表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
37/239

21 飛矢

 街道の防衛線は外に対して張られているため、ティアたちは、リュニオスハートの兵士たちの虚をつくかたちとなった。


 シダの操る馬は制止を物ともせず駆け抜けていく。


「無茶をする」


 ティアが苦笑まじりにつぶやくと、


「事情を説明してから通してもらった方がよかったですか」

「いや」


 言いながらティアは振り返った。夜目を利かせると、馬に飛び乗った領兵たちが早くも追いかけてくるのが見えた。


「動きが早いな」


 相当に訓練を積んでいるらしい。


 すると、先頭を走る馬上の兵士から一瞬、銀の光が(はし)った。


「矢か──」


 舌打ちをして、ティアは虚空に鋭く腕を払った。その手には射かけられた矢が握られている。


「見えるのですか?」


 驚くシダから訊かれ、ティアは「いや」と頭を振って、


「見えるには見えるが……」


 第一矢はうまくいったものの、自信があったわけではない。夜目の利く瞳は動体視力をも上げてくれているらしい。だが、


「肝心の身体が動かない、か」


 言いながら馬上で身をひるがえし、進行方向とは逆に座り直した。


「やってみるしかないな。──シダ、後ろはオレがなんとかするから急いでくれ」

「わかりました」


 ティアは両腕を構えた。


 さらに次々と矢が放たれはじめる。掴む余裕はない。ティアは両腕をふるって矢を叩き落としていくが、身体と集中力がもたない。


「やはり……駄目か」


 ティアは両腕を動かし続けながら、覚悟を決めた。


 間に合わない矢が、まず肩に突き刺さる。


「くっ!」


 痛みに動きを止める暇はなかった。ティアは矢を打ち落とし続けた。馬に当たりそうな矢は、自分の足を盾にした。


 二本、三本、とティアの身体に矢が突き刺さっていく。


「ぐ……ぅ……」


 走る馬の振動に、痛みがより強く、響くようだった。漏れ出そうになる声を噛み殺す。


「ティア様、矢が……!」


 さすがのシダも眼を見開き、心配そうにこちらの様子をうかがってくる。


「……オレのことはいいから馬を走らせるのに集中してくれ……早くしないとハリネズミになりそうだ」


 なんとか急所にもらうのだけは避けているつもりだったが、身体のあちこちから力が抜け出ていく感覚がある。袖口から、指先をつたって血が(したた)り落ちていく。


「あと少しです!」


 街道からシダの馬がそれた。草叢(くさむら)から森へと入っていく。


 木々の枝が後ろ向きに座るティアの髪をかすめ、風が葉擦れを巻き込んで耳朶(じだ)を打つ。


 ヒュウ、と。


 風音にまぎれ、放たれた矢がティアの顔めがけて一直線に飛んでくる。その矢を叩き落とそうとした時、馬が悪路に脚を取られた。ガクリと衝撃を受け、ティアの手が宙を掻いた。


「しま──っ」


 ずぶり、という音が聞こえた気がした。その音とともに視界の左半分が消滅した。失われた視界と入れ替えに、凄絶な痛みが左眼の奥から噴き出してくる。


「シダ……」


 振り向かず、ぽつり、と声をかけた。


「はい!」

「急がせているところすまないが、オレを掴んでいてくれないか……馬から落ちそうなんだ」


 残された視界に、いくつもの(やじり)が星のように煌めくのが見えた。


 ◇


 長い上衣の(すそ)が宙を舞う。


 蹴り飛ばされたリュニオスハートの兵が、近くの木に激突した。


「あーもー、めんどくせぇ!」


 構え、カホカが叫んだ。右手を顎に添え、伸ばした左腕を斜めに下げる。


 洞窟を背に、カホカは孤軍奮闘していた。


 多勢の領兵に囲まれながら、それでもカホカに目立った傷は見当たらない。


 だが、焦りと苛立ちは募っていく。


 迷いが、蹴りを、拳を鈍らせる。


 かつては自分もリュニオスハート家の人間だった。いま自分を取り囲んでいるのは、元々はカホカに仕えていた者たちである。


 どうしても、致命的な傷を負わせることができない。やむをえず手加減して拳を打つことになるが、時間が経てば再び立ち上がってくる者もいた。


 やがて増援も到着するだろう。


 どうにでもなれ、という気分になってくる。


 槍兵が雄叫びを上げながら襲いかかってきた。


 カホカは左足を高く上げ、振り下ろして槍を地面に落とす。


「あらよっと」


 槍を長靴(ブーツ)で押さえたまま、独楽(コマ)のように回って右の(かかと)で蹴り折った。回転は止まらず、左足で兵士を蹴り飛ばす。次に来た剣は相手の拳を打ち、カホカはその肩に飛び乗るや、両腿で相手の頭を挟み込んだ。


「ちゃんと飛ばないと首が折れるよ」


 教えてやりながら、自分が落下する力に身を(ひね)る力を加えて相手を投げ、次に迫る兵士に激突させた。


 再び構える。


「キリないな、ったく」


 言いながら、カホカはちらりと背後の洞窟に視線を走らせる。仲間の農民たちを洞窟から出すわけにはいかなかった。もし顔を知られればその罪を問われることになる。一緒に戦うと名乗る者たちも多かったが、絶対にだめだとカホカが言い張ったのだ。


 甘かった。


 そういうことなのだと思う。


 カホカは唇を噛んだ。


 これほど即座に、ミハイルが武力でもって制圧してくるとは思っていなかった。たとえ交渉が失敗しても、彼もひとりの責任ある領主である。命まで奪うことはあるまいと……。


 矢継ぎ早に襲いかかってくる兵士たちを蹴り、殴り飛ばした。


 ──何やってんだろ、アタシ。


 いったい自分は、なにを期待していたのだろう。


 自分が望むことは、それほどに得難(えがた)いものなのだろうか。もっとささやかで、どこにでもあるはずのものだと思っていたのに。


 幼い頃に見た、父親の笑顔。


 いつも難しい顔をして、遊んでもらうことはおろか、同じ屋敷内にいながら滅多に顔を合わせることさえなかった。


 それでも、たまに……本当にたまに、笑顔を見せてくれる時もあったのだ。


 ……病床に伏せる母親の姿。


 ミハイルはほとんど見舞いに来なかったのに、あの人を恨んではいないと、母親は笑っていた。そして言ってくれたのだ。


 あなたがいるから、と。


 それでもカホカがミハイルに対する怒りを漏らすと、


 ──よく聞いてね、カホカ。


 痩せ細り、冬枯れの枝のような手で、母親はカホカの頭に手を乗せた。


 ──私ひとりではあなたを産むことはできなかった。私がいて、あの人がいたから、あなたはこの世界に産まれてきたのよ。


「……馬鹿だよ、お母さん」


 ちいさくつぶやいて、カホカは剣をかわし、槍を避ける。その度にリュニオスハートの兵が宙を飛んだ。


 領民を、領地を守る兵士たちを、自分は……。


「痛いなぁ……」


 彼らを殴る拳が、痛い。


 すると、さらに姿を現した兵士たちが二段に並びはじめた。それぞれが矢を構え、カホカに向ける。


 一斉射撃。


 あれを全て受ければ、苦しまずに死ねるのだろうか。


 少しでも自分の存在を、ミハイルの心に刻みつけてやれるだろうか。


 いつか、師匠から言われた言葉を思い出す。


 兄弟子であるタオがあまりに弱く、そのくせ何度もカホカに挑みかかってくる彼を、いい加減、うんざりして散々に打ちのめしてやった時のことだ。


『お前は、弱いのう』


 そう言われたのだった。いや、弱いのはタオだし。どう考えてもアタシじゃないし、とカホカがムキになって反論すると、


『タオも弱いが、すこしだけお前より強いのう』


 師匠は笑ったものだ。


 その時は、ぜんぜん意味がわからなかった。


 今ならわかる気がする。


 ──私は弱いんだ。


 どうしようかな、そんなことを考えているうちに、矢が一斉に放たれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ