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4 山岳の村-シズⅠ

 結局、半数ほどの者が軍を離れ、自国の東ムラビア王国への帰途(きと)についた。


 逆に言えば、残る者もそれほど多かったということである。


 その事実もまた、すくなからずタオを打ちのめした。


「祖国への誇りを誰もが持っているわけじゃないんだな」


 自嘲(じちょう)するようにタオはつぶやく。


 昼下がりのはずが空は(くら)い。雨は止んだものの、いまだに厚い雲が陽射しを遮っている。いつまた降り出してもおかしくない雨模様に、吐いた溜息も重かった。


「誇りだけじゃ、食っていけやしねぇからな。帰ってもつらい現実が待ってるだけって奴も多い。だったら、ってことだ」


 タオはイグナスとともに泥濘(ぬかるみ)の道を歩く。道はゆるやかな勾配(こうばい)を作りながら、長い人の列がどこまでも続いていた。


「……オレは、何も知らなかった」


 知ったつもりになっていただけだった。


 戦争のこと。それ以前に、戦う、ということ。


 そして、人のことも。


「そりゃあな。世間知らずの貴族のお坊ちゃんにゃ、無理もない話だ」


 あけすけなイグナスの物言いに、さすがのタオもむっとした。何か言い返してやりたかったが、できなかった。イグナスの言葉が間違っていないのは、タオ自身が一番よくわかっている。


「そんなに気を落としなさんな。それがわかっただけでもいい経験だったと思うしかないな」


 (なぐさ)めるようなイグナスの口調に、タオはふと、疑問に思う。


「イグナスは、いいやつなのか?」

「あん?」


 タオには、よくわからない。


「オレを励ましてくれているのか?」


 疑問を口にすると、イグナスは苦笑いを浮かべた。


「雇い主のご機嫌取りぐらい、誰でもするだろう」

「そうか、そうだよな……」


 まだ雇うと決めたわけではないが、世慣れたイグナスはいまのタオにはありがたい存在ではあった。


 とはいえ、タオはまだ聖騎士見習いなのだ。給金など(すずめ)の涙ほどしか出ない。もし本気でイグナスを雇い入れるなら、家に頼むしかない。


「で、どうする? 王都に戻るか?」


 イグナスに訊かれ、タオは灰色の曇り空を見上げた。

 

 ……聖騎士。


 憧れだった光が、ひどく遠い。


 本来ならばまっすぐに王都に戻り、報告をするべきなのだろう。すでにトッド=ポールマンの離反(りはん)を知らせる早馬は出ているはずだが、義務はある。


 ただ、ここからタオの故郷であるシフル領と王都の位置関係を比べると、圧倒的にシフル領のほうが近い。直線上に位置しているわけではないが、故郷に寄ってから王都に向かったとしても、大きな時間のロスにはならない。


 故郷がたまらなく恋しかった。


 心身ともに疲れ切っていた。一日だけ、いや、一晩だけでいい。故郷の空気を吸い、自分の部屋の寝台(ベッド)で手足を伸ばして眠りたかった。


「シフルに寄って、それから王都に行こう」


 タオが言うと、イグナスは「あいよ」と、あっさり承知した。

 

 この選択がタオの運命を大きく変えることになった。


 もともと、タオの国である東ムラビア王国と、今回の遠征先である聖ムラビア領邦国家はひとつの国だった。


 形としては、東ムラビアから聖ムラビアが独立したということになる。


 必然的に国家としての歴史は、東ムラビアのほうが古い。国の興りとしては、ここら一帯の地方領主たちが外敵から自分たちの権益を守るため、指導者たる王を選任したことに端を発している。


 当時、大きく分けてふたつの交易路があった。ひとつは北の内海であるヴィラ海をつかった沿岸部の内海貿易、もうひとつは内陸の大陸貿易である。古くは陸上貿易が盛んだったが、現在は航海技術の向上により、内海貿易が殷賑(いんしん)を極めるようになった。


 つまるところ、この自国内における沿岸部と内陸部との商権の奪い合いが分裂の発端であり、そこに宗教的、人種的な問題が複雑に絡み合い、二十年以上が経った現在でも(いさか)いが続いている。


 分裂後の北の沿岸部が聖ムラビア領邦国家となり、そこから南東にかけての内陸部が東ムラビア王国となった。

 

 当然、タオとイグナスのふたりは自国に帰るため、内陸部にむかって進路を取ることになった。ただし、ここからシフル領に入るためには王都への進路をはずれ、東の(とうげ)を越える必要がある。


 地図を片手に山道を進み、峠を越えるころには辺りはすっかり暗くなっていた。


 ──今日は野宿か。


 あきらめかけたとき、木々の(こずえ)のむこうに、明かりが見えた。


 山々に囲まれた盆地である。


 どうやら村のようだ。


 二、三十軒ほどの家々が身を寄せ合うように密集し、中央に教会と広場をつくっている。


「こんなところに村があるとはなぁ」


 感心したようにイグナスが言った。


 タオも同感だった。この近辺は二国間の緩衝(かんしょう)地帯になっているため、国境線が曖昧(あいまい)になっている。こういった地域では国家からの安定的な庇護(ひご)を期待できないため、近隣の村々と連携を取りながら、半ば自給自足の生活をおくるのが常である。


 まず、タオとイグナスのふたりは、広場に向かった。


 とうに夜の(とばり)は落ちて人影はない。農家がほとんどなのだろう。彼らは太陽とともに生活をするため、夜が早い。貧しい村らしく、道はおろか広場さえも舗装されてはいなかった。


 教会の尖塔(せんとう)が、細く高い影を作っている。


 星は見えない。


 タオは、教会をじっと見上げた。


 壁面(へきめん)は長年の雨風で傷んではいるものの、手入れは行き届いているように感じられた。僻地(へきち)のため、どの神を信奉(しんぽう)しているかまではわからないが、村人から愛され、大切にされているのは伝わってくる。


「宿屋を探すか」


 イグナスの言葉に、タオは教会を見つめながらうなずいた。

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