表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
34/239

18 貴族の務め

 セイネスが覚束(おぼつか)ない足取りでその場を離れていく。


 ティアは自分の胸を押さえた。動悸が激しい。まるで身体を流れる血が薄くなったような感覚を覚えた。


「やはり、血が必要なのか……」


 その場に倒れ込みたくなる衝動をこらえ、()える脚を拳で打つ。


 しかし肝心なのはこれからなのだ。


 セイネスの姿が見えなくなるのを確認してから、ティアは扉を開け、(へや)のなかへと入っていく。


 室のなかは書斎のような造りになっていた。


 扉の脇の壁際に衛士の男が立っている。その身なりからおそらく隊長格だろうと見当をつけながら、ティアは室の中央に視線を走らせた。


 机の椅子に、ひとりの男が座っている。


 ──この男が……ミハイル=リュニオスハート。


 身長はやや低め。癖のない金髪を撫でつけ、やや暗い茶の瞳は、どこか神経質そうな印象を受けた。


「私はマイヨールを呼んだはずだが」


 低く、淀みのない口調で言われ、ティアは額に脂汗(あぶらあせ)をにじませながら、


「彼女は高齢ゆえ私が名代として来た。──私では不服か?」


 たとえ虚勢だとしても、ここで気を呑まれるわけにはいかない。


「不服と言えば不服だが、よかろう」


 ミハイルは鼻で笑う。


「私の娘について話があるそうだな」


 そうだ、と言いかけたティアの言葉は、「だが──」とにわかに語気を強めたミハイルによって遮られた。


「私には娘などいない。思い当たる節がない」

「貴様ッ!」


 思わず飛び出しかけたティアの喉元(のどもと)に、横から剣が突きつけられた。想像以上に鋭い抜剣に、ティアはごくりと喉を鳴らす。


 それでもひるまずにミハイルを(にら)み据えた。


「カホカは、お前の娘ではないというのか」

「その者が此度(こたび)の反乱における首謀者の疑惑がある、と私は聞いているが?」


 あくまでカホカを他人のように扱う物言いに、ティアは喉元に剣を押し当てられても尚、一歩前に進み出た。首に赤い線が浮かぶ。隊長格の男はわずかに動揺したようだった。


「カホカはお前に捨てられた今でも……迎えにきてもらいたい、そう望んでんいるとイヨ婆が言っていた」


 ミハイルの表情に変化は認められなかった。ティアは願いを込めて続けた。


「お前は反乱というが、そもそもの発端はお前がリュオスハートを再び戦争に巻き込もうと画策している、という噂が立ったからだ。もし噂が真なら、ただ考え直してほしいという、それだけのことであって、反乱でさえない。カホカも、首謀者となることでお前に伝えたいことがあるんだ」


 自分の存在を。ミハイルが己の非を認めることを。


「つまり──」


 しばらくの間のあと、ミハイルがふと笑みを浮かべた。


「そのカホカという者は、嘘か誠かもわからぬ噂に振り回された挙句、それを利用し、私に意趣返しをして恥をかかせたい、そういうことか?」

「ちが──」

「もういい」


 ミハイルが指を鳴らす。剣が首から離れた、そう思ったのも束の間、剣の峰がティアの後頭部に振り下ろされた。


「ぐ……っ」


 痛みとともにティアが両膝をつく。そのまま剣で首裏を押さえつけられ、ティアは地面を舐める格好を取らされた。


「小娘が、偉そうに何を言うかと思えば」


 立ち上がったミハイルが歩いてくる。その顔には歪んだ笑みが張りついていた。


「戯れに妾に産ませてみたが、それでも役には立ったようだ」

「……どういう意味だ」

「お前らは、阿呆だ。噂ごときに踊らされて」


 ミハイルは吐き捨てるように言って、


「かつての戦争は、確かに金にはなった。だが、お前らは勘違いしている。戦争によって一時的に儲けることができたとして、それが続くわけもない。むしろ本質は逆だ」


 ティアは黙ってミハイルを見上げる。


「戦争は続けなければ意味がない。終わってしまえば商人どもは仕事を失くす。奴らは金の匂いには敏感だが、欲にまみれて将来(さき)を見なかった。作りすぎ、雇いすぎた。愚かな連中だが、領地を守るという高貴なる役目を負う私には、それを捨てては置けぬ。商人どもが去ればどうなる? よりリュニオスハートから金が失われるのだぞ」


ミハイルは唇を噛み、それから「なぜ……」と、声を震わせた。


「なぜ、私が馬鹿者どもの負債(ツケ)を払わなければならぬ!」


 ミハイルの怒りが爆発したようだった。ティアの頬に、ミハイルの靴が押し当てられる。


「貴様は、下賤(げせん)の分際で、私に意見するつもりか!」


 怒気をあらわにしてミハイルは何度もティアを踏みつけてくる。


 踏みつけられるままに、ティアはミハイルを睨み続けた。


「なんだ、その眼は?」

「それが、お前が噂を流した理由か?」


 ようやくティアは理解した。気になっていたのだ、誰が情報をミハイルに売ったのかを。


「武具の同業者組合(ギルド)の長と、お前は裏で繋がっていたんだな。お前に不満を持つ者たちに武器を売って儲けさせた、そして──」

「ほう。小娘にしてはなかなか鋭いな」


 ミハイルはティアを小馬鹿にしたように(わら)う。


「その通りだ、私は同時に不満分子を叩き潰すことができる」

「お前の領民だぞ」

「放置しておくことができると思うか?」

「……いや」


 ティアは言い(よど)む。ミハイルは、確かに歪んでいる。歪みきっている。それでも元貴族だったティアには、ミハイルの心のすべてを愚かだとは思えなかった。


「たしかにお前は貴族の務めを果たしている。借金から街を救おうとしている。だが、それでは駄目だ。そこに心がなければ、決して領民に伝わることはない」

「偉そうに何を──」


 ティアは無言でミハイルを見つめる。


「何を見ている?」


 それでもティアが何も言わずに見つめていると、


「私を(あわ)れむつもりか!」


 ミハイルの靴先がティアの眉間を蹴り上げた。赤い華が咲くように鮮血が舞う。


「こいつを牢屋にぶち込んでおけ! 反乱を企てた農民ともども縛り首にしてくれる!」


 ミハイルの怒声が室内に響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ