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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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15 ブラックスミスⅠ

 正門である西門から目抜き通りを東へ進めば、広場に出る。


 その広場をさらに東へ進み、内門手前を南に折れると、職人たちの工房が密集する区画に入る。


 武器工房『ガルタ』。


 店主であり、親方でもあるボーシュ=ガルタが早めの夕食を摂っていると、「親方!」と徒弟の少年が慌ただしく部屋に駆け込んできた。


「騒々しいぞ。片付けは終わったのか?」

「あ、はい。ほとんど」


 少年はとりあえず答えたものの、すぐまた焦った様子で、


「親方、お客さんです」

「もう店じまいだ。また明日来いと伝えろ。いや──」


 ボーシュは皮肉っぽい笑みを浮かべる。


「来なくてもいいぞ、ってな」

「そう伝えたんですけど……」


 少年は、自分の親方が客を皮肉る物言いをすることに慣れている。普通の客ならいちいち確認を取るまでもなくそう伝えるのだが、今回の客は毛色がちがった。


 いつまでたっても立ち去ろうとしない弟子に、ボーシュは怪訝(けげん)に思う。


「どうした?」

「その……」


 少年はひどく言いづらそうに口ごもる。「言ってみろ」とボーシュが話の先を促してやると、


「そのお客さんが、親方の娘だって……」

「娘?」

「そう言ってます」


 ボーシュは宙に視線を投げた。心当たりは、まったくない。


「わかった」とボーシュは言って、


「これを食ったら行くと伝えろ」

「わかりました」


 徒弟の少年はうなずくと、入って来た時と同じように、慌ただしく部屋を出ていった。


 ◇


 夕食を食べ終え、ボーシュが店に出てみると、


「やっほー」


 と、応接用の椅子に座り、まったくの初対面の少女がこちらに手を振ってくる。癖のない黒髪を頭の後ろで結い上げ、よく動く碧い瞳は円らで、猫のような印象を受けた。着ている服も上衣の裾が極端に長い、ボーシュがはじめて目にする作りだった。


「うちの徒弟に面白いことを言ってくれたそうだな」


 愛想のない表情で少女の前に座る。ボーシュは髪を短く刈っているためわかりにくいが、髪の色は金である。瞳の色は茶で、体格も大柄だった。少女とは似ても似つかない。


「そうなの!」


 と、少女は両手を組み、いじらしく頬に当てた。


「お父さん! アタシ会いたかった!」


 妙に芝居がかった台詞に、ボーシュは足を組んだ。ついでに腕も組む。


「で、何が狙いだ?」

「武器作ってよ、熊のおっさん」


 悪びれもせず少女が言ってくる。熊とはよく言ったもので、実際にギルドの仲間内ではその愛称で通っていた。ボーシュは大柄の上、顔中に髭を生やしている。


「お前、ここがどこかわかって来てるのか? ここは玩具(おもちゃ)屋じゃない」


 ボーシュが言うと、


「熊が冗談いってら」


 ひひ、と少女は笑う。


「玩具屋だったら、アタシが来るわけないじゃん」


 一応、知っては来ているようだ。


「悪いが、オレは小娘に武器を作ってやるほど落ちぶれちゃいない」

「ああ、それはよかった」

「……何のことだ?」


 ついボーシュは首を傾げる。断ったはずなのに笑顔を浮かべる客ははじめてだ。


「ルーシ人には売らないって言われるのが一番困るからさ」


 なるほどな、とボーシュは得心した。黒い髪に、碧い瞳。たしかに娘はルーシ人の特徴を持っている。


「俺は客を人種や民族で選ばん」

「へぇ」


 ボーシュの言葉に、少女がさらに笑う。とても嬉しそうな笑顔だった。


 すでに初老にさしかかっているボーシュではあるが、不覚にもその笑顔に惹き込まれそうになり、あわてて咳払いをした。


「人種で客は選ばないけど、小娘には売らないんだ?」

「小娘は客じゃないからな」


 ついでに聞いておくが、とボーシュは少女に尋ねる。


「お前は貴族か?」

「んー……」


 少女は指の腹で下唇をこすった。


「元、かな。いまはちがう」


 いまいちわかりにくい返答である。が、構わずボーシュは続けた。


「俺は貴族には武器を作らないと決めている。他にも元貴族で小娘にも作らないと決めている」

「なんで?」


 率直な質問に、「武器が泣く」とボーシュは答えた。


「俺は人種で客を選ばんが、腕のない人間のために作ってやるような商売はしていない。貴族の連中は、俺の作品を飾りのようにしか思っていない。いや、使われないだけまだマシなのかもしれん。能力のない奴に武器を作ってやったところで、無益な殺生を助けてやるようなものだからな」


 その言葉には、彼の信念が込められていた。


 ボーシュ=ガルタ。


 知る人ぞ知る、ゲーケルンの武器職人(ブラックスミス)である。その腕は王都一との呼び声も高いが、一方で偏屈者としても知られていた。自分の眼鏡にかなう客にしか武器を作らないため、その腕ほど名は知られていなかった。


 が、それを本人は気にさえしていない。


「へぇ!」


 少女はまた嬉しそうに瞳を輝かせた。


「いいね、そういうの。すごくいいと思う! 熊のおっさん、やっぱりアンタがアタシの武器、作ってよ!」

「お前、俺の話を聞いていたのか?」


 本当にこの小娘は自分の言葉を理解しているのだろうか。ボーシュが本気で疑いはじめていると、


「要するに、腕が立って、無駄な殺生をしない奴になら作ってやってもいいってことでしょ?」

「まぁ、そういうことだ」


 どうやら話は通じているらしい。


「お前は、自分がそうだと思っているのか?」


 ボーシュが訊くと、少女は「うーん」と首をひねる。


「ちなみに、腕が立つってのは、強いってこと?」

「まぁ、そうだ」


 すると、少女は困ったような表情を作る。


「面と向かって聞かれると、ちょっと悩む」

「どういう意味だ」

「それがさぁ」


 と、少女は話しはじめた。まるでここが自分の家で、気の置けない友人にでも話すような口ぶりだ。


「アタシ、ずっと自分が強いと思ってたんだよね。今でも腕は立つほうだと思ってるんだけどさ」


 ボーシュの眉が、ぴくりと動いた。


「でもさ、腕が立つからって、強いわけじゃないんだよね。ってことに、最近気づいちゃってさ」


 へへ、といささかばつが悪そうに少女は頭を掻く。


 ──この小娘は、ただの小娘ではないかもしれん。


 すくなくとも、彼女のような年齢で、その言葉を口にできる人間は多くない。


 ボーシュは組んだ腕と足を戻した。その瞳が、真剣味を帯びはじめている。


 少女はそれには気づかない様子で思い出話を語る。


「昔さ、アタシよりぜんぜん弱い奴がいて、でも、アタシよりそいつのほうが強いって師匠から言われたことがあって……その時はよくわかんなかったけど」


 少女は悲しそうな、それでいて嬉しそうな表情を作る。


「でも、きっと、師匠は正しくてさ。弱いから強いっていうか、強いから弱いっていうか、なんて言えばいいんだろう……」


 うまく説明できない様子の少女に、


「もういい、わかった」


 ボーシュが話を遮ると、少女は「ん?」という表情を作る。


「お前が本当に腕が立つか、見せてみろ」

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