表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
33/239

17 幸と不幸

「お主はやはり坊主じゃな。人の心の機微(きび)がまるでわかっておらぬ」


 頭ごなしに言われ、思わずティアがむっとすると、


「たしかに憎くもあろう。が、実の父親でもある。あの娘が蓮っ葉なのは儂も認めるところではあるが、その実、(もろ)くもある。ミハイルを許すことはできぬが、憎みきることもできぬ。ならばこそ、一縷(いちる)の望みをかけたのだろう」

「一縷の望み?」

「父親から認められたい、といったところか。健気にも心のどこかでミハイルが己の非を改め、迎えにくることを待っておる」


 そこでイヨ婆は重い溜息をついた。


「がしかし、その願いが叶うことはないだろう」


 ティアは、まじまじとイヨ婆を見つめた。


「人は容易には変われぬ。変わることを嫌い、変わろうともせぬ。儂も、お主も、カホカも、ミハイルも」

「それはどういう──」

「お主に頼みがある」


 ティアの言葉を遮って、イヨ婆が言った。


「あの娘の心の依り処になってはもらえぬか? 肉親の贔屓目(ひいきめ)なしに、あれの度量は一族でも群を抜いておる。あの若さで、本来ならば目の敵にされるべきリュニオスハートの者でありながら、農民たちから信頼を得ておるのもその度量ゆえじゃろうて。ここで朽ちるにはいかにも惜しい。お主が何事かを成し遂げる者ならば、あの娘を持っておいて損にはならぬ」

「何事かを、成し遂げる者……」


 ティアがつぶやくと、イヨ婆はかすかに笑ったようだった。


「なに、卜占(うらない)のようなものじゃ。お主はそういう星の下に生まれついておる。お主の星は自らが輝きを持つ恒星(ほし)だが、あの娘はそのようには生まれついておらぬ。お主のような者の(そば)でこそ、輝きを得よう」


 ティアはイヨ婆をうかがいながら、


「ひとつ聞きたい」

「言うてみよ」

「カホカをオレに預けて、彼女が幸せになると、貴女はそう思っているのか?」

「そうさな……」


 しばらくの沈黙のあと、イヨ婆は杖を握り直し、


「あれは今、運命の岐路に立っておる」


 はっきりとそう言った。


「儂にできるのは、あれがそう思えるような未来になるよう、ほんの少し助力をしてやるだけじゃ。幸か不幸かは儂が決めることではない。こうすれば幸せ、ああすれば不幸と割り切ることができるほど、人も、人の世も単純ではあるまい。儂は人より長生きをした分、将来を見通すことができる。けれども見通すことができるだけで、その良し悪しを判断できるわけではない。お前を凶相だと言うたが、吉相と取る者もあろう。……それに気づいたのは、あれがここに来てからじゃな」

「──カホカが?」

「儂はな、あれの母親をずっと不幸だと思っておった。が、カホカを一目見た時、そうではなかったのかもしれんと思った。畢竟(ひっきょう)、幸、不幸とは入れ子のようなものなのじゃろうて。その時、その局面によって同じ物があたかもちがって見える、その両義性こそが──」


 そこまでイヨ婆が言ったとき、酒場の方で人の叫ぶ声が聞こえた。


「なんだ?」


 ティアが外に顔を向けると、


「時間じゃ。儂はここを終の棲家と定めておる。カホカはお主に託した。往け。往ってお前自身の目と耳で確かめよ……」


 その言葉に押し出されるように、ティアは部屋を出た。中庭に出ると、ちょうど酒場の裏口から兵士たちが現れ出てくる。その鎧の胸元には、リュニオスハートの家紋が刻印されていた。


「この店は反乱に加担しているとの情報を得ている。改めるゆえ、責任者を出せ」


 ティアは無表情を装いながら、その言葉に内心で驚く。


 蜂起は明日の朝のはずだ。にも関わらず領兵が来た、ということは……。


 ──情報が、漏れている?


 それ以外には考えにくい。


『どうやら待ち人が来たようじゃな』

『待ち人?』


 イスラの声に、ティアは目を見開いた。


『この領兵たちがか?』

『待ち人がひとりとは限らぬよな』


 可笑しそうにイスラが(うそぶ)く。


『……そういうことか』


 ティアは兵士たちの前に進み出た。ちいさく苦笑する。本来は敵ではない兵士に囲まれるのは、これで何度目だろう。イヨ婆の言う通り、たしかに自分は稀有(まれ)な星の下に生まれついている。


「オレが責任者だ」


 毅然としてティアが告げると、


「嘘をつくな」


 たかが小娘がと、嘲笑う者もいた。それに対してはティアも同じように笑い返してやった。


「本来の責任者は老いているため動くことができない。オレが名代を受けている。領主にはオレの口から伝えよう。聞きたいこともある」

「偉そうに何を言うか!」

「込み入った話だ。領主ミハイル=リュニオスハートの娘の話と言えばいいか?」


 ティアの言葉に、兵たちの間に動揺が走ったようだった。対面にこう言われてしまえば、主君に仕える身としては放置できるわけがない。


「……よかろう。ではお前が来い」


 決心したように兵士が言うのを、ティアは無言でうなずいた。


 ◇


 半刻も経たぬうちに、ティアはリュニオスハートの屋敷前に立っていた。


 ──やはり来ることになったな。


 予感がした、という言葉が適当かどうか。むしろ、必然と感じられた。カホカと向き合おうとするなら、きっとこの場所を避けては通れない。


 ティアは兵士たちに背中を押されるように、屋敷内へと足を踏み入れた。戦時にも使えるよう、外壁は耐火性の強い薄茶色の煉瓦(れんが)造りになっていたが、玄関ホールは絨毯(じゅたん)敷になっており、灯の数も多い。暖かみを出すためだろう、壁には原色が際立つ壁掛け(タペストリー)がかかっていた。


 開け放たれた背後の扉から風が流れ込み、ティアの黒髪がゆるやかに揺れるのを、先導する若い兵士が食い入るように見つめてくるので、


「何か?」


 と、ティアが髪を押さえながら見つめ返すと、「いや」とあわてたように眼をそらした。その様子に、ティアはちらりと白い歯をのぞかせた。


「ここが、領主の部屋なのか? 私はここで待っていればいいのか?」


 ティアが瞳の力をそのままに訊くと、兵士は「いえ」と今度は怯んだ様子で、


「こっちだ。来い」


 と、正面の階段を上りはじめた。これを傍から見る者がいれば、まるで貴人を案内する下男といった印象を受けたことだろう。それほどにティアは落ち着き払っていた。


『怒っておるのか?』


 ふと、イスラから訊かれ、ティアが『怒ってはいない』と返すと、


『良い。お前にしては堂々としておる』

『堂々か……』


 そうしているつもりはなかったが、自然と身に力が入る心地はしていた。領主ミハイルに謁見することは、ティアにとっても望むところである。


『他者に関しての方が、お前は真価を見せるようじゃな』

『……他者じゃない』


 ティアはきっぱりと否定した。


『カホカだからだ』


 正面階段を途中の踊り場で左に曲がって二階へと上る。そこから伸びる通路の右奥の扉の前で、兵士が足を止めた。


「こちらです」


 緊張しているらしい兵士に敬語で告げられ、不覚にもティアは笑みをこぼしてしまう。


「私は客人ではないぞ」


 そう言うと、気まずさからだろう、兵士が頬を紅潮させた。ティアは廊下に誰もいないのを確認すると、


「お前の名は?」


 出し抜けにティアが訊くと、兵士は「は?」と口をぽかんと開ける。


「お前の名を聞いている」


 ティアがじっと見つめると、その兵士はますます頬を赤くさせた。


「男子たるものが、私のような小娘を畏れて名を隠すのか?」


 白けた口調で挑発するように言うと、兵士は気分を害したように「セイネス」と名乗った。


「……セイネス……いい名前だ……」


 ティアは静かに両手を持ち上げ、セイネスと名乗る若い兵士の顔を包み込む。一瞬、セイネスはその手を振り払うような素振りを見せたが、すぐにその手が力を失ったように、ゆっくりと落ちていった。


 ティアはセイネスに顔を寄せていく。灰褐色の瞳が、かすかな赤味を帯びる。


「セイネス……お前に頼みたいことがあるんだ……聞いてくれないか……」


 瞬きもせず、ティアがセイネスの瞳に自分の瞳を映し込んでいく。


 びくり、とセイネスの身体が一度大きく跳ねた。


「……はい(イエス)……何なりと(ハー・マジェスティ)……」


 譫言(うわごと)のように、セイネスがつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ