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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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23 遭遇Ⅰ

 朝食を済ませ、ファン・ミリアは屋敷を出た。というより追い出された。


「困った……」


 行く当てもなく道を歩く。顔には悲壮感さえ漂わせていた。


 ファン・ミリアには懇意(こんい)な間柄の男性などいない。


 王都での生活は仕事一辺倒なため、どうしても人間関係が偏ってしまう。


 強いてファン・ミリアが頼み事を言える男性はといえば団長のジルドレッドぐらいなものだが、彼は上司であるし、妻帯者でもある。「私の家に来てもらえませんか」などとは冗談でも言えない。そうかといって部下の団員を誘うのも今後の関係に支障が出そうでためらわれた。副団長のベイカーなら事情を話せば付き合ってもらえそうだが、多忙な彼に頼むのも気が引ける。


「いや、そういうことではない」


 我ながら思う。


 おそらくルクレツィアは、仕事以外の生活を充実させろと言いたいのだろう。


 男性に限らず、この王都においてファン・ミリアが親しい友人と呼べるのはルクレツィアだけだ。


 ──これでは余裕がないと言われても仕方がないのかもしれない。


 彼女が来てくれて以降、寂しいと感じることはなかったが、その安心感がかえってファン・ミリアの生活を固着させてしまっていた。


 ──よくできた妻を得た夫とはこういう気分なのだろうか。


 そんなことを考えてみる。


 だが、ルクレツィアは従者であって妻ではない。いつかは結婚し、家庭を築いていくにちがいないのだ。


 そうであってほしいとも思う。


 そのあたりに関しては、ファン・ミリアとてひとりの女である。


 他より上等なものではないにせよ、一片の女心ぐらいは持っている。


 心の底では、ルクレツィアが言うところの『素敵な殿方』なる者が現れることを、まったく望んでないと言えば嘘になる。


 しかしその一方で、家庭を持つ自分が想像できないのも事実だ。


 ラズドリアで、それこそ神託を受ける前のただの娘であったときは、漠然とではあるものの、いつかは親に紹介された男性とでも結婚し、家庭を作るのだろうと考えていた時期もあった。


 それが神託を受けてから、すべてが変わってしまった。


 今では、結婚願望がないのも、家庭を作りたいと思えないのも、自分が神に(めと)られたからだと信じている。


 また、それとは別に、ファン・ミリアには他人にはけっして言えない聖女としての悩みがあった。


 純潔を失ってしまえば、神の力をも失われてしまうのではないか、という(おそ)れである。


 そうなってしまったら、多くの人々の悲しみを減らす、というファン・ミリアの理想は果たせなくなってしまう。


 理想か、個人の幸福かのどちらかを選べと言われれば、ファン・ミリアは迷わず前者を取るだろう。だからこその現状だというのなら、甘んじて受ける覚悟はある。


 もっとも、ルクレツィアにしろ、そこまでの無理強いを望んでいるわけではないだろう。


 すこしでも自分の生活を楽しめ、と励ましてくれているだけなのだ。


「なかなか難しい任務だ……」


 さすがに素敵な殿方を連れて帰る自信はないが、せめて親友を納得させる程度の成果は欲しいところだ。


 そもそも、とファン・ミリアは考える。


 自分に好意を寄せてくれる男性がいるのか、という話である。


 第一王子のウラスロからは晩餐会に出るよう、しきりに誘われはするが、その本意が見えない。


 見たいとも思わない。


 すでに彼女の出席する晩餐会を四日後に控えているが、ファン・ミリアはできるだけ考えないようにしていた。考え出せば憂鬱になるのがわかりきっているし、出席はあくまでシフル領を得るために過ぎない。


「そう……シフル領」


 ファン・ミリアは思い至る。


「タオ=シフルか……」


 つぶやいてみる。


 これまで数多くの戦友を失ってきたファン・ミリアである。正式団員でさえなかった彼の死を、いつまでも(いた)んでいる自分が不思議でならなかった。


 返す返す惜しまれるが、本来であれば早々に割り切ってしかるべき事柄なのだ。


 ──わかっているのに、それができない。


 死の間際、人が見せる表情はさまざまだ。


 生への執着に、死にたくないと泣く者、死を受け入れ、笑う者。


 良い悪いの問題ではない。それぞれが自分の死と真摯に向き合った結果なのだ。どれだけ無様な顔を見せる者であったとしても、けっしてそれを情けないとは思わないし、むしろ、それが命ある生き物として当然の(さが)なのだと思う。


 けれど、そのすべてを超えて、タオ=シフルの死はあった。


 ファン・ミリアの胸に刻み込まれた彼の死は、今も、鮮やかな痛みとともに熱を発し続けている。


 武人として、ひとりの人間として、あるべき姿を見た気がした。


 ──どうしようもないくらい、魂がふるえた。


 ファン・ミリアは自分の手のひらを広げる。


 いまも彼のことを想うだけで、胸の熱さを感じ、手に汗が浮かぶほどだった。


「もしタオ=シフルが生きてくれていれば、間違いなく彼を誘っただろうに……」


 死の間際、大切な者たちのために墓を作ろうと、ファン・ミリアの腕から逃れようとした彼の弱々しさや、それを止めさせようと抱きしめたこの手の感覚が、いまも忘れられない。


 ぜひとも話してみたい。話を聞かせてほしい。彼の夢や理想、それだけではない、どんな話に笑顔を見せてくれるのか……。


 いや、と、ファン・ミリアは自分の考えを振り払う。


 もし彼が生きていれば、おそらく聖騎士団員になっていたはずだ。そんな彼を自分が誘うわけにはいかない。


 と、そこまで考え、いや、ちがうだろう、とさらに否定する。


 そもそも彼はすでにこの世にはいないのだ。


『もし』の話に『もし』を重ねても仕方がない。


 しかし一度考えはじめると、いつまでもタオ=シフルが頭から去ってくれない。


 自分でもわからず困惑していると、


「お疲れさまです」


 と、声をかけられた。顔を上げると、いつの間にかファン・ミリアは自分が内門まで歩いてきてしまったことに気がついた。


 声をかけてきたのは門兵である。


 ファン・ミリアはすぐに表情を引き締め、「ご苦労」とだけ返して門を出た。手首に巻き留めておいたターバンを頭に巻きはじめる。


 彼女を特徴づける要素は三つ。群青色(ウルトラマリン)のマントと、紫の瞳と、ストロベリーブロンドの髪である。いまは私服でマントを身に着けていない。さすがに瞳の色を隠すことはできないが、髪を隠すだけでも本人だと気づかれる可能性が低くなる。


 これらはすべてファン・ミリアが経験で学んだことだった。


 まだ王都での生活をはじめたばかりの頃、不用意に内門を出てしまい、大変な目に遭ったのだ。ただ買い物をするつもりの気楽な外出が、あっという間に大勢の人に取り囲まれ、生き神のごとく拝まれてしまい、早々に引き返す羽目になってしまった。


 ──そういえば、買い物もずいぶんご無沙汰になっている。


 必要なものはすべてルクレツィアが買い揃えてくれている。自分の着る服でさえ彼女に任せきりになってしまっていた。出不精ということもあるが、自分で選ぶより、ルクレツィアに選んでもらった方がはるかにセンスの良い服を着ることができるからだ。


「こういうところがいけないのかもしれない」


 間がいいことに、今日は広場で市が立つ日である。


 ──足を()ばしてみるか。


 ファン・ミリアは目抜き通りを広場へと歩きはじめた。

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