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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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16 ブラックスミスⅡ

 きょとんとする少女の前で、ボーシュは立ち上がった。


「お前の得物は細剣(レイピア)か、弓か?」


 非力な女の扱える武器は限られている。この少女の細腕ならばなおさらだろう。


 (たる)に突っ込んである様々な武器を親指でさしながら、ボーシュが尋ねると、


「アタシはこれ」


 少女は威勢よく、右の拳で左の掌を打つ。


「体術だよ」


 少女が得意げに言うのを、ボーシュはふん、と鼻を鳴らして応える。


 ──やはり、口だけか。


 女でまともな体術を使える人間など、そうそういるものではない。


 思いながら、樽ではなく、棚から盾を持ち出してくる。


「お前の腕前を見せてみろ。この盾を凹ませることができれば武器を作るのを考えてやってもいい。手を抜いてあとで言い訳するなよ。全力でやれ」


 言いながら、少女に盾を手渡す。(たわむ)れにボーシュが製作した盾だが、並みのそれより強度はあるはずだ。


 少女は受け取った盾をまじまじと見下ろしている。指でコンコン、と盾を叩き、


「全力で、これを凹ませればいいの?」

怖気(おじけ)づいたか?」


 ボーシュがいくぶん(あなど)った笑みを浮かべると、少女は「うーん」と、もう一度盾に視線を落とした。


「斬っちゃだめ? それとも触ってもいいの?」

「何を言っている?」


 ボーシュは呆れる気分だった。


「お前が自分で体術だと言ったんだろう。殴ろうが蹴ろうが好きにしろ。とにかく凹ませれば合格だ」


 そう説明してやると、


「全力で?」と少女から重ねて訊かれた。

「だから、さっきからそう言っているだろう」


 いい加減、うんざりした気分で答えると、「じゃ、いらない」と少女が盾を返してきた。


「つまり、白旗を()げるってことでいいのか?」

「じゃなくって……」


 少女は店内を見回すと、店頭に飾ってある鎧を指し示した。


「あれでいいよ」

「あれって、お前」


 冗談だろう? とボーシュは思った。少女が指定してきた鎧こそ、ボーシュが腕試しに作った親方作品(マスターピース)である。ボーシュの専門は武器のため、防具に関してはまだまだ研究中だが、それでも悪くない出来だと自負している作品だった。


「あれを凹ませることができるのか、お前は?」

「全力なんでしょ? 凹ませるより、もっと面白いものを見せてあげる」

「面白いもの?」


 少女はそれには答えず、椅子から立ち上がると両袖をまくりあげた。それから床に座り込み、長靴(ブーツ)を脱いで裸足になる。


「すっごく久しぶりにやるから、うまくいくといいんだけど」


 少女は屈伸をしたり、腕を伸ばしはじめる。


 そうして準備が終わると、鎧の前に立った。


 構えの姿勢を取る。


 右足を引き、大きくガニ股に開いた。右手の甲を下にして、引き手の位置に置く。左は不自然なほどに力が入っておらず、だらりと下に落ちている。


 素人目にもわかる流麗な身のこなしに、ボーシュは目が離せなくなる。


 少女は瞳を閉じ、すぅぅ、と深く息を吸う。


 下ろした左の腕が、振り子のように動きはじめた。


 ふぅぅ、と細く息を吐く。


 そうしながら、振り子の動きがすこしずつ大きくなっていく。


 部屋が、異様な緊張感に包まれていた。ボーシュは食い入るようにカホカを見つめる。


 少女の呼吸に連動して、振り子の幅がいよいよ長くなる。


 左腕が床と平行になり、ぴたりと止まった。


 少女の碧い瞳がゆっくりと開かれる。


「……イチ……ニィ……」


 サン、という言葉とともに、右の拳が突き出された。


 突きの速度は速くなかった。むしろ、遅い。ボーシュにさえ、はっきりと視認できるほどだった。力もほとんど込められていないのか、トン、と鎧の中央部分を軽く小突く程度の威力しかなかった。


 少女が拳を解き、終わったとばかりに平生の姿勢に戻る。


「まぁまぁ、かな」


 言って、茶目っ気たっぷりに笑う。


「……何だったんだ?」


 気がつくとボーシュは尋ねていた。先ほどの娘の雰囲気が、けっしてごまかしやフリなどではないことはわかる。けれど、その意図がまったく見えなかった。


 すると、少女は「見てみ」と、鎧を示す。


 鎧へと視線をやったボーシュは、言葉を失った。


 少女が拳を当てた部分が、ひとりでに凹みはじめた。というより、渦を巻く力が加えられたように、鎧の中央が反時計回りに大きくねじれはじめた。


「これは……!」


 ねじれの範囲が徐々に広がっていき、やがて鎧全体を巻き込むほどになった。


 それからの変化は劇的に過ぎた。ひしゃげた鎧が高い金属音を発しながら、みるみるうちに小さくなっていく。鎧はあっという間に拳ほどの大きさの球体に変わってしまった。


「いったい、何が起こったんだ……?」


 ありえない現象を目の当たりにしている。ボーシュは地面に落ちたその球を拾った。素材は間違いなく鎧のものと同じだった。


「ほんとはさ、もっと小さくしたかったんだよね」


 これくらいに、と、少女は親指と人差し指で円を作る。


「なぜ、こんなことができるんだ?」


 ボーシュは信じられない気分で少女を見上げた。


「や、自分でやっててよくわかんないだけどさ」


 少女はさっさと両袖を戻しながら、


「拳で波のように衝撃を加えるっていうのはよくあるんだけど、それを応用したんだよ。なんつーか、こう、まず衝撃の波を鎧に送り込んでやるでしょ。で、その波が後で渦になるように、こう、ぎゅるっと」


 まぁ、実戦では使えないんだけどさ、と少女は苦笑する。


 ボーシュは手に持った球に食い入るように見つめながら、


「……お前の名前は?」


 訊くと、少女は「カホカ=ツェン」と名乗った。長靴を()きながら「カホカでいいよ」と。


「……カホカ、言え。お前が欲しい物を作ってやる」

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