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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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26 寝台の上

 寝台の上から、リュニオスハートの夜景をうかがう。


 営業中の店から、時折、打ち寄せる波のように喧噪(けんそう)が聞こえてくる。


 夜景といっても二階部屋からの景色のため、建物のむこうに教会の鐘楼や庁舎の尖塔が見える程度である。


 膝を立て、頬づえをついた。


 しずかな瞳を窓の外へと投げかける。


 奇妙なほどに心が落ち着いていた。


 ──たぶん、血を飲んだからだ。


 イスラの話によれば、カホカの血を飲んだあと、相当の力を使ったということだった。それでも尚、空にはなっていない感覚がある。空腹と言えなくもないが、血を飲む前とはその質がちがう。例えるなら、血を飲む前は0の空腹が、いまは血を飲んで一度10になったのが1か2になったような感じだ。──もっとも、ティアは10の時の状態をほとんど覚えてはいなかったが。


 シダからもその時の話を聞くことができたが、ティアは耳を疑った。どう考えても化け物が大暴れした話にしか聞こえなかった。まさか自分にそんな力があるなんて、いまでさえ実感が湧いてこない。


 けれど。


 ティアはひとさし指を伸ばす。その指先が、黒い霧へと変じた。


 誰から教えられずとも、できる。──そうであれ、霧になれ、変われ。言葉はさまざまでも、そうしたい、と思えばできてしまう。


 その霧が、蝙蝠(こうもり)へと姿を変える。


 きぃきぃという鳴き声とともに、蝙蝠がティアに頬ずりをしてくる。


「近くで見ると、けっこう可愛いもんだな……」


 ティアはくすりと笑う。吸血鬼(ヴァンパイア)ゆえの感想かもしれないが、そう思えてしまうものは仕方がない。


 暗い部屋のなかで、いやがる蝙蝠の口に小指を入れてみたり、羽をひっぱったりしていると、ゆっくりとドアが開くのがわかった。


 カホカが、抜き足差し足で入ってくる。夜着姿で普段は結い上げている髪をおろし、ご丁寧に枕まで持って。


 夜目の利くティアにはその一部始終が見えてしまっている。


「なぁ、カホカ」


 声をかけると、カホカの身体が「うぉ!」と飛ぶように跳ねた。


「驚かせんな!」


 カホカは声のした方──ティアの方を向いて、迷惑そうに言ってくる。


「……こっちの台詞なんだけどな」


 とはいえ、呆れこそすれ怒る気にはなれない。


 カホカは枕を寝台に置くと、膝でティアを押して自分のスペースを作ろうとする。


 奥にいけ、ということらしい。しかも。


「いいか、こっち向くなよ。──向いたらグーでいくからな」


 かなり理不尽な脅しをかけてくる。


 あきらめ、ティアはカホカとふたり、寝台に横臥することになった。


 ──おかしなことになっている。


 暗闇のなかで、ティアは壁に顔をつきあわせている。


 寝台の上に身体を横たえながら、背中ごしにカホカの息遣いを感じる。


「……えっと」


 ティアが振り返ろうとすると、すぐに「こっち見んな」という殺気のこもった声が飛んでくるため、まったく身動きが取れない状態だった。すこし身をよじっただけで、「動くな」とか「アタシの血を飲む気か」とか、ティアはほとほとうんざりする気分だった。「だったら自分の部屋で寝ろよ」と言ったら言ったで、「タオがアタシの血を飲んだのが悪い」と頭ごなしに責め立ててくる。


 ──まさかカホカと同衾(どうきん)することになるとは思わなかった。


 運命とは数奇なものだと、ティアはしみじみ思う。


 この時代、ひとつのベッドで複数の人間が寝ることは珍しいことではない。農家などの貧しい家庭では、ベッドを人数分そろえるのは金がかかるうえ、布も必要になる。その点、多くの人数で寝れば節約できるし、人と人とが身を寄せ合えば自然と温かさも増す。要するに効率的なのである。


 しかしながら、家族でもない年頃の男女がふたりきり、同じ寝台で寝ることはさすがにない。


 ──いや、そもそも。


 イスラの言葉を思い出す。ティアとカホカが同じ群れの仲間なら、それはすでに家族と呼べるものなのだろうか。


 しかも、である。ティアは心としては男だが、身体は女なのだ。


 これらふたつを勘案し、別に言い換えた場合、ティアとカホカは姉妹、ということになるのだろうか?


 そう考えるならこれはごく自然な行為になるのだろうか。


 そんなことを言い訳のようにつらつら考えていると、カホカがぐりぐりと自分の頭をティアの背中に押しつけてきた。


「なんだ?」

「なでろ」

「……は?」

「いいから、アタシの頭をなでろ」

「この体勢ではなでれない」

「ぬぅ」と、カホカは悩む様子で「じゃ、こっち向いてもいいから、なでろ」


 なぜ命令口調なのかはわからないが、ティアはティアでカホカの血を飲んだ──飲ませてもらったという負い目がある。いわば命の恩人である。


 仕方なく姿勢を変え、カホカの頭をなでてやると、


 くふ、とカホカが笑った。くふふふふ、と。


「……気持ち悪い笑い方だな」


 ティアが言うと、カホカはそろそろとティアの腹に拳を当ててきた。


「……悪かった。冗談だ。やめてくれ」


 謝ったものの、そのままカホカはティアの横っ腹あたりの服を掴み、いっこうに離そうとしない。にもかかわらずティアを警戒して身体を丸めているため、表情がわからない。


「カホカ、傷は……大丈夫か?」


 気になっていたことを訊いてみると、


「……ん?」


 カホカがそのままの姿勢で訊き返してくる。


「オレが……その、噛んだ傷は」


 するとカホカは夜着をずらし、首筋を見せてきた。


「なんか、すぐ治った」


 彼女の言った通り、噛んだ痕はまったく残っていなかった。ずっと見ているとまた変な気を催しそうだったので、ティアは自分からカホカに背中を向けた。抗いきれないほどではないが、誘惑を感じないといえば嘘になる。


 そんなティアの心の動きがわかったのか、


「飲みたいなら、いいよ」


 カホカのくぐもった声が聞こえ、背後で身体を起こす気配がした。


「なんとなくもうアンタから離れられないの、わかるし。でも、血はあげるけど、また変なふうになるのはやめてよね。イスラから飲ませるなら少しずつにしろって言われてるし、そんなにゴクゴク飲まれてもアタシの身体、もたないし」


 そこまで言われてしまっては、ティアも「はい、気をつけます……」と返すしかない。


「タオは、これから王都に行くの?」


 ふいに訊かれ、ティアが「そのつもりだ」と答えると、


「じゃ、アタシも一緒に行く」

「いいのか?」

「何言ってんのよ」と、カホカから背中を小突かれた。

「ミハイルをあきらめろって言ったの、アンタじゃない。おまけにアタシをこんな身体にしておいてさ。『オレについてこい!』ぐらい言えないの? しかもタオ、覚えてないかもしれないけど、アタシのこと『オレの物』とか言ったんだよ。責任とれよ」

「本当にか?」


 思わずティアは振り返った。


「アタシがそんな嘘つくと思う?」


 たしかに、そんな嘘をカホカがつくとは思えない。


 ──責任を取る、か。


 ティアは起き上がった。暗い部屋のなかでカホカと向き合う。


「……カホカ、オレについてきてくれないか?」


 やや緊張した面持ちで言うと、


「アンタ、やっぱりタオだ」


 じっとこちらを見つめていたカホカが苦笑した。


「ついてってあげるからさ。──面白いもの、見せてよ」

「面白いもの?」

「うん」


 うなずき、カホカはひひ、と笑う。


「面白いもの、楽しいもの。ワクワクするようなもの。すっごくキレイな景色とか、おいしい物とか、ビックリするものとか、なぁんでもいいからさ。いっぱい見たいんだ。──アタシに見せてよ」

「わかった」


 微笑み、ティアもうなずいた。


 カホカが眠りにつくのを見届ると、ティアはひとり部屋を後にした。


 リュニオスハートにはまだやり残したことがある。

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