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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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11 情報収集

 さかのぼること半刻ほど。


 ティアが外で子供たちと踊っている間、カホカは二階の椅子に腰かけていた。


『ほんとはダメなんだからね』


 頭の中でイスラに話しかける。


『何のことじゃ?』

『それぞれの街のルーシ人の長老は、同じルーシ人とじゃなきゃ話をしないものなんだからさ』

『マイヨールはちがったではないか』


 リュニオスハートのルーシ人たちの長老──マイヨールはティアとイスラに会っている。


『それはイヨ婆が会うって言ったからなんだって』

『私は人ではない』


 そういう問題じゃないんだってば、とカホカは言って、


『とにかく黙っててよ』

『それは相手の力によるの』


 そんな会話をイスラとしていると、安楽椅子に深く腰かけ、目深にフードをかぶった老婆が、こちらに碧い瞳を向けてくる。


「どこから来たのかえ?」


 老婆に訊かれ、カホカは「リュニオスハート」と答えた。


 そして王都に来た経緯と、自分の出生とティアについて、それからマイヨールのことを伝えると、


「まさかお前がイヨ様の子孫とはね」


 老婆は懐かしいものを見るような眼つきになった。


「イヨ婆を知ってんの?」


 カホカが訊くと、「もちろんじゃ」と、老婆は深くうなずいた。


「イヨ様はルーシ人のなかでも特に力の強い御方でな。わしも人読みや卜占(うらない)の手ほどきを受けたものよ。お前の生まれるずっと前のことだが」

「ふーん」


 と、カホカはさして驚きもせず、ごそごそと腰帯につなげた布袋をほどくと、それを卓の上に乗せた。袋がじゃらりと音を立てる。


「これ、あげる。何か王都の情報を教えてもらえるとありがたいんだけど」


 袋の中には酒場の客から巻き上げた金が入っていた。


「そんなものを貰わなくとも教えてやる」

「まーまー」


 と、カホカは椅子の上であぐらをかいた。


「持ってて損するもんじゃないしさ。子供たちにおいしいものでも食べさせてあげてよ」

「面白い娘だのう」


 心なし嬉しそうな老婆に、ひひ、とカホカも笑みをこぼす。


「笑い顔がどことなくイヨ様の面影を残しておる」

「え。アタシ、あんな風になっちゃのう?」


 カホカが、うへぇ、と嫌そうに顔をしかめると、


「罰当たりなことを言うでない。光栄にお思い」


 老婆はかすれた声で笑い、「そうさな」とやや顔を上向かせた。


「現王のデナトリウスは体調を崩して(まつりごと)から離れておるという噂じゃな。第一王子のウラスロが玉座をうかがっているとも言われておる」

「……ウラスロ」


 カホカはぽつりとその名を繰り返した。


 ティアの悪夢を生み出した張本人。


「ウラスロってやつは、やっぱり相当の悪人なの?」


 これまでカホカの人生とは関係のなかった存在が、ティアを介して重く圧し掛かりはじめていた。


「そうじゃのう」と、老婆は考えるように、


「良い評判は聞かぬが、かといって目立つ人間でもないのう。もっとも、奴が王位に就いて喜ぶのは本人と、その取り巻きくらいなものじゃろうて」


 ふぅん、とカホカは相槌を打つと、


「王子のくせに目立たないの?」

「奴が動くことは滅多にない。普段は城内で欲にまみれた生活を送っておるらしいからの。奴が動くのは……そう、地方の異教退治ぐらいか。お主の連れが餌食になったのもそれじゃろうて」

「なんで、異教退治には精を出すの?」

「詳しくは知らぬが」


 老婆は言い、


「おおかた、王都より離れた地方であれば己の評判を落とさず好き勝手ができるから、といったところであろうな。異教退治という大義名分があれば尚のこと」


 その言葉に、カホカは険しい表情を作る。


「清々しく腐ってるな」


 そんな理由で、タオは──シフルの人々は犠牲になったのか。


 ほの立つ殺気を、けれどもカホカは一瞬で引っ込めた。


「ま、どんな奴だろうが、アタシがぶっとばしてやる予定なんだけどさ」


 一転して気さくな口調で言うと、


「豪気なことじゃが、ただごとではないぞ」


 老婆は目を細めた。


「お前たちは、そのために王都へ上ってきたのかえ?」

「うーん……」


 あぐらを組みながらカホカは考え込む。


 ──まぁ、基本はそうなんだろうけど。


 ティアの中で渦巻くものがあるのは、わかる。いや、あるにちがいなかった。それは悪夢にうなされるティアを見ても明らかである。


 ただ、今回の都上りに関しては、ティアとイスラとの間で、『まだウラスロには手を出さない』という約束があるらしかった。


 カホカはティアの──タオの悲劇の事情を聞いてはいたが、直截的にウラスロをどうこうしてくれと頼まれた覚えはない。ティアに黙ってぶっとばしに行ってもいいが、それでティアが喜ぶかは要検討といったところだろう。


 それに。


 ──アタシがぶっとばせるのかって問題もあるしなぁ。


 腕に覚えがないわけではないが、決して容易なことではない。現実的にはかなり厳しいだろう。


 カホカは大きく息を吐いた。


「そこらへんは、追々って感じじゃないのかな。たぶん、今すぐ暴れ回ってどうこうってわけじゃないと思う」

「ふむ」


 老婆は納得したような、していないような様子だ。


 すかさずカホカは付け加えた。


「ま、何をするにしても、ここのみんなには迷惑がかかんないようにするよ」

「そう言ってもらえると有り難いが」


 老婆はうなずき、


「しかしウラスロが王位に就いたとして、今よりも良くなるとは思えんでな。お前がそういう心積もりでいてくれるなら、こちらもできる限りのことはしよう」

「あんがとさん」


 カホカはにっこりと笑う。


「他には……そうだの。つい先日、我々にとって由々(ゆゆ)しき事件があった」


 我々にとって、というのはルーシ人にとって、という意味だ。


「『(わし)』と呼ばれる暗殺ギルドのな、長が捕まってもうた」

「それが由々しいの?」


 由々しいな、と老婆は溜息をついた。


「暗殺ギルドと呼ばれてはおるが、実のところ義賊よ。その長というのが、我々のような少数の者たちに対しても理解のある方でな」

「それがなんで捕まっちゃうの?」

「まさしくそれよ」


 老婆は語気を強くする。


「ゲーケルンには、この『鷲』と呼ばれるギルドとは別に、もうひとつ『蛇』と呼ばれる暗殺ギルドがあっての。この『蛇』が、軍に情報を与えたらしい」

「どういうこと?」

「嘘の罪をでっちあげ、それを餌に軍の治安部を動かしたと聞いておる」

「その、『鷲』と『蛇』っていう、ふたつのギルドは仲が悪いの?」

「悪いも悪い」


 老婆の話す内容によれば、真性の暗殺ギルドと呼べるのは後者の『蛇』のほうらしい。暗殺以外にも強盗や強請(ゆすり)などの凶悪な犯罪にも手を染めており、王都では『蛇』と聞けば泣く子も黙る存在とのこと。


 そうなると自然、住民たちは義賊の『鷲』に肩入れして仕事の依頼をするようになり、よりふたつのギルドの関係が悪化していくことになる。


「つまり、逆恨みしてるってこと?」

「そう言えぬこともないが……」


 老婆は歯切れが悪い。


「一方の『鷲』は『鷲』で、『蛇』を目の敵にしておるところがあってな。王都での稼業としては『蛇』のほうが圧倒的に古いにもかかわらず、後発の『鷲』が『蛇』の縄張りを荒らしまくった経緯がある。そういった意味ではどっちもどっち、ということになろう」


 ふーん、とカホカは相槌を打つ。


 どこの街でも、ギルドに関する様々な問題を抱えているらしい。しかし考えてみれば当然かもしれない。ギルドとは人々の生活の、仕事と金に密接に結びついている。誰もが必死になるわけで、それがために揉め事も多くなる。


 リュニオスハートの場合も、結局のところ問題は金だった。


「ま、金はないよりもあった方がいいもんなぁ」


 うんうん、とひとりでカホカがうなずいていると、


「何はともあれ、もしお前たちがこの王都で暗殺ギルドに関わるなら、『鷲』にしておくことじゃ。むこうにもお前たちのことは伝えておいてやる」

「どうやって見分けをつければいいの?」

「どちらも身体のどこかに鷲と蛇の刺青(いれずみ)をしておる。また、我々も『鷲』とは頻繁に情報をやり取りしておるでな。そうした場合には符牒(ふちょう)を使う──お前が『旅』と言えば『一尾(いちび)』と返ってくる。逆もしかり」

「りょーかい」


 他にも様々な情報を仕入れ、カホカは「ありがとね」と、お礼を言って一階へと下りていく。


『私に気づかなんだな』


 イスラから言われ、「そういえば」とカホカはようやく気がついた。


『それって、イヨ婆がすごいってこと?』

『じゃな』


 そう言われるとまんざら悪い気もしないカホカである。


 ふふん、と誇らしげに胸を張った。

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