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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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9 食事

 厚く切り分けた豚肉のミートローフを、カホカは大口を開いてかぶりつく。


「うまし!」


 噛むほどに肉汁が()み出してくる。胡椒(コショウ)の香ばしさが口いっぱいに広がった。


 もぐもぐと咀嚼しながら、さらに塩で煎ったレンズ豆をかきこむ。


 蜂蜜を混ぜた水を喉に流し込み、


「ぷっはぁ~!」


 と、カホカは幸せそうな表情を浮かべた。


『よく食う娘じゃ』

『なに言ってんのよ』


 イスラの心外な物言いを聞きながら、カホカは(たら)の切り身を指でつまんで口に放った。こちらは唐辛子が利かせてあり。ほどよく辛い。


『アンタたちが小食すぎるんだって』


 乙女たる自分が食べすぎるわけがない、というのがカホカの主張である。


「やっぱ王都ともなると美味しいものが集まるんだねぇ」


 カホカは上機嫌で店内を見回した。


 外門の外の、宿からほど近い一軒の酒場だった。泊まる宿には食堂がなかったため、番頭からお勧めの店を教えてもらったのだ。


 店内の客は男ばかりで、ほぼ満席だった。


 そして、その客のほとんど全員が、こちらの席にチラチラと視線を送ってくる。いや、客だけではない。女の給仕でさえ、すっかり見入って(ほう)けたような表情をこちらに向けている。


 ──アタシのかわいさのせい、って言いたいところだけど。


 ちがうよなぁ、とカホカは思う。


 お目当ては、カホカの正面に座るティアである。


 ──男だか女だかわかんない吸血鬼のくせして。


 カホカは憮然としてライ麦パンをかじった。


 どうやら『ヤバイ』のは寝顔だけではないらしい。


 居住まいが整っているわけでも、食事作法が完璧なわけでも、ましてや美しく着飾っているわけでもない。


 ただ頬杖をついて、ぼんやりと店内の様子を眺めているだけなのだ。髪にしたって後ろで簡単にまとめているだけで、結んでやったのもカホカだった。長髪にもかかわらず、いままで髪の結び方さえ知らなかったティアは、「これは楽だ」とひとりではしゃいでいたほどである。


 それでも人目を惹かざるをえない、ということなのだろう。


 カホカの脳裏には、宿屋の部屋で見た、ティアの涙がこびりついている。


 こうしてぼんやりと店内を眺めている今でさえ、悪夢を見るほどの過去を思い出しているのだろうか。


 ついついティアを目で追ってしまうカホカだったが、


 ──ああ、陰気、アタシって陰気。


 ティアが自分から言い出すならともかく、あれこれ心配したところで不毛だというのに。


 そんな考えを振り払うように食べ物を口へと運ぶも、店内の連中のせいで、なかなか思惑がはかどらない。


 ──せっかくこんなうまい料理があるんだからさぁ。


 飯の時くらい、没頭させてほしいものである。


 ちなみに、ティアの前には一皿も料理が置かれていなかった。水をちびりちびりと飲む程度だ。


「ティアってさぁ……」


 カホカはフォークでミートローフを突き刺した。


「ほんとに、ぜんぜん、食欲とかないの?」

「ないな」


 ティアはあくびを噛み殺す。その仕草がどことなくイスラと似ている気がした。


 ──くそ、のんびりしやがって。


 本当に何も考えてないんじゃないか、コイツ。


 だんだん腹が立ってきた。


 ティアは起きてから、ずっとこんな調子である。


「食べられないわけでもないが、おいしいとは感じないし、腹もふくれない」

「はーん。さいですか」


 カホカはムカッ腹を抑えながら、


「つったって、肉だよ、肉。アンタ人生損してるよ?」


 ほーれ、とフォークに刺した肉をティアの顔の前で振ってやると、


「だから、いらないって言ってるだろ」


 ティアが、おもむろにテーブルの上に身体を乗り出してきた。手を伸ばしてカホカの口元についていたパンくずを取ると、自分の口に放り込む。


「……やっぱり、わからないな」


 そう言ってティアは微笑(わら)う。


「そ……そゆうことをするな!」


 完全に意表をつかれ、カホカは怒ったようにミートローフを頬張った。


 ──うう、なんなんだコイツ。


 いちいち調子が狂って仕方がない。


 もそもそと口を動かしながらカホカが恨めしげに睨んでいると、机の下、ティアが組んだ足の先で、こちらの足をつついてきた。


「……あんだよ?」

「いま、カホカは照れているだろう。なんとなくわかるぞ」


 なぜか得意げな口調で言われ、イラッとした。


 ──人の気も知らないで!


 思った時にはもう、カホカはティアの顔を掴んでいた。


「……なんでアタシがアンタにからかわれなきゃいけないんだよ」


 指に力を込めると、ティアの顔がみしみしと音を立てはじめる。


「悪かった、謝るから離してくれ」


 ふん、とティアを離すと、カホカはフォークをくわえたまま腕組みをした。


「……ったく、元タオのくせに」


 むしろ、タオだからこその無頓着ぶりなのだろうか。


 小声で愚痴をこぼすと、


「あのちっこい娘、ひでぇな」

「あんなキレイな姉ちゃんの顔を鷲掴みにしやがったぜ」

「世も末だな」

「嫉妬よ、あれは絶対、嫉妬してるんだわ」


 事情を知らない客と給仕から、きわめて理不尽な声が聞こえてくる。


「うるせぇな!」


 ドン、と机に拳を叩き、カホカは勢いよく立ち上がった。


「言いたいことがあるならかかってきやがれってんだ!」

「やめろって」


 止めようとするティアに、カホカはアサリの(スープ)をぶっかけてやった。


「あっちぃ!」

「主犯者は黙ってろ!」


 怒鳴りつけてやると、


「なんてことを!」

「横暴すぎる!」


 義侠心(ぎきょうしん)にかられた男たちが次々と椅子から立ち上がってくる。


 カホカも望むところだと構えを取った。


「オラ、かかってこいハゲども! もしアタシに勝ったらこの女を一晩好きにさせてやる。そのかわり負けたら有り金ぜんぶ置いてきな!」


 コキコキと指の関節を鳴らし、男たちを手招く。


「オッシャア!」

「最高すぎる!」

「悪く思うなよ小娘!」


 完全に趣旨が変わっている。


 男どもが一斉にカホカに踊りかかってくる。店のなかで大乱闘がはじまった。


 食器や椅子、果ては男たちが宙を舞う。


「……なんなんだこれは」


 さっぱり意味がわからない。


 ティアはただ呆然と立ちつくした。


 ◇


「あー、すっきりした!」


 カホカは満足そうな表情で夜道を歩く。


 結局、カホカはすべての男を張り倒し、有り金ぜんぶを巻き上げてしまった。


 それでも最後は全員分の飲食代を支払ってやり、張り倒した客たちと肩を組んで唄を歌っていたあたり、一筋縄ではいかない娘である。


「情報ももらえたしね」


 それに関してはティアも同意せずにはいられない。


 店を出る時、ひとりの客がカホカに尋ねてきたのだ。


「あんた、ルーシ人か?」と。


 母親のほうがね、とカホカが答えると、


「実は俺もルーシ人なんだ」


 男は笑って、


「見たところ、ここいらの人間じゃないんだろ? ここからすぐ近くに俺たちの溜まり場があるから、よかったら顔でも出してやってくれ。あんたみたいな面白い奴なら大歓迎だ」


 そう言って、男は親切に地図まで描いて渡してくれたのだった。


「ルーシ人はこうやって情報をやり取りしてるんだな」

「弱い奴らは弱いなりに工夫してんだよ」


 なるほど、とティアは感心する。


 ふたりは早速、そのルーシ人の溜まり場に行ってみることにした。


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