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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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24 遭遇Ⅱ

 武器職人(ブラックスミス)ボーシュの店で打ち合わせを済ました後、カホカは宿へと帰る道中で、広場で開かれている市に出くわした。


 露店や屋台が押し詰められた広場に、人々が肩をこすらせながら、狭い通路を行き交っている。


「これは楽しそう」


 活気ある市の光景に、カホカの好奇心がそそられないわけがない。ここでイスラがいれば皮肉のひとつやふたつ飛んできそうなものだが、黒狼は眠たがってついてこなかったため、いまはカホカひとりである。


 飛び込むように人ごみにまぎれ、瞳を右へ左へと動かす。ボーシュの店で昼食を済ませていたが、食料品以外の珍しい品々も多く並んでおり、見飽きることがなかった。


 カホカ自身が東洋風の衣装を身にまとっていることもあってか、やはり、東方の品々に目がいった。陸路の交易によって運ばれた上等な絹や、微細に織り込まれた絨毯(じゅうたん)(ぎょく)と呼ばれる陶器とガラスの中間のような素材の什器、他にも遊牧民風の装飾が施された鞍や(あぶみ)などの馬具。


 広場の市のなかで、さまざまな文化の色が混淆(こんこう)している。


 見飽きることがないのは、きっと、この珍しい品々が、かすかな異国の残り香とともに、カホカに新しい世界を教えてくれるからだ。


 そんな新しい世界が、自分に発見されるのを待っているのだろうか。


 そんな世界を、ティアは見せてくれるのだろうか?


「くふふふふ」


 カホカの心が(はず)むように浮き立つ。


 ティアへの悩みはあるけれど、それでも楽しいと思える自分がうれしかった。


 客引きの声に冷やかしの言葉で応戦しながら、上機嫌で露店の商品を眺め回す。市は大人だけでなく、子供が喜びそうな菓子やぜんまい仕掛けの玩具も多い。カホカの横を、まだ年端もいかない男の子が走り抜けていく。


 子供が駆けていった先に、ひとりの女性が立っていた。


「ん?」


 と、カホカが思ったのは、その時である。


 その女性は、露店の陳列棚に載せられた商品を一心に見つめていた。カホカよりも年上のようだが、若く、年頃の娘だ。


 雑多な景色のなかで、彼女だけがカホカの眼に留まった。気楽な雰囲気のなか、商品を見つめる瞳は真剣そのもので、背筋はぴんと伸びている。頭を簡単に布で覆い、高めの襟のついた薄手のシャツの上に、首元のゆったりとした胴衣を膝まで垂らし、動きやすそうな細身のズボンと長靴(ブーツ)を履いていた。


 男女兼用そうな出で立ちにもかかわらず、女性らしさを感じさせる着こなしに、カホカは感心しつつも懐から銅貨を一枚、素早く取り出した。


 ──よっと。


 銅貨を指で弾く。


 弾かれた銅貨は大勢の客の間をすり抜け、狙い通り、駆けていく子供の首裏に命中する、はずだった。

 だが、銅貨はその女の手によって受け止められてしまった。まるでこちらを意識していないような素振りを見せながら、露店の商品を取るついでといった感じで、簡単に銅貨を掴み取ったのだ。


「……マジすか」


 つぶやかずにはいられなかった。


 カホカほどの武術に秀でた者の眼にも、あまりに無駄のない動きだった。


『できる』


 そう瞬時に判断した。安く見積もって自分と同等、いや、それ以上の腕はありそうだ。


 ──やっぱり王都ってのはすごいところだな。


 悔しさは特になかった。強さを比べることに拘泥(こうでい)のないカホカである。あっさり降参といった具合に両手を頭の後ろに組み、いまだ熱心に商品を見つめる女の脇から、ひょいと顔をのぞかせた。


 (はた)から見れば、若い娘がふたり、買い物を楽しんでいるようにしか見えない。


「それ、何?」


 我慢できずに声をかけてみる。


 女の手にあるのは、木彫りの置物だった。口から長い二本の牙を伸ばし、荒々しい形相を作っている。


「わからない。怒っているようだが、笑っているようにも見える。不思議だ」

「ふぅん」


 アンタのほうがよっぽど不思議だけど、そう思っていると、ようやく女がカホカを見下ろした。


 紫の瞳が、かすかな笑みを含んでいる。


「礼を言おう──ありがとう」


 紫水晶(アメジスト)を瞳に()めた、白磁の女神像に礼を言われた気分だった。同性であるカホカから見ても、信じられないほどの美しさである。


「お礼を言われるってことは、アンタも気づいてたんだ?」


 ティアとどっちがキレイだろう、ついそんなことを考えながらカホカが訊くと、


「ああ」


 と、女は向こう側へと視線を向けた。すでに子供はいずこかへと走り去ってしまっている。


「変わり者だねぇ」


 カホカは思ったことをそのまま口にした。


「気づいてて財布を()られるなんて、あげるようなものじゃない?」


 子供は、掏摸(スリ)だった。それに気づいたカホカが奪い返そうと銅貨を投げたところ、当の被害者である女が止めてしまったのだから、カホカとしては訊かずにはいられない。


「あげたんだ」


 女はあっさりと答えた。


「アンタがいいんならそれでいいけど」


 でもさ、とカホカはやはり言わずにはいられない。


「あの子供、また繰り返すんじゃない? アンタじゃなくって、別の人に」

「かもしれない」


 これまた女はあっさりと認めながら、


「職業柄、人を罰したり、傷つけてばかりなんだ。だから、たまには別の方法で人を()かすことはできないか、とつい思ってしまった。──だが、もうこれは買えないな」


 女は苦笑するように言って、木彫りの置物を陳列棚に戻す。


 ……これを買おうと思ってたのか。


 人の好みは千差万別ではあるものの、なかなか変わった趣味である。


 ──この人、面白い人かも。


 奇貨(きか)()くべし、という言葉を知るはずもないカホカだが、変わった物に惹かれる性質らしい。


「これ、ちょうだい」


 女が戻した木彫りをカホカは指さし、店の商人に金を払う。


 怪訝な表情でその様子を見ている女を尻目に、カホカは木彫りを手に取ると、それを女に差し出した。


「はいこれ、あげる」

「なぜだ?」


 女はにわかに表情を(くも)らせた。


「受け取れない。私はそんなことを頼んだつもりはない」

「アタシも頼まれた覚えはないよ」


 カホカはひひ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「これは親愛の印ってやつ。だからアンタも私に親愛の印をちょうだい。ちょうど甘い物が欲しいなーって思ってたところなんだ」


 それにさ、とカホカは付け加える。


「買ってはみたものの、これ、ぜんぜんアタシの趣味じゃないんだ。てゆーかけっこう悪趣味だなーとか思ってたりして。だから宿に帰っても捨てちゃうだけかも」


 ためらいもなく言うと、女は目を丸くした。横で話を聞いていた商人がこれでもかというくらいのしかめっ面を作っている。


「そうか」


 女の相好が、ふっと崩れた。


「この良さがわからないとは、センスがないな」


 そう言って、女はカホカの差し出した木彫りの像を受け取る。


「アタシの名前はカホカ。カホカ=ツェン」

「私は……そうだな、サティと呼んでくれ」

「サティ?」

「サティアだからな」

「へぇ、そうなんだ。奇遇だね」

「奇遇?」

「アタシの連れにね、名前が似てるなって思ってさ」

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