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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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0 旅立ちのエルフⅠ《外伝》

 大陸北部、ノールスヴェリア王国よりもさらに北の万年雪(まんねんせつ)に覆われた山脈を越えると、人跡未踏(じんせきみとう)の大地、クォーリス大森林地帯が拡がっている。


 いまだ神話が息づく森とされ、人類発祥の地と呼ばれながら、幻獣や魔獣、亜人種など、多種多様な生物が住まう地であり、そこは脆弱な人間の入植をかたくなに拒む、弱肉強食の世界でもあった。


 その大森林のまだ浅い場所に、一本の大樹が立っている。断崖の山々に囲まれ、渓谷が織りなす大瀑布(だいばくふ)と、清涼な緑に包まれたこの地から、いま、ひとりのエルフが旅立とうとしていた。


 シィル=アージュ。


 頌弓姫(しょうきゅうき)綽名(あだな)されるエルフの第三皇女である。


 シィルの旅の目的はふたつ。


 ひとつは近頃になって、南天に、とある星が輝きはじめたことに起因している。


 この星が日増しに輝きを強めている。


 星読みの占いによれば、その星は吉瑞とも、凶夭(きょうよう)とも判別がつかない。しかしながら星の光はこのエルフ(ごう)にも及ぶという。


 吉か、凶か。


 吉ならば良し。が、凶であれば、早急に手を打たなければならない。


 そこでシィルに白羽の矢が立った、というわけである。


 シィルの弓の腕前はエルフ族のなかでも抜きん出ており、彼女の父であり、エルフの皇帝でもあるドゥールバ・エンバーダルクに勝るとも劣らぬ弓の名手として、民からの尊崇を集めていた。


「シィルよ」

「はい」


 大樹はそれ自体が皇宮になっている。


 その謁見の間にて、玉座に座る父皇を前に、シィルは愛弓を置き、深くひざまずいた。エルフ族の代名詞ともいうべき長く尖った耳と、床に落ちかかる白金(プラチナブロンド)の髪。瞳は深い森を思わせる濃緑である。どれだけ日の光を浴びても焼けることのない白い肌は、シィルの透き通る美しさを引き立てている。


「このような大事をお前に託すこと、申し訳なく思うておる」

「滅相もありません」


 さらに深く、シィルは頭を垂れる。


「このような栄えある使命をいただき、このシィル、感謝の念に堪えません」

「うむ」


 と、エルフの(おう)は白く豊かな顎鬚(あごひげ)を鷹揚な仕草でしごく。


「お前は腕も立つ上、何より若い。他の者よりも早く人の世になじめよう」

「最善を尽くすべく、邁進(まいしん)いたします」


「うむ」と、ドゥールバ・エンバーダルクはうなずき、


「我々エルフの抱える問題は多く、お前に与えられた使命は重い。その見聞を押し広げ、このエルフ郷に多くのものを持ち帰ってもらいたい」

「一命を賭しまして」


 シィルは胸に手を当て、毅然として濃緑の瞳を上げた。頼もしいシィルの姿に、ドゥールバ・エンバーダルクはもう一度、満足そうにうなずく。


其方(そなた)の吉報を待つ」



 大樹の枝々にかけられた縄や梯子を使う必要はない。シィルは軽やかな動作で枝から枝へと飛び移り、難なく地面に着地した。


 大樹が立つ広場には、すでにシィルを送り出そうと多くのエルフたちが待ち侘びていた。すぐにシィルは愛する民たちに取り囲まれる。


 エルフの子供が、シィルに新品の矢筒を手渡した。


「姫様、どうかご無事で。これ、みんなで作ったんです」

「ありがとう」


 感謝の言葉とともに、子供たちからの愛しい贈り物を受け取る。


「姫様。腹が減っては戦はできませんぞ。これをお持ちください」


 すると、年老いたエルフが、果実の詰まった小箱を渡してくる。


「まぁ! こんなにも」


 シィルは感動で言葉もない。別に戦をするわけではなく、旅をするにはかさばり過ぎる気がしたが、愛する民からの贈り物である。感謝こそすれ、迷惑に思うはずがない。すると。


「姫様、これは私たちが作ったお守りです。姫様の無事をお祈りして、みんなで心を()めました」


 言いながら、満面の笑みを浮かべた娘たちが、もっさりとした大量のお守りをシィルの首にかけた。


「ま……まぁ、こんなにも。嬉しいですわ」

「姫様、これも持っていってください」


 と、また別の娘が贈り物を持ってくる。すると。


「姫様、これを」

「あ、あの」

「姫様、これも必要でしょう」

「ちょっと――あの……」


 シィルが持ちきれなくなると、「これも」「これも」と、すでに果実でいっぱいの小箱に、次々と贈り物を放り込んでくる。


「持てません、すみません、持てません!」


 シィルは必死で断ろうとするが、彼女を取り囲むエルフたちは完全に面白がっている。


「持てませんて!」


 ふとシィルが見ると、周囲の者のどれもこれもが一様にからかうような笑顔を浮かべている。


「いい加減になさい!」


 とうとう堪忍袋の緒が切れてシィルが叫ぶと、


「みんな逃げろ! 姫様が怒ったぞ!」


 わぁっと、声を上げながらエルフたちが一目散に逃げていく。人間よりもはるかに高い敏捷性を持つエルフたちはあっという間に隠れて見えなくなった。


「なんというしょうもない者たちなのですか、あなたたちは!」


 荒く息づきながら、シィルは怒鳴った。


「そもそも前から言おうと思っていましたが、あなたたちにはエルフとしての気品がまったく感じられません。いつもいつもしょうもないことをして私をからかって、本当にあなたたちときたら──」


 誰もいなくなった広場でシィルが叫び散らしていると、胡桃(クルミ)がこつりと額に当たった。見ると、エルフの子供が(くさむら)から尻を叩いて舌を出している。


 ぶちり、とシィルのなかで何かが切れた。


居直(いなお)りゃぁ!」


 小箱を放り投げ、シィルが弓に矢を(つが)えた、が、それよりも早くエルフの子供は木々のむこうへと消え去っていく。


「逃がすかぁ!」


 エルフの子供を追ってシィルが叢のなかへと駈け込んでいく。


 その様子を謁見の間から見ていたドゥールバ・エンバーダルクは、


「……人選を誤ったかもしれん」


 ぽつりとつぶやいたという。


 ◇


 それから一刻ほど後、ようやく旅支度を終えたシィルはエルフ郷を発った。

 

 決意を胸に秘め、南に連なる峰々を見霽(みはる)かす。

 

 この旅の目的はふたつ。

 

 ひとつは南天の星の(いわ)くを解き明かすこと。

 

 そしてもうひとつは──

 

 シィルはその頬をかすかに熱くさせた。


「素敵な殿方が見つかればいいのだけど……」

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