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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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20 試金石

 ティアは迷いなく詰所に向かっていく。


『心意気は買うが、策はあるのか?』


 イスラから訊かれたものの、


『あるわけがない』


 にもかかわらず、自由という言葉を口にしただけで、ティアの胸には清々しさにも似た感情が広がっていた。


『だが、もしオレが何かを成し遂げる者であれば……』


 隊長格の男がティアに気づき、素早く剣を抜くのが見えた。あわてた様子で詰所から出てくる。


「今のままではいられない」


 男が剣を構える。他の衛兵ふたりも同じく剣を引き抜いた。


「貴様、どうやって牢を破った?」


 男の呼びかけを無視し、ティアは歩き続けた。


「斬る!」


 それでもティアは歩を緩めない。


 無防備に間合いに入ってくるティアに、男は驚いた表情を見せながらも剣を振り上げる。


「……どけ」


 ようやくティアが立ちどまり、ジロリ、と瞳だけを動かして睨む。振り下ろされた剣先が、ピタリと止まった。金縛りにあったように男が動かなくなる。


「馬鹿な……!」


 男は自分でも信じられないといった様子で腕を震わせている。


「よく聞け」


 ティアは灰褐色の瞳のまま、男に告げた。


「領民には手を出すな。絶対に、だ。手を出せば、私がお前を殺すぞ」

「うう……」


 男は影を縫われたように動かない。


 ティアは残りふたりの衛兵には目もくれず、詰所を抜けて屋敷の敷地を出た。


 ◇


「やれやれ……」


 屋敷が見えなくなった辺りで、ティアはがくりと両手を膝の上に落とした。


『見事じゃが、いったい何をした? 力をさえ使っておらぬ』


 イスラに訊かれ、ティアは『さあ』と応える。


『できると思った。やってみたらできた。それだけだ』


 そんなことより、とティアは顔の汗をぬぐい、周囲を見回した。


「カホカに会いに行かなくては」


 情報が漏れているなら、ミハイルが放っておくわけがない。


「また門を出るのか……」


 目的地は街の外の洞窟である。とっくに日は沈み、街は夜闇に包まれている。城門はとうに閉ざされているだろう。


 うんざりする心地がしたが、とりあえず城門へと向かう。走りたいところではあるが、いまのティアは歩くのがやっとの状態だ。体力が()たない。


 そうして数分ほど歩いた時、背後から馬蹄(ばてい)の響く音が聞こえてきた。


「ティア様」


 呼び止められて振り返ると、そこに馬に乗ったシダがいた。


「シダか、どうしたんだ?」

「お待ちしていました。婆様よりティア様をお送りするようにと」


 シダがこちらに手を差し伸べてくる。


「今までオレが出てくるのを待っていたのか?」

「いえ、待っていた時間はわずかです。すべて婆様はご存知だったのでしょう」

「すごいな」


 ティアは感嘆の声を漏らす。


「イスラが言った通り、イヨ婆は奇妙な力を持っている」


 ティアはシダの手を掴むと、ひとつ鞍にまたがった。


 シダが手綱を打ち、(あぶみ)を蹴ると同時に馬が走りはじめる。


「馬に乗るのは久しぶりだ」


 ティアは風で波打つ髪を押さえながら、


「イスラはついてきているか?」

「無論じゃ」 


 馬の尻あたりからイスラが顔だけをのぞかせた。


「……馬から狼が出てくるのをオレははじめて見た」

瓢箪(ひょうたん)から駒という言葉を知っているか?」


 いや、知らない、とティアは言って、


「頼みがある。武具同業者組合(ギルド)の長が今後、妙な気を起こさないよう、釘を刺してもらいたい」

「私がお前の頼みを受けるとでも?」

「受けるさ。イスラはカホカのスグリの実(ベリー)を食った。恩があるだろう?」

「食わされた、という方が正しい」

「なんだ、神が言い訳をするのか?」


 一瞬、イスラが言葉を呑むような気配があった。


不遜(ふそん)な奴め……よかろう、しかし相手が脅しに乗らなかった場合は?」


 訊かれ、ティアは考え込む。ややあってから、


「……その時はオレがなんとかする。殺してでも」


 冷たく言い放つと、言葉もなくイスラが飛び上がった、そのまま宙で身体の向きを変え、夜のなかを(はし)りはじめる。あっという間に見えなくなった。


 ティアは前方へと視線を転じた。


「聞いていたのなら、カホカには黙っていてくれないか?」


 シダに言うと、「はい」とごく短い答えが返ってきた。


 ◇


 夜間出門の金を払っていたらしく、すぐに門が開かれた。ティアが入った正門ではなく、南門である。聞いてみると、こちらの方が賄賂(わいろ)が効きやすく、金を上乗せすればこまかい事情を聞かれることもないらしい。


 あっさり門を出ることに成功すると、シダは西へと馬首を向け、街道に入ると一直線に馬の速度を上げた。


「金の力は偉大だな」


 冗談まじりにティアがこぼすと、


「ティア様」


 ふと、改まったようにシダから呼ばれた。


「カホカを、よろしくお願いします」


 シダの口調はあくまで抑揚がないため、真意が測りにくい。けれどもこの時ばかりはその意図がわかり、ティアは微笑んだ。


「シダも、カホカの身を案じているんだな」


 口数のすくない彼があえてティアに頼むのは、それだけカホカを大切に想っているからだろう。


「イヨ婆にも同じようなことを言われたよ」

「カホカは、僕にとって姉のようなものですから」

「それを直接本人に言ってやれば喜ぶんじゃないか」

「言えません」

「なぜ?」


 返答はなかった。ティアの位置からはシダの顔を見ることはできないが、ひょっとすると照れているのかもしれない。


 素直になれない性格も姉弟らしく似ている。


「ティア様の前だと、カホカはとてもはしゃぎます。普段もはしゃぎますが、無理にそうしているように見える時があります。でも、ティア様の前ではちがう」

「それだけ気安いということかな」


 ティアが独り言のように言うと、


「気安い……たしかにそれもあるとは思いますが」

「ちがうのか?」


 ティアの問いに答えはなかった。かわりに、


「ティア様、前を」


 はっとしてティアは身体を横に倒し、前方を見据える。


 街道を封鎖してリュニオスハートの兵たちが(たむろ)を作っていた。街への防衛線を張っているのだろう。


 シダがさらに馬の速度を上げた。


「どうする?」


 風音に負けぬよう、ティアが大声で訊くと、


「突破します」


 相変わらずの落ち着いた口調でシダが言った。

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