで、サティがお客さんを連れてくるなんてめったにないことなの。だからあなたのような可愛いお友達ができて、とても嬉しいわ」


 ルクレツィアが正直に伝えると、


「アタシもそうだよ」


 また来るね、と言い残してカホカは門を出ていく。ルクレツィアはカホカの姿が見えなくなるのを確認すると、足早にテラスへと向かった。


 先ほどとまったく同じ姿勢で、ファン・ミリアが長椅子に横になっている。


「いま帰ったわよ」


 物思いに沈んでいるファン・ミリアに声をかけるも、彼女からの返答はない。


「ねぇ、サティってば」


 何度か声をかけ、ようやくファン・ミリアがはっとしたように顔を上げた。


「なんだ?」

「なんだ、じゃないわよ」


 呆れてルクレツィアは腰に手を当てた。


「あなたが初心(うぶ)なのは知ってるつもりだけど、まさか死んじゃった人に懸想するとは思わなかったわ」

「懸想など……!」


 思わず声を荒らげたファン・ミリアだったが、その後は続かないようだ。


 再びゆるゆると顔を落とすファン・ミリアを見て、ルクレツィアはやれやれと溜息をついた。


「まぁ、それもサティならではってことよね」

「……どういう意味だ?」


 憮然(ぶぜん)とした面持ちの親友を眺めながら、「それはね」と、ルクレツィアは客用の長椅子に腰を下ろした。


「あなたは、あくまで美しいものを求めるってこと」


 言って、ルクレツィアは腿の上に両肘を置く。ファン・ミリアをのぞき込むように見つめる黒茶色の瞳は、青みがかっていた。


「死んじゃった人はキレイだもの。生きている人よりも、ずっと」

「……茶化しているのならやめてくれ」


「いいえ、全然」と、ルクレツィアは否定した。


「こう見えて、喜んでるのよ。というより、安心してるの。あなたが普通に人を好きになるなんてこと、実は想像できなかったから」

「だから、ちがうと言っている」


 ファン・ミリアにしては珍しく、苛立たしげに髪をかき上げた。


「私は誰かを好きになった覚えなどない」

「子供みたいな言い訳して」


 しかつめらしく言ってはいるが、ルクレツィアには、彼女が内心で動揺しているのは手に取るようにわかるのだった。


 長い付き合いである。いつもは堂々としている親友が、空になった紅茶のカップを手に取ってみては戻したり、意味もなく何度も髪をかき上げたりする仕草は、自分の気持ちに折り合いがつかない証拠だった。


「いちおう、合格ってことにしておいてあげるわ」


 そう言ってルクレツィアは微笑む。


「合格?」


 怪訝顔を作るファン・ミリアに、ルクレツィアは「あら、忘れちゃったの?」と驚いたように、


「素敵な殿方を連れてきなさい、って言ったじゃない。あなたが『サティ』と呼ばせるほどの子と出会えたのは喜ばしいことだし、それ以上に、見えない『素敵な殿方』を連れてきてくれたみたいだから」

「ちがう」


 すぐさまファン・ミリアが否定してくる。


「私はカホカをそんなつもりで連れてきたのではない」


 今度は()ねたような表情で、ファン・ミリアはクッションに顔を埋めてしまう。


「あらあら、年頃の聖女さまは恋に友情に大変ね」

「ルクレツィア!」

「はいはい。もう言いません」


 神託の乙女の親友兼従者はくすくすと笑い声を漏らす。


 ひとしきり笑ってから、「でも、いいの?」とルクレツィアは表情を改めた。


「──このまま、あの子を帰しちゃって」


 打って変わって真剣な口調に、ファン・ミリアはクッションの下から瞳をのぞかせた。


「やはりルクレツィアも気づいていたか」

「いい子そうだし、疑いたくはないんだけど」


 ためらいがちに言うと、ファン・ミリアはうなずいた。


「私は今でも、カホカと出会ったのは偶然だと思っている」

「あなたがそう思うのなら、きっとそうなんでしょう」


 しかしルクレツィアの表情は晴れない。


「……あの子、何かを隠してる」


 ファン・ミリアは無言のまま、じっと庭を見つめている。話の先を続けろと促しているのだろう。


「最初に変だなと思ったのは、あの子が『子供の頃に会ったきり』と言った時。それが本当なら、どこでそのタオという人が亡くなったのを知ったのかしら」

「手紙か、人伝か」


 ファン・ミリアが可能性を提示する。


 ルクレツィアは「そうね」と受け取り、


「もしくは風の噂かしら。でもそれ以上に腑に落ちないのは、知り合いが死んでしまったというのに、哀悼の言葉がまったくなかったこと。幼馴染? ただの顔見知り? どちらかは知らないけれど、それでも彼女の口ぶりから、知人が死んだ、という雰囲気がまったく感じ取れなかった。いいえ、むしろ」


 ──そう。


 雰囲気としては、まるでタオという人物がまだ生きていて、それを語っているような……。


「サティ、あなたが実際にタオという人を看取ったのよね」

「ああ、間違いない」


 ファン・ミリアは即答する。これまでの動揺が嘘のように、事実に対してきっぱりと答えるあたり、聖騎士筆頭という役職がそうさせるのだろう。


「不思議ね。それなのにあの子の口ぶりは、過去の人を語るものではなかった」

「つらすぎて現実を直視できない、か?」

「それだとやっぱりあの子は嘘をついたってことにならない? 今度は逆に、子供の頃に会ったきりの人の死を、そこまで引きずるのかって話になるわ」

「つまり──」

「不自然な点が多い。今日、出会ったばかりの私たちに本音を明かさないのは当然としても、そういう反応じゃなかった。──あの子は、出会ったばかりの私たちに、意図的に何か重要な部分を隠したってことじゃないかしら」

「意味もなく嘘をついたり、事実とは逆のことを言う者もいる」

「あなたがさっきそうしたみたいに? サティはあの子がそれをする性格に見えた?」


 ルクレツィアがにやりと笑って訊くと、


「私は嘘などついていない」


 一度、ファン・ミリアはゆっくりと目を閉じた。そうして数秒後、同じようにゆっくりと目を開く。


「彼女を追えるか?」

「さぁ、どうかしら」


 ルクレツィアは小首を傾げる。


「もうかなり時間が過ぎてしまったわ。おそらく内門を出ていくはずだから、運よく彼女がゆっくり歩いてくれていれば、ってところね」

「内門まで行って見つからなければ、戻ってきてくれて構わない」


 だが注意してくれ、とファン・ミリアはルクレツィアに念押しする。


「邪気は感じられなかったが、見た目に反してカホカは相当の腕前だ。それに加えて彼女の連れという人物がいったい何者なのか想像もつかない。私を尾行するつもりで行ってくれ」

「ええ、そのつもり」


 ()け合い、ルクレツィアは長椅子から立ち上がる。


「着替える時間はなさそうね」


 冗談めかして笑うと、軽く跳躍した。テラスの手すりに飛び乗り、その場で足に力を()め、さらに大きく跳ぶ。庭の木の枝を掴むと、身体を大きく振って屋敷の垣根を軽々と飛び越えていった。

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