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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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10 追跡

 ティアは男を追った。


 イスラの話から男は洞窟にいたふたり──商人風と農民風の男のうちの、商人風の男だという。


『つまり、ふたりともリュニオスハートの住人ということか』


 ティアが訊くと、


『人目を避けるため、あえて別々に街に入ったということじゃな』


 イスラが答えた。


 商人は二種類に大別することができる。


 商店を持ち、どこかの街に基盤を置く者と、根無し草となって各地を巡る行商人である。前者は商店をもち、各々の同業種組合(ギルド)に所属することが多い。


 商人風の男は頭に毛皮の裏がついた帽子をかぶっていた。身なりは良く、膝丈の毛皮の外套(コート)を羽織り、丈の短い上着(カサッカ)(ボタン)留めにしている。


 男の足取りに迷いはない。目的地が決まっているのだろう。


 だが──


「こっちは……」


 ティアは意外に思いながら男を追う。


 広場からの路地は、背の高い石造りの集合住宅(アパート)に挟まれている。男はゆるい勾配の細い路地を数分下って歩くと、次の三叉路を右へと曲がる。そこはティアにとってなじみ深い、陰店(かげみせ)が軒を競う──横町の歓楽街だった。


 男は周囲の店には目もくれず、足取りに迷いはない。


 この時間、店はすべて閉じきっている。高級そうな男の高い靴音が、すでに灯も消え、静まりかえった夜道に響く。


 閉じた酒場の物陰に潜み、男の背を見つめていたティアの口から、


「まさか……」


 と、驚きの声がもれて出た。


 男は、ティアが給仕をしている酒場へと入っていく。ただ、店の正面口から入るのではなく、脇の路地裏へと姿を消していった。その先は袋小路になっている。


 ティアは足音を消しながら、横丁から路地裏へとおそるおそる顔を出した。


 案の定、男の姿はすでにない。


 (あかり)もなく、袋小路はただ暗い。周囲をうかがいながら歩を進めると、壁に、子供用かと思えるようなちいさな木戸が取り付けられていた。


 腰を曲げて木戸を開けようとしてみたが、鍵がかけられているらしく、ビクともしない。


 壁は背の高い塀になっており、さらのその上から鉄の柵が伸びている。ティアは跳び上がってその柵を掴むと、両腕に力を込め、身体を持ち上げた。隙間から顔をのぞかせる。


 壁のむこうは庭になっていた。酒場の裏庭と呼べる空間で、店内からは裏口を通って入ることができる。ティア自身は裏口を使ったことはないが、存在自体はなんとなく知っていた空間だった。


 その、酒場の裏口から庭を挟んだ向かいの建物から灯が漏れている。


「……あそこか」

『いわくがありそうだの』


 イスラの声にうなずくまでもなく、ティアは手を離して袋小路の土の上に着地した。横丁は石畳になっているが、この道までは舗装されてはいない。さすがのリュニオスハートでも道の隅々まで舗装するには金がかかりすぎるのだろう。


 ティアは散歩から戻ったふりをして、正面から店内へと入っていく。都合のいいことに、すでに女たちは寝床についているようだ。


 足音を忍ばせて裏口へと向かう。そうしてドアノブに手をかけた時、


「ティアかい、どうしたんだ?」


 声がして、ティアの心臓が大きく跳ねた。振り返ると、三階からクラウがこちらを見下ろしている。


 ティアはすぐに笑顔を浮かべる。我ながら慣れたもんだと思いながら、


「いま戻ってきたところなんだけど」


 言っておいて、


「そういえば、店のなかをあまり見たことがないことに気がついたんだ。この先はどうなっているんだ?」


 ()を打つ胸をそのままに、平静を装ってティアは訊いてみた。


「ああ」


 と、クラウは手すりに両腕を載せる。


「何もありゃしないよ、って言いたいとこだけど」


 こちらにむかって肩を(すく)めてみせる。


「店の子はそっちには行けないことになってる。止めときな」

「……なぜ?」


 これぐらいは突っ込んでもいいだろう、そう思いながらティアが訊くと、


「ケツ持ちがいるんだよ」


 大人しくお眠りよ、それだけ言い、クラウはさっさと部屋に戻っていく。


 彼女には別段、不自然な素振りは見受けられなかった。ティアはゆるゆると息を吐く。どうやら不審には思われなかったらしい。


「……今夜はここまでか」


 クラウの言う通り、大人しくしておいた方がよさそうだ。下手を打って疑いをかけられ、追い出されてしまっては本末転倒である。


 ティアはちらりと裏戸を流し見て、物置部屋へと戻った。


 ◇


 そもそもケツ持ちとは店内で起こった()め事を解決するための用心棒である。


 特に女を取ることができる酒場は働く者も女が中心であり、荒くれ者の狼藉に泣きを見ることも少なくない。ただの狼藉者ならまだマシな方で、汚職役人や軍人くずれに目をつけられれば骨の髄までしゃぶり尽くされることになる。


 そのため店側では用心棒を雇うことになるわけだが、一口に用心棒といっても単純に腕力の強い傭兵のような者から、上級役人に人脈を持つ者、さらには専門の同業種組合(ギルド)から派遣されてくる者まで様々である。


 通常、ケツ持ちが客の前に姿を現すことはない。


 最初にティアがこの酒場に来たとき、クラウからは『ケツ持ち』がいるとは聞いていたが、それにしてもティアがここにいる間、一度たりともその姿を見かけたことはなかった。


 ──本当に存在しているのか?


 商人風の男の件もあり、ティアは気になって仕方がない。


 そんなある夜のこと、店内でちょっとした騒動が起こった。

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