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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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25 群れ

 太陽は昇り、また沈む。


 西の空にわずかな夕映えを残す時刻。


 ティアは寝台の上で目を覚ました。


 風が、かすかな空気の流れとなって前髪を揺らす。


 耳の上あたりに鈍痛を感じた。内からではなく、外側からの打撃を受けたような痛みだった。


「オレは……」


 記憶をさぐる。


 ──シダと洞窟に向かう途中、矢を浴び、左眼を射られた。


 ゆっくりと上半身を起こし、両の手のひらを広げてみる。失われた視界の左半分は完全に元通りになっていた。左眼に触れてみたが、傷も、痛みも消えていた。


「そう……オレはカホカの」


 カホカの血を飲んだ。


 それから、どうした?


 断片的に浮かぶ映像──恐怖に引き()った兵士たちの顔と、目の前で開かれたイスラの大口、それからティアの前に立ちふさがったシダ……。


「カホカは、無事なんだろうか」


 記憶の映像は繋がらず、ティアがつぶやくと、


「ウゥゥ……」


 獣が唸るような声が聞こえ、顔を上げた。


 見ると、ドアの隙間からカホカとイスラが半分だけ顔をのぞかせている。唸っているのはイスラではなく、カホカだった。


「……なんだ?」


 ティアが首を傾けると、カホカが狂った犬のように激しく吠えたててくる。


「だから、なんなんだよ」


 放っておくといつまでもそうしていそうだ。


「そんなことをやってると、本当に犬になるぞ?」

「誰が犬だ!」


 バァン、といきおいよくドアを開け放ち、カホカが部屋に入ってくる。その後にイスラが続く。


「どうやら正気には戻っておるようじゃの」

「オレが?」


 意味がわからずティアが訊くと、


「ひとをキズモノにしておいて──」


 カホカがぐるぐると腕を回しはじめた。その動作をティアはよく知っている。あわてて両手を上げた。


「待て! カホカ!」

「うるさい!」


 思い切りぶん殴られた。


「な、何するんだよ!」 


 ティアが涙目になって抗議すると、「ハン!」とカホカは眉間に皺を寄せた。


「当たり前よ。アンタに血を飲まれたせいで、お腹すくし、すぐご飯食べたくなるし! 好き嫌いが変わってるし! なんか眠いし! 妊婦かアタシは!」

「カホカだって血を飲んでいいって言っただろうが」

「それとこれとは話が別よ!」


 いや、どう考えても一緒だろう。そう言いたかったが、言えばまた殴られるので黙っていると、


「落ち着け」


 イスラが嘆息した。


「覚えておらぬものを責めても仕方あるまい」


 そうしてティアは事情を聞かされたのだった。


 ◇


「そんな……」


 ティアは絶句した。聞くと、ティアは洞窟の一件から三日ほど眠り続けていたらしい。


昏々(こんこん)と眠っておった。もう二度とお前が目を覚まさぬのではないかと、そこの小娘がたいそう心配しておったぞ」

「な──っ、なに言ってんのよ馬鹿狼! アタシがタオの心配なんてするわけないだろうが!」

「……という感じじゃった」


 イスラはつまらなさそうに言って、


「挙句、何度もここに来ては黒髪の小僧がだめだと言うておるにもかかわらずお前の添い寝をしたいなどとほざきはじめさらに──」

「言ってない!」


 カホカがイスラの口をふさいで止めようとするが、イスラは「言っておった」と言い張っている。ティアもすでに経験済だが、イスラは絶対に自分の言い分を曲げないため、はじめカホカは顔を真っ赤にさせて「やめろ! やめろ!」と喚き散らしていたが、やがて「お願いします、やめてください馬鹿狼様」と、泣きそうな顔で観念した。


「ふん」


 と、勝ち誇ったようにイスラは鼻を鳴らし、


「まぁ、無理もないことではあるがの」


 後ろ脚で首を掻く。


吸血鬼(ヴァンパイア)に血を飲まれた者がどうなるかは一概には言えぬ。飲まれたほうの個体差もあれば、飲むほうの吸血鬼の意思と力、飲んだ量、さまざまな要因があろう」


 だが、とイスラは続ける。


「確実に言えるのは、縁ができるということじゃ」

「縁?」


 ティアが訊くと、


「血の繋がりとでも呼べばいいか。一種の群れが形成される。群れ、といっても多種多様じゃ。狼も群れるし、蝙蝠も群れる。当然、人もな。吸血鬼の群れの詳細は知らぬが、すくなくともお前が群れの長であり、序列として第一位であることは間違いがない。そしてこの第一位の吸血鬼こそを真祖と呼ぶ」

「え、じゃあ、アタシってタオの群れのなかに入ってんの?」


 カホカが自分を指さすと、イスラは「今更なにを言っておる」と呆れるようにあくびをした。


「自分では気づいておらぬのか? 群れの長たるティアを心から憂い、身を捧げて寄り添おうとするお前のその感情は、すでに本能に近いものになっておることを」

「げ……」


 その指が、力なく曲がっていく。


「真祖が滅び、群れが解体されぬ限り、お前は血の繋がりに捕らわれ続けることになろう」

「そんなこと、聞いてない!」

「聞かぬお前が悪い」


 言い捨て、イスラは寝台のティアを見上げた。


「それと、武具同業者組合(ギルド)の長なる者じゃが、ちと脅しすぎた。二度と邪に手を染めぬとの約束を取りつけたのはいいが、いままで稼いだ金を全部やるから許してくれと泣き叫んでおったぞ」


 まったく悪びれずに言うと、イスラは「眠くてかなわぬ」と、ティアの影に入っていった。

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