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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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20 ティアの道Ⅲ‐対談(2)

 よほど眠いのか、イスラは早々にティアの影に引っ込んでしまった。


 ティアは居住まいを正すと、


「私は吸血鬼(ヴァンパイア)です」


 すでに伝えたことを、あえて強調する。


「人の眼に、私は化け物に映ると思います」


 トナーからの返事はなかった。指で顎先をつまみながら、じっとこちらを見つめている。


「そんな私が、これから先、どう生きていけばいいか……」

「どう生きればいいか、ですか」


 穏やかな口調はそのままに、トナーは神妙な面持ちを作る。


「まず、私は吸血鬼としての正しい生き方を知る者ではありません。またその闇の力が如何なるものかも知りません。そこでお聞きしたいのですが、ティアさんはあくまで人としての生き方を望んでいる、ということですか?」

「人の心を失うつもりも、失ったつもりもありません」


 ティアは強くうなずいたものの、しかし、声を落とした。


「ですが、一度仲間の血を飲みました」


 その時、自分は人としての心を忘れてしまっていた。後からイスラから聞いた話では、それは必ずしも起こり得るものではなく、むしろ例外的なことらしいが、吸血鬼ゆえの危険性であることに間違いないだろう。


 そのうえで、夜しか動くことができないことや、吸血鬼の権能──他者や他種族を支配できること、他にも蝙蝠になる能力など、ティアが吸血鬼としての自分を伝えると、


「なるほど」


 と、トナーは相変わらずの相槌を打ち、


「ティアさんは、私が思っていた以上に自分を冷静に見つめているようですね」


 そう言って、笑顔を浮かべた。


「そうでしょうか」

「自分が危険かもしれない。そう思える人間は、たいてい危険な人間ではありません。ですが、それはあくまで人間に限った話であって、吸血鬼であるティアさんが自分を危険だと思って思いすぎることはないのかもしれません」


 ティアはうなずく。


「それにしても驚きです」


 しかし、トナーに驚いた様子は見られない。平静(へいせい)の口調である。


「人間であったタオ君が、一度は生を失ったものの、神の力を受けて再び現世へと蘇った。吸血鬼の出生がそのような仕組みになっていたとは」

「私にもよくわからないのですが」


 そこで、ティアはついさっき、大鐘楼でイスラと交わした言葉を思い出した。


「イスラによると、私が吸血鬼になるかどうかは、イスラが決めたことではないようです」

「と、言いますと?」

「吸血鬼になることを選んだのは、私自身なのだと」

「──ほう」


 トナーの瞳の光が、にわかに強くなった。


「それは、非常に興味深い話です。しかしティアさんの話し方から察するに、ご自身で吸血鬼になることを望んだわけでもなさそうに聞こえますが」

「はい」


 その通りだったので、ティアはうなずいた。


「無意識で選んだ、ということですか?」

「そこまでは……ただ、自分から進んで吸血鬼になろうとした記憶はありません」


 そうとしか言いようがなかった。無意識で選んだのだと言われてしまえば、ティアには反論のしようがない。自分の寝言を自分で聞くことはできないのだ。


「なるほど」


 机の上あたりに視線を落とし、トナーは考え込む。これまで何を言っても穏やかだったトナーの雰囲気が、森閑として深みを帯びるようだった。


「ひとつ確認したいことがあります──」


 トナーが顔を上げた。


「吸血鬼になることをティアさんが選んだ。このことについて、イスラさんは何と?」

「それ以上のことは何も……。後は自分で考えろ、という感じです」

「考えろ、とは何についてのことでしょうか?」


「ああ──」とティアが思い至り、大鐘楼(だいしょうろう)でのイスラとの会話をできる限り詳しく伝えたところ、どういうわけかトナーが目を見張った。


「これは……凄まじい話だ」


 今度は本当に驚きを隠さず、大きく開かれた胡桃(くるみ)色の瞳が、まばたきもせずティアを見つめてくる。吸血鬼の能力を伝えた時とは、明らかに反応がちがう。

「凄まじい、ですか?」


 ティアは不思議だった。吸血鬼であることよりも、吸血鬼になったことのほうがトナーの反応が強い。


「ちょっと待ってください」


 どこかあわてた様子でトナーが手を上げた。


「すこしイスラさんにお聞きしたいことがあるのですが」


 わかりました、とティアは頭の中でイスラに声をかける。けれど──


「……反応が、ない」


 ティアはぽつりとこぼした。


「どういうことですか?」

「どうやら眠ってしまったようです」


 苦笑してティアが肩をすくめると、トナーは「そうですか」と、どこか腑に落ちた笑顔を浮かべた。かと思うと、すぐまた真剣な顔つきに戻る。


「すべてわかりました」


 トナーは確信めいた口調で、


「ティアさんがなぜ吸血鬼になったのかも、すべて」

「どういうことでしょうか?」

「イスラさんは、とても優しい神のようですね」


 だしぬけに言われ、ティアは首を傾げた。イスラが優しい──たしかにそうかもしれないが、どのような意図でトナーがその言葉を口にしたのか。


「それは──」


 どいうことかとティアが訊くと、


「私から見て、ティアさんの進むべき道は決まっているようです」

「私の……」

「ですが、残念ながら私の口からお伝えすることはできません。なぜなら、私やイスラさんの思う『道』とは、ティアさん自身が選び取らなければ意味がないからです。正解を伝えた瞬間、それは正解ではなくなってしまう。そういう類のものだからです」


 ティアが返答に窮していると、それだけではありません、とトナーが続けた。


「その道が、大変な茨の道であることがわかりきっているからです。むしろその道を選んだがゆえに、ティアさんは多くを悩み、苦労を背負うことが目に見えている。場合によっては後悔するかもしれない。だからこそ、イスラさんはあなたが自由に道を選び取ることができるよう、『よくよく考えろ』という言葉だけを伝えたのでしょう」

「……それほど私の道は険しいものだと?」

「辛く、険しい道です」


 トナーは断言する。


「──ただ、ここで重要となるのはやはり、ティアさんの心です。ティアさんが復讐(ふくしゅう)のみを目指したとしても、それはティアさん自身が選んだ道です。イスラさんはきっと、あなたを責めるようなことはしないと思いますよ」

「でも、先生やイスラはそれが正解ではないと知っている?」 

「そうですね、正解ではありません。かと言って、間違っているというわけでもない。故郷を奪われたティアさんの苦しみと悲しみは、ティアさんにしかわからない。復讐の鬼と化したあなたを責める資格のある者など、この世にはいません」

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