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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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11 ティアの策

「お客さん……」


 ティアは、引きつった笑みを浮かべた。


「そういうのは、ちょっと」


 精一杯、怒りを抑えているつもりだが、声が震えるのはどうしようもない。


 対する中年の酔客は、「ああ?」と呼ばれてはじめて気づいたといった様子で、


「何だよ、ティア」


 慣れ慣れしく名前を呼んでくる。男の両手は、テーブルの上に乗っていた。


「いえ……」


 ティアは、唇を結んで目を伏せた。


 怒りが爆発する前に、そそくさとその場を離れる。背後から、意味深長な男の笑い声が聞こえた。


 ──あいつ……!


 憤懣(ふんまん)やるかたないといった気分で、ティアはイスラに話しかけた。


『……イスラ、また尻を触られたぞ』

『いちいち目くじらを立てるな』

『一度や二度じゃないぞ!』

『うるさい奴だのう』


 面倒そうにイスラが嘆息するのが聞こえた。


 営業中の店内である。


 その酔客は、しばしば店に顔を出す男だった。


 金がないのか女は取らず、そのくせ酒はよく飲んだ。


 はじめは会計の時にわざと手を掴んできたり、帰り際に肩を軽く叩く程度だったのが、最近はティアが席の近くを通りかかえるたびに尻を触ったり、腰に腕を回してくる。さらに酔いが進むと「店が終わったら外で待っているぞ」などと身の毛もよだつようなことを耳元で(ささや)きかけてくる。


 当然、ティアは無視した。


 それが気に入らないのか、男は次第に高圧的になり、ティアに対してだけでなく、他の女にも当たり散らすようになった。店内での評判もすこぶる悪く、クラウをして「あの客はもういらない」と言っているのを何度か耳にしたことがある。


 ──わざわざ金を払って嫌われに来るようなもんだ。


 思いながら、厨房から出てきた料理を木製の配膳盆(トレイ)の乗せたティアは、特大の溜息をついた。


 注文先は、例の男だった。


 他の給仕にも頼んでみたが、案の定、「あいつ、嫌い」と引き受けてくれない。


「お待たせしました」


 仕方なくティアが料理を運んでいくと、食卓(テーブル)の上は飲みかけの杯やら、食べかけの器やらで埋め尽くされていた。


 男は片付けようともせず、「早く置けよ」と居丈高に言ってくる。


 ティアは無言のまま、片手でテーブルの物を寄せた。空いた杯のいくつかを指で挟もうとした時、その動きが止まった。


 スカート()しに、男がティアの足をべたべたと触ってくる。


「お客さん……」


 ティアがじろりとにらむと、


「常連にはすこしくらいサービスをしたらどうだ?」


 いやらしい笑みを浮かべた男が、尻を()で回してきた。


「……」


 ここにいたって、ティアの堪忍袋の緒が切れた。


『イスラ……いい策が浮かんだぞ』


 暗い声でイスラに話しかける。


『なんじゃと』

『この店にケツ持ちが本当にいるのか、確かめる方法だ』


 言うや、ティアは声色を明るくさせて、


「あ、すみませーん」


 男にむかって料理をぶちまけた。


「うわっ!」


 盛大な音を立てて食器が散らばった。さらにティアは食卓に身体ごと倒れ込み、これでもかといわんばかりに葡萄酒(ワイン)(スープ)の残りを客にぶちまける。


『……なるほど一計じゃな』


 イスラの皮肉を聞き流し、ティアはおろおろした様子を見せつけながら、


「あ、すみませーん」


 と繰り返した。


「くそったれ、何しやがる!」


 男が、椅子を蹴って立ち上がってくる。


 髪の毛ほどの良心の呵責(かしゃく)を覚えないこともなかったが、それ以上に清々しいことこの上ない。


 ──病みつきになりそうだな。


 そんなことを考えていると、


「ぼうっと突っ立ってんじゃねぇ、早く拭く物を持ってこい!」


 男が怒鳴り散らしてくる。と、そこで男は何かを思いついたらしく、気味の悪い笑みを浮かべはじめた。


「お前の服で拭けよ」


 予想通りというか、わかりやすい馬鹿だな、とティアは思った。


「嫌だ」


 ティアが断ると、男の怒りが倍化した。ほとんど意味不明なことを(わめ)いているので、ティアはダメ押しとばかりに持っていた配膳盆(トレイ)で頭を叩いてやった。


「あ、すみませーん」


 当然のごとく男は激高し、ティアは突き飛ばされた。逆らわず、ティアは他の食卓を巻き込みながら倒れていく。女物ではあるものの服を汚されたことに腹が立ったが、男の怒りを助長した自覚があるだけに文句は言えない。


 すでに周りには店の女たちが集まってきているが、男のあまりの剣幕に呆気に取られ、間に入ることができないでいる。ティアにとってもそのほうが都合がよかった。仲裁に入られて問題が収まってしまえば見たいものが見られない。


 クラウは二階で接客中である。


「馬鹿にしてんのか、てめぇ」


 男はティアの前に屈むと、凄みながら胸倉を掴んでくる。ティアは本気で顔をしかめた。まったく怖くはなかったが、酒気と口臭で鼻が曲がりそうだ。


「馬鹿になんて……」


 顔を思い切り横に逸らし、しおらしく言ってみせると、


「許してほしけりゃ、俺の相手をしろよ」


 だから、なんでそうなるんだ、とティアはほとほとうんざりした気分になる。


『止む無し、じゃな。相手をしてやるがよい』

『黙ってろ』


 明らかに楽しんでいる口調のイスラを相手にしてはいられない。


 強引に男に手を取られ、無理やり引き起こされた。男はそのままティアを引っ張り、足を踏み鳴らして二階へ続く階段に向かっていく。


「服、汚れてますけどー」


 親切心、というより男が冷静になるよう、ティアが最後通告のつもりで言ってやったのに、「やかましい! 大人しくついてこい!」と言下に怒鳴りつけられた。もうそれしか考えられない様子だ。


 ──やはり男は馬鹿だ。


 ティアは落胆とともに男の手に目を落とす。


 ──これで誰も来なかったら自分で叩きのめすしかないな。


 そう考えていたところ、ティアを掴んでいる男の手に、別の手が重なった。


「お客さん、お待ちを」


 言い、間に入ってきたのはまだ若い男だった。少年といってもいい年頃である。黒髪碧眼で顔立ちは整っており、同性の視点を持つティアからでさえ、美少年然とし(たたず)まいを見せている。


「勝手なことをされては困ります」


 黒髪の少年は静かな口調で男をにらみ上げる。


「なんだぁ?」


 ティアを掴んでいた手を離し、男は胸を張って少年に迫る。


 対する少年は平然としたもので、


「酔っているようですね。今夜はお帰りください」

「邪魔すんじゃねぇ。殺されてぇか?」


 男が少年に手を伸ばしかけた。と、男の手を少年の手首が素早く払った、そう思う間もなく、少年が蹴りを放つ。その脚が男の横顔に届くかと思われた寸前、ぴたりと静止した。


「う、く……」


 男の顔に、少年の脚の影が落ちている。


「今夜はお帰りください」


 片脚立ちで同じ言葉を繰り返す少年に、男は完全に気を呑まれたようだ。文句ありげな瞳をティアに向けてきたものの、何も言わずに店を出ていった。


「ありがとう」


 ティアがお礼を言うと、「いえ」とさも興味なさげに少年が返してくる。


 ──これが、ケツ持ちか。


 てっきり大男が出てくるとばかり思っていたが、その身のこなしから疑う余地はない。


「あなたがティアですね」


 どうやら自分を知っているらしい。「はぁ」とティアが答えると、


「こちらへ、着替えが必要です」


 少年は(きびす)を返すと、こちらの返事を待たず、さっさと歩きはじめた。あわててティアもその後を追う。


 少年は階段を上らず、裏口の前に立つと、ティアを振り返った。


「どうぞ、こちらへ」

「着替えがそこにあるのか?」


 つい裏口を指差してティアが訊くと、


「いえ」と少年はあっさり否定した。「あなたは、むこうが気になっているのでしょう?」


「……なるほどね」


 とっくにバレていたらしい。とぼけるだけ無駄だとティアは判断した。


 ふと視線を感じて顔を上げると、クラウが二階からこちらを見つめていた。

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