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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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24 闇と闇

 低く地を這う体勢を維持しながら、イスラはじりじりとティアに近づいていく。


 ティアが、がくりと首を落とした。そのまま立ちつくすように、だらりと腕を下げる。長い黒髪が前に落ちかかり、その表情が隠れて見えなくなった。


 ──能力が明らかになっておらぬ以上、迂闊(うかつ)には近寄れぬ。


 『黒霧(フェケテ・クドゥ)』、『黒い沼(フェケテ・サール)』はともに闇に属する者であれば能力とさえ呼べぬ基本的な力であり、それでティアの底が見えたとは言い難い。


 だが、『城へと続く深い森バール・オズ・ミィ・エルドゥ』はイスラでさえ見たことの力である。ティアの真祖としての能力とみていいだろう。しかしこれが全貌(ぜんぼう)とは思えない。


 ──できれば、発現せぬうちに昏倒させたいが……。


 ふとイスラは気がついた。


 いつの間にかティアの右の指が五本ともなくなっている……。


 ──来るか……!


 イスラが横に跳んだ、瞬間、地面から黒い槍が突き上がった。


串刺し刑(ナーシュラ・フゥゾ)か」


 さらにイスラが跳ぶ。二本、三本と黒い槍が次々とイスラの体躯(からだ)を狙って地面から突き上がってくる。目まぐるしく地面を蹴り、さらに壁に着地すると、そこからも黒い槍が突き出てくる。


「──五本目」


 数え終わり、イスラが錐揉み状にティアの喉を狙う。できる限り力を使わせ、弱ったところで気を失わせるつもりだった。すでにイスラからティアに流れる加護の力は断ち切られているため、ティアが活動するためには自分の力を消費し続けなければならない。


 イスラがティアの喉に喰らいつこうとした時だった。


 ティアの身体がどろりと液状に溶け始める。


「自分の身体を沼に──」


 イスラの勢いは止まらず、そのまま沼のなかへと呑み込まれていく。


 前後左右、すべてが黒一色の世界に包まれながら、


「たわけめ」


 イスラは鼻で笑った。


「私を閉じ込めておけるとでも思うているのか?」


 逆に闇の波動をイスラが取り込もうとすると、それを嫌がってか、身をよじるように空間が揺れ、イスラの体躯に圧がかかりはじめた。


 ──圧殺する気か。


 イスラが遠吠えをした。高い鳴き声が音波探知(ソナー)となって、空間の歪みを見つけ出す。(はし)りながらイスラは体躯を回転させ、ゆがみを突き破った。入った時と同じように、ティアの身体からイスラが飛び出していく。


 地面に着地すると、ティアが顔を振り上げた。


「イスラァァァ」


 憤怒の形相で襲い掛かってくる。ティアの放った拳が地を砕いた。


「阿呆がっ!」


 宙に跳ぶイスラがさらに吠えた。それが衝撃波となってティアを地面に押し潰す。ベキベキとティアの五体が砕ける音が洞窟内に響きわたった。


 すると、ティアの身体が一瞬にして蝙蝠の群れへと変じた。


蝙蝠たちの行進マーシウス・ヴァンパイア


 大量の吸血蝙蝠がそれぞれの意思をもってイスラめがけて殺到する。すべての蝙蝠がイスラの体躯に取りつこうとするのに対し、イスラは周囲に黒い水の膜を張った。その膜に触れた瞬間、蝙蝠がバチバチと弾き飛ばされていく。


 やがて諦めたのか、蝙蝠たちがまた一塊(ひとかたまり)に群れ集い、ティアへと戻っていく。


 闇と闇が再び対峙する。


 くっく、とイスラが笑う。


「大した力ではなかったようじゃの」


 イスラが挑発すると、髪の隙間からギラリとティアの赤い双眸が光った。走り出し、ふたたび拳を放つ姿勢を取る。


「馬鹿のひとつ覚えじゃ」


 イスラは鼻で笑い、周囲に浮かぶ黒い水の膜をティアの拳の前に集中させた。ばしゃ、と水が飛び散り、イスラの鼻先で拳が止まる。だが──


 一度は止まったかと思えた拳が、水を突き破った。


此奴(こやつ)……! 私の闇を侵食しおったか」


 驚くイスラの口をティアの手が掴む。にたり、と笑った。


「捕まえた」


 その手に力が込められていく。口を押さえつけられ、イスラの牙がメキメキと不吉な音を立てる。


「……行儀が悪いぞ、イスラ」


 ティアがイスラを持ち上げ、地面に叩きつけた。さらにティアは口を掴んだまま、ふらふらとした足取りで洞窟の壁際まで歩いていくと、まるで木の棒を壁に打つように、イスラを叩きつけはじめた。


「イスラ」


 笑いながら、何度も何度もイスラを壁に叩きつける。


「イスラァァ!」


 飽きるまで叩きつけ、イスラがぐったりすると、ティアはようやく手を離した。


 意識をなくしたイスラがそのまま地に伏せるかと思いきや、ティアの目の前に飛び上がった。上下に大口が開かれる。


「図に乗りおって……!」


 怒りの言葉とともにイスラが咆哮し、超至近距離の衝撃波がティアに放たれた。が、その瞬間、ティアの上衣が裂け、背中から巨大な蝙蝠の翼が伸びた。翼は黒い(まゆ)のようにティアの顔を覆い隠す。


「くっ……形態まで変えおったか」


 イスラがうめく。翼を広げたとき、ティアはまったくの無傷だった。


 ティアはイスラの体躯を掴むや、そのまま引き寄せ、抱きしめる。


「イスラは、かわいい、なァァァ!」


 人形を抱きしめるように、けれども尋常ではない力で締め上げられ、イスラの脊椎がボキリと折れた。イスラの半開きになった口元から、黒ずんだ血の泡があふれ落ちていく。


 完全にイスラが動かなくなると、ティアは先ほどの兵士同様、あっさりと興味をなくした。つまらなさそうにイスラを放り、シダとカホカの方へ振り向いてくる。


 シダが、緊張に身を強張らせた。


「ティア様、やめてください」


 ずるり、ずるりと、足を引きずるようにティアが近づいてくる。


「腹が減った……血を飲ませろ……」


 ティアの口の端が裂けていく。


「ティア様、お願いです。やめてください」

「血を……飲ませろ」


 シダの声はティアに届かない。


「ティア様……」


 シダは、カホカを地面に寝かせた。ティアの前に立ちはだかる。


「たとえあなたでも、カホカを傷つけるのは許さない」


 決意の言葉とともに、シダが構えを取った。


「邪魔をするな」


 ティアの瞳がかつてないほどの赤色をたたえている。


 シダの身体が、ふわりと宙に浮かんだ。


 ギリギリとシダの身体が()じ上げられていく。


「ティア……様……」


 シダが苦悶の表情を浮かべる。


 その時だった。


 ティアの背後で、人影が跳んだ。


 シダの視界の端に、長く、黄金に輝く金の髪が舞う。純白の腰垂れをひるがえし、その手に持つ三叉戟(トリアイナ)もまた月の輝きを帯びている。


「セリャァァァァ!!」


 勇ましくも美しい雄叫びを上げながら、三叉戟が一閃し、ティアの側頭部を打ち払った。


 地面に頭を叩きつけられ、ティアはぴくりとも動かなくなる。一撃だった。シダが地面に落下する。受け身を取り、あわてて起き上がった。


 ティアが気を失ったためだろう、操られていた兵士たちが次々と倒れていく。


 そして──


「やれやれ……一瞬とはいえ(さら)させるとは」


 いつの間にかイスラが伏せをして、自分の体躯を舐めて毛づくろいをしていた。


「ティアめ。頼もしくもあり、末恐ろしくもあるのう」

「イスラ様、いまのは……」


 シダが訊くと、イスラは「知らん」と大あくびをする。


「私は眠る。あとはお前に任せた」


 それだけ言い残し、イスラはティアの影へと入っていった。

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