表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
32/239

16 焦燥

 翌朝、窓を厚い布で覆い隠し、酒場の奥の建物に用意された部屋でティアが寝ていると、


「おっはよーさん」


 断りもせずカホカが部屋に入ってきた。「おりゃ」と、寝ているティアの上に飛び乗ってくる。


「……やめろ」


 本気で迷惑がってティアが言うと、「嫌だ」と返ってきた。


「これからみんなで集まって、準備してくる。明日には決起して、領主にこっちの言い分を通してもらう。しばらく会えないかもだから、挨拶に来てやったんだ」

「もう?」


 一瞬で覚醒したものの、朝のためティアの身体は思うように動かない。そのままの姿勢で訊くと、


「一昨日、武器屋の支払いも終わったしね」 

「本当に大丈夫なのか?」

「さぁ、大丈夫なんじゃない?」


 カホカは相変わらずの軽口をたたく。それが強がりなのか、本心なのか。


「オレも行く」


 ティアが言うと、


「その動けない身体で?」


 へっへっへ、とカホカが上から笑いかけてくる。


「オレは本気で言っているんだぞ」

「アタシも本気だよ」


 するとカホカはティアの上に重なるように仰向けになった。暗がりのなかで、その顔が近い。息遣いまで聞こえてきそうな距離だった。


「心配してくれてありがとね。久々に会えてよかった。ずいぶん変わっちゃったけど、アンタ(ティア)がタオだってこと、認めてあげる。仮にアンタがタオじゃなくたって……こんな時にタオを名乗るアンタが来たっていうのも、不思議っていうか、人生ってそういうものかなって気もするし」


「なんで、そんな風に言う?」


 まるで終わったような話し方に、一抹(いちまつ)の不安がよぎる。ティアがにらむと、カホカがくすりと困ったように笑った。


「別に、言いたかっただけ。アンタがウラスロって奴をぶっとばしてやりたいって言うんなら、手伝ってあげたい気もするけど。ま、こっちはこっちでけっこう切羽詰まっててさ」


 カホカはおもむろに袖をまくると、こちらに腕を近づけてきた。


「口は動くみたいだから聞いとくよ。──アタシの血、飲んでくれない?」

「……なぜだ?」

「自分でもわかんないんだけど……血って、アタシには嫌なもんだけど、アンタに飲まれるのはちょっとお伽噺(ロマンチック)だなって思ったんだよね。タオは、お腹がすいてるんでしょう? アタシの血でアンタがお腹いっぱいになったら、なんか嬉しいじゃん」


 ティアはその真意を探ろうと、カホカを見返した。──血は嫌なもの、と彼女は言う。やはり拘泥(こだわり)があるのだ。


「悪いけど、飲めない」


 ティアが断ると、「そっか」とカホカは笑って立ち上がった。寝台の脇からこちらを見下ろしてくる。


「タオのぶぁーか」


 カホカはべぇ、と舌を出して、「じゃあね」と部屋から出ていってしまう。


「待て、カホカ!」

「待たない」


 部屋内に細い一筋の光が射し込み、ドアが閉じていく。


 暗がりのなかで、ティアは全身に力を込めた。が、動くはずもない。


「早く、沈んでくれ」


 太陽が沈みさえすれば、すぐにカホカを追うことができるのに。


 寂しそうに笑うカホカを放っておけるわけがない。


 怒鳴りつけてやりたい気分だった。


 焦りが募っていく。何もできず、ただ時を過ごすしかない自分に対して、カホカ以上に腹が立った。


 ◇


 黄昏になり、ようやく身体を動かせるようになってきた。


「ぐ……く……!」


 ぎこちない身体に鞭打ち、むりやり起き上がった。マントを被るのさえかなりの時間を費やしながら、それでもドアノブに手をかける。


『焦りすぎじゃ。夜を待て』


 イスラの声が聞こえた。


『待っていられるか』

『五体満足に動かせぬ身体では、成せることも成せぬ』

『それでも、だ』


 決然と言ったティアに、


『たわけが』


 言葉とは裏腹に、イスラが愉快そうに笑う。


『何がおかしい?』


 ティアが(けん)を込めて訊くと、


『いや、悪くない覚悟ではあるかもしれん。意思あればこそ道も開かれる。ゆえに待ち人も現れる』

『なに?』


 意味がわからずティアが訊くのと、逆からノブが回されるのは同時だった。


「お休みのところ、申し訳ありません」


 ドアのむこうに立っていたのは、シダだった。


「どうしたんだ?」


 驚いてティアが訊くと、「婆様が、ティア様とお話をしたいそうです」と、シダが無表情にこちらを見上げてくる。


「いや、オレは──」


 話をしている場合じゃない、そう伝えようとすると、


「カホカに関することです」


 まるで先回りするようなシダの言葉に、ティアは「わかった」と首を縦に振り直した。


 ◇


 昨夜と同じ赤い部屋に、同じ姿勢でイヨ婆は座っていた。


「起きるのが早すぎたようだの」


 言われ、「そうでもない」とティアは重い身体を投げるように席につく。


「時間が惜しい。カホカはどこにいる」


 言いながら、自分はどこに行こうとしていたのかと、ティアはようやく気がついた。焦りばかりが先走り、そんな当たり前のことさえ思い浮かばなくなっていた。


「洞窟じゃ。そこで準備をし、明朝出立する。最初は少数で街に入り、同調者を募りながら領主の館を目指す」

「……それだけ、なのか?」


 ティアはめまいがする気分だった。


「そんな大雑把(おおざっぱ)な計画で、うまくいくと思っているのか?」


 思ったままのことをイヨ婆に訊くと、


「愛想のない坊主だのう。が、的を射てはおる」

「それを承知で許したのか」

(はな)から許しなど出してはおらん。が、あの娘の気質はお主もよく知っておろう。あれが一度こうすると決めた以上、儂がどれだけ口()っぱく止めようとも聞く娘ではない」


 たしかに、とティアは思ってしまった。カホカが信念をもって決めたとすれば、(てこ)でも動くことはないだろう。


「あれもな、成功するとは思っておらぬのかもしれん。他の連中も似たようなものであろう。どれもこれも行き場のない屈託ばかりを抱えておる。カホカにも……そうせずにはおられぬ確執がミハイルとはある」

「リュニオスハートに捨てられたから……」

「それよ。クラウディアあたりから聞いたか」

「それほどまでにミハイルが憎い、ということか」

「憎い、か」


 イヨ婆が沈むような口調でつぶやいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ