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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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18 ティアの道Ⅰ‐夜景

 三日月が夜空の隅にかかっている。


 ふと、イスラが西の方角へ顔を向けた。


 遠くの声を聞くように、耳をそばだてている。


「どうかしたのか?」

「いや……」


 ティアが訊くと、イスラは「何でもない」と、王都の街並みへ視線を戻した。


 王都の、広場にそびえる大鐘楼の上だった。夜のもっとも深い時間にもかかわらず、街の明かりは多い。特に内門から王城へかけての貴族街は、そこら中に明かりが灯っていた。


 カホカが眠りにつくのを見計らい、ティアはイスラを誘って夜の街へと出た。イスラは昼間もカホカに付き添っていたため、かなり眠そうだったが、それでもとティアが頼むとしぶしぶついてきてくれた。


 ティアは塔の鐘部屋のさらに上、円蓋を支える柱の横木に腰かけていた。


 尻を乗せる程度の幅しかないため、ティアは虚空へと足をぶらつかせ、一方のイスラも横木の上に胴体だけを乗せ、四肢をはみ出させている。なかなか面白味のある姿だった。


「王都か……」


 ティアは小声でつぶやく。


 リュニオスハートで回り道をすることになったが、とうとう自分は王都に到着したのだ。


万感(ばんかん)胸に迫るといったところか?」

「そうだな……」


 さまざまな想いが胸に迫るのはたしかだった。


 タオ=シフルとしての自分は、この王都を目指していた。


 その王都でいま自分が思うこと。


「聖騎士団か……」


 タオ=シフルというひとりの少年が目指した夢は、いまもまだこの王都の空をさまよっているのだろうか。


 吸血鬼となった自分が、代わりに引き継いだもの。


 それは聖騎士となる夢ではなかった。


 シフルの民の無念が、槍に貫かれた家族の姿が、その恐怖と苦痛に歪んだ顔が、ティアがタオでいることを許さない。


 ──許してはくれないんだ……。


 許してくれないのは、去ってしまった者たちの想いか。


 それとも、自分自身の心か。


 ウラスロを憎み、復讐(ふくしゅう)をと望む気持ちは、ティアのものか、皆のものか。


 それとも、タオ=シフルの心か。


 胸の(うち)で黒く渦巻く想いが強まるほどに、頭は何も考えられなくなっていく。


 自分がなすべきこと。


 ──ウラスロを殺してさえしまえば、すべてが楽になる。


 そんな気もする。


「……ウラスロを殺し、化け物になった自分をも滅ぼしてしまえば、何も想い悩む必要はないのかもしれない」


 ティアは顔を伏せた。


「……そうすれば、あとは静かな死が待つだけ」

「であれば、悩む必要はあるまい」


 イスラの声に、ティアが顔を上げると、


「かつて私はお前に問うた。闇に乗じてウラスロを拉致し、拷問の果てに死にいたらしめれば満足か、と」


 イスラは王都の街並みを眠そうに見つめている。


 その質問を、ティアは覚えている。王都へ向かう旅をはじめる前、教会に近い森の泉でのことだった。


 自分は答えられなかった。「わからない」と、そう言ったのだ。


 その答えにはまだ、届いていない。


 復讐をしたい、しなければならない。


 ウラスロを殺したい、殺さなければならない。


 そう思うのに……。


「──何もせず、安穏と生き残っていくために、イスラはオレを吸血鬼にしたわけじゃない」

「さもありなん」

「オレは、人の血を(すす)って生き延びるだけの、ただの化け物になりたくない」


 自分の心を確認しながら、ティアは言葉を紡ぐ。


 イスラが、溜息をつく気配がした。


「だから復讐を遂げる、ということか?」

「それ以外に、オレが生き返った理由が見つからない」

「お前は(しん)に何もわかっておらぬ」


 ティアがその言葉の意味を測りかねていると、


「馬鹿もここまで極まったかと言うておる」


 (あざけ)る口調で言われ、ティアはむっとイスラを睨み据えた。


「お前は、この王都に来るまで、何を見、何を聞いた?」

「どういう意味だ?」


 ようやくイスラがこちらを見た。琥珀の瞳が涼しげにティアへと向く。


「馬鹿の貴様に言っておく。──ただひとりの人間を殺すのに、吸血鬼の力は過分に過ぎる」


 やはり意味がわからず、ティアが黙っていると、


「逆に言えば、制約が大きすぎる、ということじゃ。私はお前に吸血鬼となるきっかけを用意してやったが、だからと言って誰もが吸血鬼として蘇るわけではない。むしろ、なるかならぬかはお前の素質に()るところが大きい」

「……オレの、素質?」

「他でもない、お前自身が吸血鬼となることを選び取った、ということじゃ」

「……」

「よくよく考えよ。自分がなぜ吸血鬼となったか。復讐とは、何をもって復讐とするのかを」

「何をもって復讐とするか……」


 イスラの言葉を、ティアは反芻する。


 しかし、ティアの思考は中断を余儀なくされてしまう。


 ティアはゆっくりと、不自然な動きにならぬよう周囲に気を配った。


 イスラと会話をはじめたあたりから、ずっと感じていたことがある。


「イスラ、オレの思い違いかもしれないんだが……」


 気のせいかもしれないと思いつつ、おそるおそる口を開くと、


「ではないようじゃな」

「やはり、か」


 イスラはとっくに気づいていたようだ。


 ティアは眼下の景色を見渡した。


「どこかから視線を感じる」


 先ほどから、ずっとこちらをうかがってくる視線がある。単純な好奇によるものとは思えなかった。力のある者の、あえてこちらに気づかせるのを意図した、(ねぶ)るような視線だ。


「挑発しておるのう」

「イスラもそう思うか」


 ティアは誘導されるように瞳を持ち上げていく。


 ──東。


 内門よりも、さらに東。


 ようやくティアの瞳の動きが止まった。


 それは、王都にあってもっとも高い位置にあり、そしてもっとも明かりが密集している場所だった。


「……ウル・エピテス城」


 無数の建物群と、数え切れぬほどの尖塔。


 ──間違いなく、視線の主はあの王城にいる。


 ティアは確信して、夜風に目を細める。灰褐色の瞳をわずかに赤くさせると、ティアの視線から隠れるように、むこうからの視線が外された。


「お前が気づいたのがわかったようじゃな」

「嫌な視線だ……」


 ティアは言葉に険を込める。とても暗く、陰気な力を感じた。


「さしずめ挨拶がわり、といったところかのう」

「ああ」


 ティアはイスラの言葉に同意し、


「……誘い込むつもりなのか」


 まるでティアに対し、城に来いとでも言わんばかりだった。


「そう決めつけるのも早計じゃな。こちらに関わるなという警告とも取れる」

「どちらにしても、あの城には何かが潜んでいる」


 何か、とても不吉なものが。それがウラスロに関わることなのか、どうか。


「とりあえず、ここを離れたほうがよさそうだ」


 言い、ティアは無造作に身体を背後に倒した。


 そのまま真っ逆さまに落下しながら、大鐘楼の円蓋(えんがい)の影にティアの身体が隠れた──そう思った時にはもう、ティアの姿はなくなっている。


 ◇


 再びティアが姿を現したのは、広場の通りを路地へと入った小道だった。


『宿への道とはちがうの』

『人に会いに行く』

『この時間にか?』

『夜行性の人だからな』

『何者じゃ』


 訊かれ、ティアはすこしだけ考える。


『先生、かな。これからの自分について、ずっと聞こうと思っていたんだ』


 ほう、とイスラの興味が引かれたようだ。


『お前の師匠とやらは王都にはおらぬのではないか?』


 ちがう、とティアは頭を振った。


『師匠とは別人だ。先生と呼んでいたのは父上だな。オレは子供の頃に一度だけ会ったきりだが、父上に師匠を紹介してくれた人でもある。博識で顔が広く、人物鑑定にも秀でた人らしい』


 実はティア──タオがはじめて王都に上ったのも、父親であるシフル卿がこの『先生』に教えを請うためだった。その日にタオは聖騎士団長のジルドレッドの叙任パレードに出くわし、聖騎士への憧れと夢を持つことになったのを考えると、人生とはいよいよ奇妙なものに思えてくる。


「イスラはどうする?」と、ティアが訊くと、

『よかろう。私も行く』


 二つ返事でイスラが答えた。

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